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第六十二話 火の雨と皇帝の怒り

 「……なんなんだ、あれは」

 

 「無駄口叩いてる場合か、舌ァ噛むぞ!」


 背中から聞こえるブルーノの声に応えを返す。

 遥か上空で巻き上がる異様極まる光景に流石に声が震えていた。


 燃え盛る火球の正体はわからんが、貰えばヤバいのは一目瞭然だろう。

 緩んだ気と体に再びムチを打ち、それを見据える。


 —―来た。

 空気を分かち切り裂く大音を鳴らしながら、上から襲い掛かる。

 

 撃ち落とすか……?否、体を右に加速させてそれを回避する。

 予想よりも猶予があった。

 空中で体勢を整え、タイミングを決して逃さぬように迫る二発目以降のソレに意識を集中する。


 ——それは余りにも唐突で、予期も予測も予想もしようのないことだった。

 

 重く大きい轟音が下から響いて俺の耳朶を打った。


 真下から上がる爆炎が装甲を照らし、吹き付ける高圧の乱気流が空に浮かぶ体をガタガタと揺さぶる。


 馬鹿な。

 あの火球は確かにそれなりのサイズがあったとはいえ、あんなに盛大な爆発を引き起こす程の威力はないはずだ。そう思ったから回避を選んだのだ。

 

 そこまで思考を回してから、一つの事実に思い至った。


 あそこは、雨衣ちゃんがいる。


 視界の中に映るミニマップを咄嗟に横目で見るものの、交戦中に電阻濃度が高まったのか安否を示すマーカーはかき消え、その身の状態を伺い知ることは出来ない。


 途端に冷や汗が流れ落ちる。肺が激しく収縮し、不可解に蠢く心臓が体外へ突き破りそうな錯覚を覚えた。


 自分の愚鈍さへの苛立ちの余り、全身を掻き毟りたくなる衝動に襲われる。なぜ事前に分からなかった?

 分からなかったにしても眼下に雨衣ちゃんがいると知りながらなぜ回避を選んだ?撃ち落とせるだろう、俺の技量なら!これしきの事すら満足にこなせず何が『白の死神』だ、何が『人類最強の兵士(マキシマム・ワン)』だ!

 怖気づきでもしたか、所詮拾い物の命を惜しみでもしたか沢渡京!


 彼女がいない世界で、俺はどうする?使い所を失った命はどうなる?

 考えただけで寒気が走る。


 募る焦燥から背後の声が呼び覚ました。


 「沢渡、来てる!」


 灼熱に近づいた皮膚が今更の様に悲鳴を上げる。

 

 「ジャマだァァァァ!」


 スイッチを操作し、非実体剣を鎌モードへ変形。構えた両腕を全力で振りかぶって、一閃。

 火球が二つに別れ、爆ぜる空気が俺の体を叩いた。


 「雨衣ちゃんッ!」


 空気に流され、吹き飛ばされる勢いすら味方に変えて真下に駆けんとする。

 

 「待て沢渡!ここで下に降りるのは自殺行為だろ!?」


 「うるせェよ!雨衣ちゃんが……!雨衣ちゃんがッ!」

 

 「死にたいのかお前!?天音雨衣がそうまでして気にかけられて喜ぶとでも思っているのか!?」

 

 「だからってほっとけってのかテメェ!」


 「心配するのとヤケは違うだろう!焦る気持ちも分かるがちょっとは自分の身も気を使え!

 大丈夫だ。俺のジャンナもいる、だから、きっと大丈夫だ。だから今は……!」


 「あぁ分()ったよ!」


 終わりの光景を見上げる。


 「……こいつら最速で叩き落として下に行く!だから手ェ貸せブルーノ!」


 「勿論だ!」

 

 速度のギアを三段を上げる。

 降り注ぐ灼熱の隕鉄の間を超速機動ですり抜けて光子銃を連射する。翼の上にその身を固定したブルーノは武装腕で放つ的確な射撃で破壊を援護してくれている。


 弾丸すら置き去りにして極熱地獄と化した高空を駆け巡り、次々と生じる爆炎の中を体を右左に倒して潜り抜けていく。


 ブルーノが翼を蹴って空に舞い、体を躍らせながらアクロバティックな蹴撃を放つ。

 常軌を逸した衝撃が空間を打ち、伝播する威力が次々と火球を吹き飛ばしていく。

 推力を失い下に落ちるブルーノを回収する。

 

 第一陣が一掃されると同時、空からは第二陣が降り注いでくる。

 バーニアを稼働させ、高速で再び迫る熱源まで飛翔。

 近くにまで寄って見れば、断熱圧縮の赤い光に包まれたそれは火球と言うよりももっと縦に細長い円筒状のものだった。

 明らかに人工物である。というかこれは……


 「ミサイルか!」


 「だろうな……恐らく形状的に<GMb-237 ウッドピッカー 拠点攻撃用誘導弾道弾>だろう」


 「欧州の軍産複合体から大枚叩いて購入されたっていうアレか!」


 「そうだ、鳴り物入りだった割に『巣』の排除には対して役に立たずに倉庫で死蔵されてたアレだ!」


 『巣』に対しての有効打にこそならなかったが、その威力そのものは折り紙付き。

 先日使用された<ナスコマーイェ>や<ニト>のような基地防衛用短距離空対地誘導弾とは目的が違うのだ。


 群体の飽和攻撃として放つことで過不足無く敵一体一体を確実に絶命たらしむ事が目的の基地防衛用短距離空対地誘導弾とは異なり、拠点攻撃用誘導弾道弾の目的は敵のみならず、周辺の全てを広範囲に渡って一発で制圧することにある。


