第五十九話 翼という概念
「沢渡さん!そっち行きました!」
「オッケ!」
隣から飛ぶ雨衣ちゃんの叫び声に反応して右腕を振るい、逆袈裟を叩き込む。
白い視界に赤い光が曲線のラインを残し、それに沿って目の前の<シルフ型>が崩れ落ちた。
「ジャンナ!」
「了解、いっけえーッ!」
「オォラァッ!」
ブルーノがジャンナの肩部シールドを蹴り飛ばすことで加速。小柄な体を砲弾のような勢いで突貫させ、そのまま唸る右腕を叩き込む。
生じた爆発的な衝撃波が周囲の雑兵を巻き込んで、迫る敵の群れに大穴を開けた。
上がる雪煙が晴れた次の瞬間、ブルーノの姿は既にそこにはない。
「吹っ飛べェ!」
ブルーノがそう動く事が分かりきっていたかのような反応でジャンナが放った腰部ビーム砲と左腕装備レールガンが、空いた大穴を起点に三条のラインを敵陣に作りだした。
「うっし行くぞ雨衣ちゃん!」
「了解です!」
ラインの中に突撃する。
先頭をひた走る俺の背後からドローンと隷属させられた<N-ELHH>が楔形陣形を取りながら追随、討ち漏らしの掃討や露払いを担う。
まず三体を纏めて水平切りで切り殺し、その勢いを乗せたハイキックを獣面に叩き込んで首をへし折る。
突きこまれる一撃をひらりと躱してカウンターで首を撥ねる。右手の光子銃を連射して数体ブチ抜き、さらに奥に飛んで叩き切る。
右前足を切り飛ばした後、その敵がドローンのレーザーで打ち抜かれるのを見る前には次の獲物に目線を移している。
「ウォラァッ!」
隷属<N-ELHH>を蹴り飛ばして敵にぶつけて隙を作り出してから距離を詰め、纏めて刺し貫き、切り開く。
敵集団がじり、と後ずさり後ろに退き始めた。
……状況終了。
左右に持った非実体剣と光子銃を腰のハードポイントに収める。
吹雪の中である。
俺たちは、このR-地区全体の<N-ELHH>の根城である山脈内の大規模『巣』に向かって進軍していた。
窮状に陥ったR-05地区の命運を決める総力戦である。ここを勝てば体制を立て直す時間が取れるが、負ければもはや防衛すら出来ず滅びるのみ。一か八かの危険な戦いだった。
当然、そのような重大局面であるが故に雪原には現在出撃可能な全兵力が投入されている。
もっとも、吹雪に阻まれ目の前に武装車両が走っていることぐらいしか様子は確認できないのだが。
目を矯めつ眇めつ吹雪の向こう側に味方の姿を認めることはできないかと見つめる。
瞬間、爆炎が上がった。
吹雪が吹き散らされ一瞬視界が晴れる。
目の前の武装車両が爆破、炎上していた。
「なッ――敵襲か!?」
驚きのままに叫ぶ。
「……いや、近くに敵の気配はないぞ」
「吹雪で隠れているだけなんじゃないですか!?」
「どうだろうね、雨衣ちゃん。
今の音、かなり近かった。さすがにこの距離感で気配すら感じ取れないっていうのはおかしい」
「どちらにせよ要警戒!武装は撃てるようにしといたほうがいい!」
叫びつつ自らもハードポイントから武装を取り外して構える。
何だ……?何が起こっている……?
目が頼りにならない代わりに耳を澄ませる。
飛び込んでくる風切り音の中から情報を得んと研ぎ澄まされる神経に、絶叫が流れ込んで来る。
「ガァアアア!!」
「降ろして降ろして降ろして降ろして助け助けてくれェァアッ!」
「クソッ!?見たことがねえぞ、なんだアレ!?」
「撃て!撃てエ!」
「撃てっつっても、どうやって当てんだあんなの!」
「離せェ!!!離してくれェッ!!!」
——間違いない。
「敵襲!周囲の警戒を強めろ!」
何が来ている、どこから来ている。
周囲にはやはり敵の気配がない。視界には真白な色付きの風しかない。どこだどこだどこだ!
