第五十七話 FREEDOM
デートの日から、夜が明け、朝が訪れた。
安息日から再び日常の戦場に戻らねばならない時が来る。
傍らで未だ眠る眠り姫を起こさぬ様にベッドから抜け出し、少しずつその光量をます天蓋のライトを見つめる。
「うし……」
必然、気が引き締まった。
あんな事を言ったのだ。死なせる訳には行かないし、勝手に死ぬわけにも行かない。
なんとしてもこの混迷の時代を生き延びるのだ。彼女と共に。
「んぅ……」
眠り姫の頬をそっと撫で、静かに部屋から出た。
◆
「では、作戦目標を伝達するよ」
司令室。
奏が今回の作戦前ブリーフィングを行っている。
「今回の目標はこの地域に巣食う大規模『巣』の制圧と破壊、並びに内部<N-ELHH>の殲滅だ」
「なるほど」
「『巣』の位置はここだね、ゲートから雪原を北西方向に踏破した後の山脈内部に存在する。ここを攻略することで、R-05地区の<N-ELHH>を完全に一掃する。それで復興の時間を稼ぎ、装備類の充足を待って、この窮乏から抜け出す。中々に難易度の高い任務であることは理解しているが……一回のみの大規模作戦で現状をひっくり返すにはこれしかない」
「待った、R-07地区基地は?あそこも占拠されて『巣』になってる可能性が高いって話だろ?」
つらつらと淀み無く続く説明に疑問を呈する。
「あ〜まぁそれはこっちで対処するから心配しなくて良い。とっておきがある」
「ならいいが……」
「出撃部隊は当然R-05地区残存の全兵力!出撃時間はこれより30分後の作戦時間一三:〇〇!正念場だ、皆頼むよ!」
「「「了解!」」」
その場にいる全員の返答の声が重なった。
◆
「あっ!奏総司令官!お疲れ様です!」
私の姿を認めた整備兵達が一様に敬礼してくる。
「あぁ〜いいからいいからそんなに固くしないで。それより、状態は?」
「間違い無く万全ではありますが……本当に、総司令官御自身が?」
「当たり前だろう、こんなワクワクする可能性の塊、私が乗らなくてどうすると言うんだね」
見上げる視線の先にあるのは、全高17mの白亜の巨人……有体な言い方をするなら、《《ロボット》》だった。
初めて開発計画が下から上がってきたときにはぶったまげたものだ。こんな、フィクションの産物でしか無いようなものをまさか実現させようと考えているとは!しかも大真面目にその有用性を述べているなんて!
……だからこそ人間は面白い。窮地に立ってなお柔軟。信じ、守り抜くに値する人間の可能性。常に可能性は奇想からこそ生まれる。試してみる価値は大いにあるだろう。
期待を込めてその機体をじっくりと見聞する。
ヘルメットを思わせる頭部に立った一本角のようなセンサーが印象的な機体である。その下からは紫色の半透明素材で作られたバイザーアイが装着されており、裏側からカメラが透けて見える。
胴部、脚部は流線を思わせる形で構成されており、その背後に背負われたバックパックと接続されたウィングバインダー機構と合わせて、空中機動での優位性を感じさせる。
ウィングバインダーに隣接して存在する二門の砲塔が、天を衝くかのように聳え立ち、その存在を主張した。
それは既存兵器体系とは一線を画する新型兵器。
<Ex-MUEB>の実地採用により実証された人形故の汎用性と柔軟性。純粋な質量故の頑強性と高出力。
それらを併せ持ち体現する新兵器系統である<|HGW《Humanoid Giant Weapon》>。その鏑矢となるのがこの機体だった。
既存兵器を超越するその想定スペックから、『国共軍』を筆頭とした敵対組織や利権の犬の軍需企業群より隠匿すべく<オペレーション:X10A>の秘匿コードの元で開発された新兵器である。
以前から損耗率が高かったR-地区で優先的に研究が進んでいた代物であるとは聞いていたが、まさか完成にこぎつけるのがこの鉄火場だとは……運がいいのか悪いのか……
