1−10 フラウリーデ王女の戦略
フラウリーデ王女は、許された時間があまりにも短すぎると呟くと、眉間に少し皺を寄せて自分たちが取れる策は極めて限られることを憂慮した。
「第三軍務大臣メリエンタール・バナード殿!ここ半月で最大に集められる兵力はどれぐらいかな?」
・・・・・・・!
「この侵略戦争に王国が負けるようなことになれば、我が王国そのものが消失するかもしれないことを念頭に置いて答えて欲しい。そう!希望的観測ではなく、確実に徴集可能な兵の数が知りたい 」
フラウ王女は大臣に詰め寄った。
第三軍務大臣は、やせ顔で薄い唇を少し震わせるように、そして苦渋の決断を下すかのように、つばをごくりと飲み込むとフラウ王女の問いに、半月後までに最低7千人、1ヶ月後には地方から呼び寄せた兵を併せて総計一万五千人程度だろうと答えた。
「やはり貴族連合軍の私兵の手を借りるというわけにはいきませんか?フラウ王女様!」
フラウ王女は、慌てるでもなく、白く長い指を形の良い唇に当てながら、
” 先に言った様に貴族連合軍を使うのは最終手段だ ”
キッパリとそう言い切った。
そしてまず、7千の兵力でハザン帝国を迎え撃つ覚悟を決める必要があることを強調した。未だこの段階では有効な作戦を思いついている訳では無いが、地方から召集可能な王国の兵力については、いざという時に窮地を救ってくれる別の作戦に利用することが好ましいかもしれないと考えていた。しかしかりにそれらの兵士を合わせても1万強で、ハザン帝国の三分一の兵力にすぎない。
フラウ王女は、ハザン帝国軍が王都に到着するまでにその兵力の半数を砂漠という『 地の利 』を利用して削り取る方法を何とか絞り出したいと考えていた。その際の別働隊として有効に利用できる兵力はないものかと考えていた。
だが、今の時点で具体的な策があるのかと問われると、『 考え中 』としか答えようが無かった。
第一軍務大臣の立場としての考えは、先ずは7,000名の王都兵で攻防することを第一案として考えていたが、直ちに具体的な戦略、戦術を立てる必要があった。
そして少し考えるような仕草を見せていたが、やがて意を結した様に彼女は自分の考えを述べた。
トライトロン王国にとって唯一の味方は、地の利がありかつ全兵隊を飢えさせないで済むだけの兵糧が何時でも用意できることにあった。しかもそれらの兵糧は、戦が半年や1年継続したとしても十分に供給出来るという点であった。
そののことは裏を返せば、そっくりそのままハザン帝国の弱点となると考えられた。
スチュワート摂政の力強い兵量に関する説明で、フラウ王女はほんの少しではあるが暗闇の中に一筋の光が見いだせたような気がしていた。
「明朝、早速各部隊の最高責任者を集めてくれ!加えて、各部隊の責任者には、本日の大まかな情報を伝えておくように!前置き無しで話を始めたいからな、、、 」
フラウは両軍務大臣に命じた。
この会議の本来のメンバーではないが、フラウ王女の願いで、自分よりも冷静沈着で、物事を対局的に見ることができ、かつ冷静な判断が下せる人材としてクロード・トリトロン近衛騎士隊長の同席を女王に特別に認めてもらっている。
一方のクロード・トリトロンは軍議内容に関するフラウ王女の決断力そして何者にも勝る勇気、そして引き締まった唇から紡がれる説得力のある言葉、その何れをとっても、『 龍神の騎士姫 』の異名を彷彿とさせるものがあると王女に対して絶対的な敬意を抱いていた。
それとは対称に、軍議や軍事以外のフラウリーデの言動や行動があまりにもかけ離れており、そのことに関して妙な違和感を感じるとともに、そのチグハグなフラウ王女の一面がクロードには新鮮で、とても愛おしく思えていた。
フラウ王女が会議場を出たすぐの所で、女王と摂政が並んで待っていて、
” フラウ、本当に申し訳ないと思っている。国の大事を娘のお前にだけ押し付けている私達を許して欲しい ”
と申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「父様!母様も私に頭を下げることなど止めて下さい。私は自分に出来ることをただ実行しようとしているだけです 」
実際、国民の動揺を抑えることが可能なのは両親しかいなかった。両親が内政を固めてくれているお陰でフラウ王女は安心して戦場を縦横無尽に駆け回ることができていた。
娘の説得に、女王と摂政は涙を浮かべて娘を優しく抱きしめた。
その夜、フラウ王女は明日からの戦略立案や、自分が取るべき行動等々色々なことが頭の中に次々と浮かんで、次第に気分が高揚して眠れない時間を過ごしていた。
” 何としてでもハザン帝国からの侵攻をくい止めないと ”
などと考えている内に時間だけが過ぎ、眠りの使者が迎えにきたのは、それから2時間後だった。
早朝からの会議に遅れない程度には起きたものの、未だ少し眠気が残っている。それを拭い去る様に、
” シノライン!ちょっと30分位庭を走って来るから、騒がない様に ”
と声をかけた。
フラウリーデは軽く汗をかいたためか、もうすっかり覚醒出来ていることを自覚できていた。
「さあ、今日は忙しい一日になるぞ 」
ジーンと身体の芯から突き上げてくる鋭い昂りがフラウ王女にはとても心地よかった。