歯噛みする。どこにも見つからない。
「違う、違います!上です!」
雨衣ちゃんの絶叫に上空を見上げる。
「なんッだありゃぁ!?」
――灰色の雲を切り裂いて、空から不吉を告げる烏が舞い降りる。
◆
「なッ!?また敵感知か!?」
ズヴァヴォーダのコクピット内に再びAlertが響く。
しかも上空、数多数。
「どうなっている!!」
膝立ちの待機状態からズヴァヴォーダの体を起こし、左ペダルを踏みこんで上昇させる。
灰色の雲を突っ切り、高空に舞い上がる。
「——おいおい、マジかいこれ」
B-21 レイダー爆撃機というものが、かつてこの地上には存在した。
地平最大の国家が使用したとされるステルス爆撃機。
主翼以外にも尾翼や垂直尾翼を持つ一般的な航空機とは異なり、一枚の翼で機体全体を構成した全翼機と呼ばれる代物である。
機体を真横から見れば薄い一枚板であり、上から見れば三角形というフォルムが特徴的だ。
その地平最大の国家も<最終戦争>で滅び、対航空戦力用<N-ELHH>の<スプリガン型>により航空戦力の概念は旧時代の遺物となった。かつて隆盛を誇ったB-21 レイダーも、今では紅い空から姿を消して久しい。
そのB-21 レイダーが、下部から鳥の足のような部位を生やした異形の姿、且つ有機的なディティールを伴って、蘇っていた。
機体上部の口のようにも見える二つの穴から、一斉にエネルギー弾が吐き出される。
「ヌ、ォオ!」
SBを踏んでどうにか回避。
「<N-ELHH>にも航空戦力はいないって話だろうッ!?」
<スプリガン型>の登場以外にも、<N-ELHH>に航空戦力は存在しないからこそ戦闘機などの人類サイドの航空戦力は姿を消したという面もある。
もはや戦場から姿を完全に姿を消した頃合いになってから新型の航空戦力を出してくるとは、本当に性質が悪い!
対抗策がもはや使用者の数少ない<高高度飛翔戦>とこのズヴァヴォーダくらいしかないのだ。クソだね全く!
「<グレムリン型>といい、新型新型と、よく飽きないものだねェ!」
照準。
<試作ビームガン>を一体に向けてブッ放つ。
だが、ひらりと舞って躱された。
続けて二射、三射と撃っていくも直前でその身を翻してギリギリの所で躱される。
「猪口才なッ!」
四射目を撃とうとした所で背後から衝撃が襲い掛かった。
「ぐぁぁッ!?」
コックピット内がぐらぐらと揺れる。
恐らく敵のエネルギー弾は<スプリガン型>の対空掃射と全く同一、計算上はズヴァヴォーダの装甲を貫徹することは不可能だが、こちらの攻撃も当たらないのもまた事実。千日手だ。
<XHB-01-T:カーミン改 頭部積載機銃>を起動。単射ではなく掃射で対処を試みる。
ダダダダダッ!と砲声が唸り、敵を撃ち落とさんと弾幕が張られる。
しかし、それすら敵を捕らえるには能わない。
「チィッ!」
再びコクピットが揺れる。
このままでは埒が明かない。
防げる計算ではあるとは言え、こうも何度も喰らっていれば流石に装甲が破損する危険性もある。
仕方ないか。
「疲れるし燃料食い半端じゃないしで使いたくなかったんだけどねェ!」
ガコンと音を立てて背部ウィングバインダーから片翼六個、合計十二個の黒いパーツがパージされる。パージされたパーツからはバーニアと銃口が伸長した。
<XAA-01-T:ワイバーン 全包囲飽和射撃子機>
雨衣くんが使う<飛翔機飽和戦>から着想を得た新兵器。
「行けェ!」
<Ex-MUEB>からニューラルリンゲージで通達される脳波信号にズヴァヴォーダが反応、<ワイバーン>がそれぞれ動き始め、『新型』とドックファイトを開始する。
「……クッ」
神経に流れ込んでくる12機分の情報を処理し、命令を返すというのはかなりキツイものがある。目や耳と言った五感を感じ取る器官が突然何個も増えたかのような気分だ。正直半分でも御免被りたい。これを平然と扱う雨衣ちゃんは一体なんなんだろうね!
だが泣き言ばかり言っていられない。
こっちは人類を背負う総司令官なのだ。これしきの事で音を上げるわけにはいかない。
「まだまだカッコつけさせてもらうよッ!」
ボタンを叩き、展開されたスカートアーマーの裏から<HGW用試作ビームナイフ>を射出。マニュピレーターで握りしめて装備する。Weapon Connectのウィンドウが表示された。
本来そんな積極的に使用する予定ではない武装だったが、まぁ虎口を凌ぐためだ。使いこなしてやろうじゃないか。
続けて操縦桿を右方向に捻る。
<CRV-S>の表記がサブモニターに表示される。
その表記が消えうせると同時にサブモニターや制御スイッチ類が収納され、手足がリニアシートから展開された部品によってガッチリ固定された。
<ワイバーン>のパージによって露出したウィングに取り付けられた大型バーニアが火を噴く。
生じた炎は<ワイバーン>の隙間を埋めるように際限なく広がり――
「行くよッ!」
――蒼炎の翼が、天空で大きく羽搏いた。




