3−31 忍びの部隊殲滅(2)
エーリッヒ将軍を始めとするハザン帝国出身の家族7人とフラウリーデ王女を中心とするトライトロン王国の5人は、国境が閉鎖される寸前の夕方時刻ぎりぎりに、ハザン帝国からシンシュン国内へと入った。
旅慣れない彼らの家族のことを考えると、シンシュン国で一晩休ませたかったのが本音だったが、ハザン帝国が見張りの死体を発見した場合の危険性を考えると、ハザン帝国の手の届きにくいトライトロン王国領内のダナン砦に急ぐ方がむしろ安全だとフラウ王女は判断した。
エーリッヒ将軍もラングスタイン大佐も家族の疲れ具合などを確認していたが、大きく首を縦に振ったため、一行はそのまま真っ直ぐダナン砦に向うことを決意した。
それから丸一日かけ彼らはやっとダナン砦に着いた。フラウ王女は泣き言ひとつも言わず黙って着いてきた彼らの家族を一刻も早く休ませてあげたかった。
また、血濡れた自分達の身体もなるべく早く洗い落としたかった。
フラウ王女は珍しく滅入っていた。それは、今回の救出劇でいつの間にか自分が暗殺者になってしまったように感じていたからだ。そうはいえ、これまでも数えきれない敵兵や叛逆者をフラウ自身の剣にかけてきた。
ただその場合には相手を殺めることに対し、自分自身を正当化しやすい理由があったのと、少なくとも不意打ちで敵を無力化するような暗殺者まがいのやり方は経験がなかったからかもしれない。
ソファで塞いでいたフラウ王女の横にクロード近衛騎士隊長が座って、
” 人を殺すのに正義とか悪とかは関係ない。自分にとっての正義も相手からすれば悪。正義と悪はその立場の違いで自分に都合の良いように正当化しているだけであると、、、”
王女の手をしっかりと握りしめながらつぶやいた。
「同じことを卑弥呼お義姉様からも聞かされた 」
フラウ王女もクロード近衛騎士隊長の言いたいことは良く分かるし、頭の中では理解できていた。しかし理屈では分かっていても、現実にそれをやってのけた自分のことを考えると、やはり平静ではいられなかった。
クロードにはフラウ王女自身が暗殺者を一方的に殲滅した行為を悩んでいることは手にとるようにわかった。フラウ王女がこの先ずっと今みたいな謙虚な考えを持って王国を統治すれば、王国の民はフラウ王女のこと十分に理解してくれるはずだとクロードは確信していた。
優しい婚約者のクロード・トリトロンはフラウ王女の悩みに、素直に寄り添ってくれていた。
実際、もし今回、将軍と大佐の家族の救出に自分が乗り出していなかった場合、あの家族はそう遠くない時期に国家反逆者の家族として確実に処刑されたはずである。そして、遅かれ早かれそのことはフラウ王女の知るところとなる。
その場合、将軍と大佐を王国に留めた自分自身を間違いなく責めてしまうことになるであろう。
どうして家族を助け出さなかったのか? 或いは自分の我儘であの二人を捕虜にしたことがそもそも間違いでは無かったかと、、、。
「有難う。クロード! 私が少し弱気になってしまったようだ。私がここで後悔していたら、将軍や大佐やその家族に申し訳ないな 」
フラウ王女は、女王になるというのはいかに大変なことなのかほんの少しだけだが分かったような気がして身震いした。
今までの彼女は、両親の庇護下で陽の当たる部分だけしか見てこなかった。影の部分は女王と摂政が恐らくは娘達に知られないように処理してくれていたのであろう。
そしてフラウ王女は、卑弥呼がいつか自分に教えてくれた
” 光には必ず影が付き纏い、影のあるところには必ず光がある ”
ということを思い出していた。恐らく義姉もそういうことを教えたかったのだろう。
今のフラウ王女なら少し分かる気がする。これからは自分の信念に基づき、突き進むことを改めて決意した。
「もし、私が人の道を逸れようとした場合、クロード!私を殴ってでも止めてくれないか 」
暫くして、応接室のドアがノックされた。将軍と大佐に付き添われたその家族5人が入ってきた。
ハザン帝国の将軍と大佐の二人は、先の王都侵略で部下の兵士達を救い、あの戦争を終わらせるために自ら捕虜となったが、ハザン帝国はトライトロン王国に、二人を戦争犯罪者の首謀者としてを生贄に捧げるため、捕虜の引き渡しを要求してきていた。
トライトロン王国が捕虜引き渡しを拒否したがために、9人の刺客がハザン帝国からやってきた。
当然ハザン帝国で軍部の監視下にある彼らの家族にも大いなる危機が迫っているであろうことを危惧したフラウ王女からの提案で、今回の将軍と大佐の家族救出作戦が行われたことなどに関するおおよそのいきさつを聞いたのであろう。
二つの家族を代表して将軍の母親が、フラウ王女やクロード近衛騎士隊長に涙を流しながら感謝の意を伝えた。ハザン帝国からは二人とも戦死したか行方不明と聞かされていたので、生きている息子を見た時、一瞬幽霊でも見たような気分になったとも、、、。
それでも二人が戦死したにも関わらず、常に見張りがついていたので、不思議には思っていたらしい。
長年住み慣れたハザン帝国を離れることについて、思うところが全く無いかというと嘘になるが、家族が一緒に暮らせることに比べれば取るに足らないと、喜んでトライトロン王国の王都に一緒に着いて行く決意をしたようである。
将軍の母親の正直な気持ちを聞いているうちに、フラウ王女の気持ちは少しづつ安らいできた。
その母親の感謝の気持ちは、救出の際に見張りの兵隊を一方的に殺戮してしまったことに関するフラウ王女の後悔の念は、ほんの少しではあるが薄れて行くようで救われた。
その夜遅くダナン砦の斥候兵から、王都との国境付近に多くのハザン帝国兵が集結し始めているらしいとの連絡が入った。フラウ王女は、シンシュン国を経由せずに直接ダナン砦に無理してでも向かった判断が正しかったと胸を撫で下ろしていた。
恐らく、シンシュン国の首都にも既に多くのハザン帝国の斥候兵が放たれていることだろう。自分達だけであれば、なんとでも切り抜けられるが、女、子供連れだとこちらに犠牲者が出る可能性は極めて高かった。
グレブリー大佐は、砦の斥候兵達に監視だけに絞り、決してこちらから一切手を出すことのないようにと伝令した。
彼自身はハザン帝国兵が王国への国境を越えてまで追跡を続けることはあり得ないだろうと踏んでいた。少なくとも未だ敗戦国となったばかりの現在では、いくら執着心の強いココナ上級大将といえどももそこまでの危険は犯さないだろうと予測していたからである。
そして、そのグレブリー大佐の予測は完全に的を得ていた。