 大気圏付近まで飛翔してから地上へと放物線を描くように飛翔する軌道は、絶大な運動エネルギーを孕んでその威力を増大。吹き荒れる熱持つ乱気流は半径65mの球形状を一度に薙ぎ払い、上がる炎が周囲に燃え移って二次被害を齎す。


 「面倒な!」


 「全くだッ!」


 ブルーノが武装腕を連射し、目の前のそれを破壊する。

 間髪入れず加速、生じる爆炎の嵐の中から逃れる。

 

 その加速を乗せて鎌の斬撃を二度三度と叩き込んで破壊、その欠片を蹴って更に上に上昇。

 後を引く残光が螺旋を描くように回転しながら重力に従って落ち、信管ごと切り捨てる。


 残骸が爆ぜる前に足場替わりに蹴って離脱。

 ミサイルの小型翼にワイヤーを引っ掛けて巻き取り急上昇。

 勢いのままに上から下へと切り上げると、薪か何かのように円柱が左右に分かたれた。


 高度を増した視界から見据えるは地に降り注ぐ炎の柱の群れ。

 世界の終わりを予言した黙示録のようなその光景。


 ——されど其を恐るるに足らず。

 ——<最終戦争(アポクリプス)>なぞさして目新しいものでもなし。


 「前面に火力を集中させる!」


 「了解した!」


 翼の上から返答が返る。

 空中でホバリングして高度を固定、最速かつ精密に引き金を何度も引き、天蓋から落ちるそれを撃ち抜いていく。翼の上からも連続して重たい銃声が鳴った。

 無数の赤と真鍮色の光芒が灰赤の空に糸を引きながら炎の中に突入し、内部の爆薬を起爆。

 複数炎が散り、その炎と衝撃が他のミサイルに伝わり誘爆を引き起こす。


 ——灰色の空を、烈火の花火が一瞬明るく照らしあげた。


 「これで全部か!?」

 

 「……いや、まだだ」


 再び上を見上げる。

 空からはもはや何発目とも知れぬミサイルが落ちてきていた。

 しかし、


 「何故これだけなんだ……?」


 その数は一。

 

 当惑の声を漏らすブルーノに、半笑いで告げる。


 「あぁ~ブルーノ、こりゃ無理だ」

 

 「何を……」


 「堕ちろ」


 急制動を駆けて翼から振りおとす。


 「色々人間やめてるお前だ。このぐらいの高度どうってことないだろ」


 そうして見据える。

 

 ——こればっかりは通すわけにはいかない。

 

 一目だけで見えてしまった。

 円柱側面には黄地に黒のマーキング。小さな点の周囲三方を黒い扇型が囲っている。

 

 <HDb-005 ツァーリ・ヒューリー 改良型純粋水素起爆式弾道弾>


 簡単に言えば、核である。


 その威力はメガトン換算にして100メガトンにも及ぶバカげた威力の弾頭。これが雨霰と降りしきるイカれ切った地獄の中、国家はその姿を消し、人類は地下へ逃げ延びた。


 「まさかこんな骨董品が、まだ残っているたァな!」


 最終戦争で全て使い切られたと聞いていたが、まだ現存していたのか。


 自らを惜しむ猶予などない。死して已む無し。

 今必要なのはこいつを確実に処理すること。

 

 気合を入れろ。先ほどのような無様は許されない。恐怖で萎えそうになる全身に力を込める。


 死ぬのが怖いか?あぁ怖いとも。死にたくない。生きる目的が出来てしまった。心の何処かでそれを求めていたすら思える昏いその概念が、今はひたすら恐ろしい。一分一秒でも生き永らえたいと思う。死にたく、ない。

 

 だが、その感情の根源が今正に消え失せようとしているのだ。

 どちらが恐ろしいなど考えるまでもない。彼女がいるからこの感情を抱くのだ。彼女がいない世界で生き永らえた所でどうするというのだ。

 答えは決まっている。天秤がどちらに傾くかなど自明の事柄だ。


 覚悟を決めろ。あの日使いきれなかった命の使いどころはここだ。


 自らを鼓舞するようにバーニアに火をつける。

 一発限りのとどめの一撃、そう簡単に躱させはしまい。


 「——来た」


 読みは当たり、上に逃げる俺を追いかけるようにゆっくり回頭して上に上がり始める。

 やっぱり誘導装置がついてたか。


 だがまだだ。ここで爆破させては下まで被害が及ぶ。

 高度を上げ続ける。地上500mを越して、薄まる酸素で息が苦しくなり始める。

 

 まだ上へ。

 まだ上へ。

 まだ上へ。彼女に届かぬ所へ。


 上り果てた先は3000m。ここなら大丈夫だろう。

 ロクに吸い込めない癖に息を吐き、上から駆け上がるミサイルに照準を合わせる。

 

 迫り来る()()に中指すら立てる心持ちで。


 片頬だけの笑みを浮かべながら、引き金を引いて。

 自ら爆炎の中へ呑み込まれていった。

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