第五十八話 機械仕掛けの天使
カタパルトで得た猛烈な加速度のまま宙を駆ける。
体はさっきからずっと押し付けられっぱなしで、血液が腰から下にたまり続けているのを感じる。
視界の計器を見れば指し示すのは2500km/h前後。音に倍するほどの速度。金切音の様なつんざく音を発しながら雪原の上を飛行する。
「フッ……!」
暴れまわるじゃじゃ馬の様なそのヒトガタを、操縦桿を手綱代わりにして必死に御し、作戦領域に急行する。
ピピッ!
Alertが手狭なコクピットの中に響く。
咄嗟に右脚のペダルを踏み込みながら操縦桿を右に倒す。
瞬間、ズレた。
機体側面から瞬間的に吹き出されたバーニア炎が、機体を横殴りに突き飛ばす。『ステップブースト』と呼ばれる機能。異常な加速が右に機体を流す。
機体の真横をオレンジ色の火線が流れていく。
恐らく一番砲塔<ヤスタージ>。熱エネルギーを砲弾として放ち、敵を焦がす熱と膨張した空気の熱で掃討する<UN-E>基地周辺防衛用制式採用砲塔。
「グ……確定、だな!」
左半身を押しつぶさんとする重圧に苦悶の声を漏らしながら呟く。
R-07地区基地が一切の報告すら出来ぬ間に占領、殲滅されて<N-ELHH>共の『巣』並びに前線基地と化しているのではないかという沢渡の危惧は、どうやら当たりだったらしい。
「当たって欲しくは、なかったけどねェ!」
機体を強引に振り回して飛翔を続ける。
ピピピピピピピピピピピピピピピッ――
刹那、再び電子音が鳴り響く。
しかし今度は複数且つ連続!
視界全てを埋め尽くさんとするマイクロミサイルの雨が総身を取り包み爆砕せんとする。
「やってやるさ――!」
右手の操縦桿横のボタンを弾く様に押し込む。すると流線型に纏まっていた腰部スカートアーマーがパネルラインに沿ってバチンと展開され、その内部に収納されていた追加バーニアが四つ、各方向に展開される。
高機動戦闘モード。
長距離直線高速移動時の速度と航続距離を優先し、空力制御の観点から流線型に腰部装甲が小さく纏められた姿が先程までの長距離飛行モード。
そこからアーマーが展開される事で脚部可動域にさらなる柔軟性が与えられ、内側から伸長された追加バーニアによって短距離での連続的な加速能力を増幅された形態。それがこの、高機動戦闘モードだった。
――来る。
前SBで第一波を躱し、続けて襲いかかる二、三波目を左ペダルを思いっきり踏み込んで急上昇することで回避。四五六と<試作複合防盾システム>で凌いだ後左SBでミサイル群から離れる。
回り込んで背後から襲いかからんとするものを視界の端に認めて右SBで対処、動きが止まった所に飛来するものは、後SBで距離を取った後、連射モードに切り替えた<試作ビームガン>の掃射で砕く!
SBの連続で空中に稲妻を描く様に飛び回って波状攻撃を一発たりとて喰らうこと無く回避しきった後、そこから再びスロットルラダーを押し込んでメインバーニア最大稼働。生じた爆炎の中を突っ切る!
『ズヴァヴォーダ、目標座標との距離5000切りました!攻撃準備を!』
「了解、したッ!」
視界に作戦目標であるR-07地区基地へとつながるゲートと、その周囲を覆う防壁が飛び込んでくる。
上から見る基地とその防壁というのもなかなか乙なものだ。
「ブッ壊さなけりゃあならないのが残念だけどねェ!」
敵もいよいよ焦ったか、これまでとは比較にならない量の攻勢が仕掛けられる。
ペダルを何度も踏み、操縦桿をやたらめったらに倒し、迫る攻撃を回避する。
こんな滅茶苦茶な操縦でも付いてきてくれるとはなかなか優秀じゃないか!
「そこッ!」
操縦桿上部のハットスイッチで照準し、引き金を引く。
放たれた<試作ビームガン>の一撃が、耐熱素材で構成された一番砲塔<ヤスタージ>を一瞬で蒸発させた。
反撃のミサイル群を機体をコブラ機動めいて上昇させることで回避。
続けてスロットルラダーの前面に備え付けられたボタン押し込んで武装を切り替え、<XHB-01-T:カーミン改頭部積載機銃>を起動。
スロットルラダーを押し込んで再びメインバーニア最大稼働、一気に防壁までの距離を詰める。
刹那、紫色の紫電を視界に認める。
加速の勢いはそのまま、咄嗟に右SBで機体をバレルロールさせて斜線から外れる。
あれは二番砲塔<エレク>。こればっかりは食らうわけにはいかない。<エレク>の持つ超電圧は機体回路を高負荷でショートさせ、最悪動作不能にさせる危険性がある。
Gに押しつぶされ不快を訴える脳の中で光のように迸る思考。ならば答えは一つ。
「真っ先に潰す!」
トリガー。
頭部から放たれる弾幕の雨が<エレク>を打ち、バレル部分がくの字にひん曲がる、再使用は不可と判断。
続けて照準を切り替え対地機銃<カーミン>を一番から六番まですべて破壊。
さらにミサイル発射管を狙おうとしたところでそこから放たれた<ナスコマーイェ>の群体が飛び掛かってくる。あぁもうさっきからずっとうざったい!
