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第五十五話 安息日、福利設備棟

 バーニャ、というものがあるのをご存知だろうか。

 まぁ身も蓋もない言い方をしてしまえばR-地区……すなわちロシア版のサウナである。


 馴染み深いサウナ(といっても私は入ったことがないのだが)との違いは、サウナが「室温80~100度、湿度10~15度」という高温乾燥環境であるのに対して、バーニャは「50~70度の湿度20-30度」で比較的低温多湿環境であること……だそうだ。


 温度は低いものの湿度が高いため、むわっと熱される感覚が十分に味わえるが、その一方で極端に外と違う環境でもないが故、慣れてない人でも音を上げることなく楽しめる……らしい。


 程よい温度とヴェーニクという香り付きの枝葉を使って行われるマッサージがリラックス効果をもたらす、最高のリラクゼーション……という話だ。


 「はーっ!やっぱり最高!」 


 私は今、そのバーニャでじっくりと蒸されていた。

 ちなみにさっきの解説がすべて断定形でないのは隣で歓声を上げたジャンナさんの弁の受け売りだからである。


 ムンムンと蒸す熱気がタオル一枚の私の体を覆い、必然顔がほっこりと上気し始める。思っているより大分暑いが、まぁ耐えきれる範囲だろう。


「いやぁ~ここに来たからには絶対にこれ体験してもらおうと思ったんだけどね~、燃料不足とかでしばらく使用不可になっちゃうみたいだから今日がラストチャンスだったってワケ!どうどう、感想は?」


 ジャンナさんがベンチに腰掛けたまま、その180cm近くの長身を折って前のめりになり、感想を尋ねてくる。

 薄着でそんな無防備な体勢をするものだからうっすらと赤みを帯びた白磁の肌が露になり、浮かぶ汗玉がつーっと重力に引かれて下に降り豊満な谷間へと……


 咄嗟に眼を反らした。

 なんかみてはいけないきがした。

 というかデカ……私もそれなりにそれなりだと思っていたのだがちょっと自信を失うレベル……!

 

 「雨衣ちゃん?」


 「アッ……その……もっと暑いのかと思ってましたけど案外心地良いですね!」


 ごまかした。ごまかせたか?まぁいいや。


 一応素直な感想ではある。

 多湿、というと地下街の換気システム付近の夏場の嫌がらせのような不快感をどうしても想像してしまうが、なかなか悪くない。


 ちなみに換気システムの近くは夏場だけがアレなのかと言われればそんなことは全くなく冬場も普通に地獄である。夏暑く、冬寒い。近づかないに越したことはない不快装置。


 「ふんふん、喜んで貰えて嬉しいぞよ雨衣ちゃん……!」


 「わっ!?」


 言うが早いか飛び付いてくる。

 柔らかい肢体が湿気と共に纏わりつく。

 うぁ柔らかい息ができない暑い暑い……ええい鬱陶しい!


 ほっぺたを掌でむぎゅーっと押しひっぺがす。

 いい人だし気さくな人なのだがスキンシップが過剰すぎるのが玉に瑕なんだよなぁ……


 「ウッウッ、雨衣ちゃんが私を邪険にする……」


 すすり泣くマネをするジャンナさん。

 次の瞬間、顔を上げたかと思うと好機とばかりにニィ〜ッと笑みを浮かべる。

 な、なにを言われるのだろうか。


 「お詫びに今度こそ沢渡さんとの関係を教えてもらおうかな〜?」


 「ぶっふぁお」


 驚いた拍子に蒸気を盛大に吸い込み大咽せする。

 

 「この間そういう関係じゃないって言ったじゃないですかァ!!」


 反論の声が盛大に裏返った。


 「あの反応でなんもないは通らないでしょ〜それに今も顔まっかっかだしさ〜」

 