「《X-01-T:プロト・スヴァヴォーダ》。現時点で我々が持ちうる技術を全て投入した対<N-ELHH>用決戦兵器、性能はもちろん保証しますが……まだ試運転すらしていないものをいきなり実戦投入、それも総司令官自らが乗って出撃とはいくらなんでも……」
「何度も言わせるなって、私は元々前線兵士だ、そう簡単に堕ちるものかよ。ま、戦果を持ち帰るから楽しみに待っていたまえ。……時間だね」
「……どうか、ご無事で」
「あぁ」
『定刻五分前!戦闘員は出撃準備を整えられたし!《X-01-T:プロト・スヴァヴォーダ》、発進スタンバイ!搭乗者はコクピットへ!』
「ほっ!」
<Ex-MUEB>腕部装備のワイヤーを射出してコックピット付近までひとっ飛び。胸部ハッチが展開するのを待って内部に滑り込んでパイロットシートに座り、軽く何度か操縦桿を握って感触を確かめる。
……悪くないね。
「ジェネレーター起動、頭部カメラ起動、腕部アクチュエーター起動、脚部アクチュエーター起動、バランサー起動、各部バーニアスラスター類起動」
確認のために声に出しながらパチパチとスイッチを弄っていく。一つスイッチを押し込むのと同時に整備ハンガーから伸びるチューブ類がガコンガコンと音を立てて外れる。
『中央カタパルト展開!プロト・スヴァヴォーダは中央カタパルトへ!』
音を立ててゆっくりと巨体が動き始める。それに合わせて神経が高揚するのを感じる。
正面に現れたホロキーボードを叩き初回起動時のOS調整を開始する。
「ジェネレーター臨界!各部バランサー正常!EN濃度供給量共に正常!コマンドパス接続方式をニューラルリンケージに!フィジクス想定データ異常なし!火器管制システム接続正常!全システムオールグリーン!
プロト・スヴァヴォーダ、システム起動!」
体の周りを球状に覆うモニター類に一斉に光が灯り、外の景色が映し出される。
そこは赤色の警告灯が灯るカタパルトデッキの中。尋常ならざる超加速を齎す電動の祠。
キュウンと甲高い起動音が挙がる。外から見れば各部センサー類とヘッドのバイザー式メインカメラが紫色に発光して見えることだろう。
微かな機械音とともに、視界が少し上がる。
『プロト・スヴァヴォーダ、中央カタパルト到達!武装は<HGW用試作ビームガン>と<HGW用試作複合防盾システム>を選択!』
「これと、これだね」
呟きながら操縦桿を弄り武装ラックからその二つをマニュピレーターに握らせる。
モニターに<Weapon Connect>の文字が踊り、残弾数や正常稼働率などがモニターに表示された。当然どちらも満タンである。
『カタパルト入口閉鎖!射出推力正常!進路上に障害物なし!リニアーエクサージョンチャージ開始!動力10……30……50……70……100!準備完了!ハッチ開放!射出システムのエンゲージを確認!
《X-01-T:プロト・スヴァヴォーダ》、発進どうぞ!』
視界左側のスロットル、カタパルト、動力の警告表示が皆一様に消え失せる。その代替として発進可能を示す<LAUNCH>の緑色が三つ灯った。
——始めよう。
「アイ・ハブ・コントロール。奏栞、スヴァヴォーダ、出るぞ!」
インコムに告げると共に思いっきり左手のスロットルラダーを押し込み、背部のメインバーニアを点火する。
合わせて足場が高速で前に進み出し、凄まじいGが体を押し付ける。
轟音。腹を揺るがすような地響きと共にカタパルト内を猛烈な勢いで駆け上がっていく。
そして、カタパルトの終端間際。光が差し込んだ。
操縦桿を操って機体の向きを安定させてのち、ウィングバインダー展開。翼を開き、戦場を見下ろす。
斯くして。純白の戦線に、自由の天使が舞い降りた。