視界すべてを埋め尽くさん限りのAlert表記を必死に躱し、避けきれないものは<カーミン改>で撃ち落とす。
爆音と共に一瞬画面が白く飛んだ。
だから、それにも対応が一瞬遅れる。
直上からは機体を覆いつくさんとする巨大な網。爆導索<ニト>。
<カーミン改>でも<試作ビームガン>でも、一部に穴を開けることこそできても根本的な除去は不可能だろう。この一瞬では回避も間に合いそうにない。
ミサイルの内側から爆導索が射出される前なら対処も楽だったのだが。
なので、これだ。
武装切り替え。<試作複合防盾システム>起動。
盾の上部、四つの六角形から構成された部分がスライド。内側から砲口をのぞかせる。
発射。
ドウッ!
下から上へ、竜巻が薙ぐ。
最上部では半径百メートルにもなる緑色のエネルギー嵐が、<ニト>に括りつけられた爆薬を一斉に誘爆させる。
機体の上にパラパラと、灼けたワイヤーの断片が降り注いだ。
ミサイル発射管は放たれた砲撃の余波を浴びて全て破砕している。
警告表記。砲身が焼けた。しばらく撃てない。
しかしこれで基地の武装はすべて破砕した。今は丸裸だ。
スロットルラダーのボタンを二つ押し込み、使用武装を切り替える。
背部バックパックに積載された折り畳み式砲塔、<XC-01-T オブストレーラ長射程エネルギー砲>。
二門とも砲身が一直線になるように展開すると同時にハードポイントに<試作ビームガン>と<試作複合防盾システム>を懸架、入れ替えるように<オブストレーラ長射程エネルギー砲>のハンドルを空いたマニュピレーターに握らせる。
基地ゲートの直上へと飛翔し、ハットスイッチで照準。
「貫けェ!」
上から下へ。
天空から地上へと放たれた二本の赤色の光軸は、ゲートを吹き飛ばし、さらにその地下、下へ下へと増築された基地の最下層まで一撃で吹き飛ばす。
轟轟たる爆炎と、濛濛たる土煙が上がった。
「ん?敵感知?」
基地に巣喰う敵ごと纏めて消し飛ばしたと思っていたが、あれで仕留めそこなったのがいたのか?
そう思うと同時、竜のような体をした<N-ELHH>が飛び出した。
「あぁ、君か。いやはや、こんな伏兵を隠していたとは」
<タイタン型>。
全長40mにも及ぶ長い体と、高いビーム耐性を持つ鏡面の様なウロコを兼ね備えた敵種別である。数は決して多くないものの、出現の度に中々手こずらされる強敵。
しかし今は<タイタニア型>の成り損ないなどに臆する道理はない。
<試作複合防盾システム>を構えて加速する。
砲口は焼け付いた。クールダウンまでは撃てない。
だが、<試作複合防盾システム>には三つ目の使い方がある。
それは元々、地上での発射の事を考慮し、反動制御の為に盾の最下部に取り付けられたアンカーだった。
飛び出した杭が地面に突き刺さり、食い込むことで姿勢を崩さないようにする代物。
ならばそれを、敵に向けたなら?
当然、肉を穿ち抜く、大質量の鉾となる。
「ウォラァァァァッ!!」
盾の先端を、熱量限界を迎え赤熱化した鱗に叩きつける。
「ブチ、抜けェーッ!!」
トリガー。
開放されたアンカーが超速で射出され、鱗を砕き、肉に風穴を開ける。
一撃。
一撃で敵の巨体は沈黙した。
「こちらズヴァヴォーダ。R-07地区基地の殲滅を完了した」
『了解!後続部隊の到達まで同地点で待機してください』
「了解」
状況終了。
インコムに返答を返し、自らが作り出した地下深くに続く大穴の側に軟着陸する。
そこで、思案した。
今回私を執拗に狙ったR-07地区基地の兵器は、当然人間用のものだ。本来<N-ELHH>如きに使いこなせるものではない。だが現実問題として、ミサイルは十重二十重と機体の周囲を取り囲み、砲塔群は的確にこちらを撃ち抜かんとしたのだ――
となると。考えられる答えはただ一つ。
「――未だ存るか。」