 「それはその……暑い場所にいるからでぇ……」


 「たださえ顔赤かったのにそっから更に赤くなったよ」


 「それはぁそのぉ……うぅ……」


 「というかもう付き合っちゃいなよ、言わなくても沢渡さんのこと好きなのはもうバレバレだしさぁ〜」


 「いやいやいやいやいやいやいや

 いやまぁ私はその……ねっ!まぁ確かにそういうコトになるにやぶさかではないこともないこともないですけど沢渡さんが私の事どう思ってるか分からないしですね……」


 「いや、アレは、イける。」


 キラーン☆と眼が光った。LEDでも入っているのだろうか。


 「雨衣ちゃんと一緒でなんとも思ってない娘にあんな態度とらないし、億ヶ一、フラグ構築足りて無くてもこのご尊顔でぐいっといけばイチコロよイチコロ」


 「むー!むー!」


 頬を引っ張られる。別に痛くはない。


 「一回デートにでも誘って、距離詰めまくって1日過ごした後、終わりに告ってキスでもすれば確実に成功すると思うよ、保証したげる。なんならそのまま……」


 「───────ッ!?!?!?」


 「ありゃりゃ更に赤くなっちゃった、かわいいねぇ雨衣ちゃんは」


 混乱する私を見てニヤニヤ笑うジャンナさん。くそう……無垢な娘っ子を弄んでからに……!

 というか一回デートしたことはあるのだが、それを話しても墓穴を掘る(根掘葉掘される)だけだろう。もしくは余りの進展の無さに呆れられるか。私もケーキ食べて解散後ベットで悶絶はさすがにどうかと思うレベルなのだ。

 

 「ていうか……そんなに言うなら教えてくださいよ……ブルーノさんとどんな事してるか」


 流石にちょっと怒ったので反撃させて貰う。

 先ほどまでのニヤニヤ笑顔はどこへやら、ジャンナさんも頬を染める。端から見てるとこんな感じなんだ。少しいじりたくなる気持ちが分かるかもしれない。


 「えぇ〜それ聞いちゃうかぁ……」


 「話振ったのはそっちなんだからし~っかり話してくださいね」


 「う、それを言われると弱い。仕方がない、誰もいないし、かわいい顔に免じてガールズトークに乗ってあげましょう!

 ……そうだねぇ。こうして改めて考えてみると隣にいるのが当たり前過ぎてどこが好き~とか思ったことないかも。強いて言うなら全部」


 「幼なじみ、とかですか?」


 「そうそ、同じ孤児院出身でさ〜ほら、私達の年代って<最終戦争>で親が死んでたり行方不明になってる子、結構いるでしょ?私とブルーノもそのクチでね。

 だから……それ以来、ずっと一緒。<最終戦争>から……もう10年か。10年間毎日顔合わせてる事になるかな?」


 先ほどのハイテンションと異なり、ポツポツと言葉を紡いで行くジャンナさん。口の端から漏れる言の葉は少なく、だがそれと対象的に単語一つ一つ、切れ目に吸い込む息の音、接ぎ穂に吐き出す息の響にすら、狂おしい程の思慕が籠もっている。

 ……10年。私の生きた人生の半分強。人と人が関わり続けるには余りにも長過ぎるその時間。その流れた時の中には、余人の介在することを拒むモノがあるのだろう。


 「だってほら、顔だってかっこいい……って言ったら怪しいけどかわいいし、その癖ハチャメチャに強いし、無愛想な癖におせっかい焼きだし……何度も助けて、助けられて……そんなんが10年も続けば……うん、やっぱり言葉にするのは難しいや。

 なんか、喋ってて、アイツに向けてる感情が『好き』なのか解らなくなって来ちゃったかも」


 照れ隠しなのか言葉尻を濁しつつテヘヘと笑っている。


 「……でも、そうだね。私が抱えてる感情は上手く言えないけど、アイツは私の全てだと思う。

 もう顔も覚えてないし、それをどうこう思うわけでも、悔やむ訳でもないけど、私は親も友達もみ〜んな<最終戦争>で死んじゃったから。アイツだけが、私にとっての生きる(よすが)

 アイツがいない明日なんて想像もつかないし、アイツがいない明日なんていらない。そういう存在かな〜。」


 「ほへ〜……」


 「ごめんごめん!重たい話しちゃった!上がってシャワーでも浴びよっか!」

 

 そう言って、ジャンナさんが木のベンチを蹴って立ち上がる。

 

 「まぁ、どっかにフラッと消えちゃう前にさっさと捕まえることだね〜。おねえちゃんが色々考えてあげましょう!」


 「あっカッコつけてる、同い年なのに」

 

 「バレちゃった?」

 

 少し舌を出して、彼女はくすりと笑った。

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