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第五十四話 安息日、食堂にて

 「基地内待機中の昼飯にしちゃあ、味気ねぇな」


 アルミの金属光沢を放つ皿の上からシリアルバーを一本つかみ取り、包装紙を破く。

 ゴリ、と音を立てて一口分噛み砕き、もしゃもしゃと咀嚼する。

 噛むうちにドンドン口の中の水分が失われ、安っぽい単一的な甘みが口いっぱいに広がった。

 うん、不味くはないが旨くもない。ひたすら味気ない。


  旧時代の映画でこんなのあったよな、なんだったか。オチが結局食料の原料が人肉だったとかそういうヤツ。

 ……これを思い出すのは辞めるか。ただでさえ微妙な飯がなおさら不味くなる。


 「……フ。そう言うな、今の逼迫した食糧事情だと贅沢は言えないだろう」

 

 「それは分かってるんだけどさぁ……」


 正面に座るブルーノの窘めの言葉にぼやきを返しつつ、ズズリ、と四角形の手のひらサイズのボトルの中に入ったコーヒーを啜る。

 抽出の仕方を根本的に間違えてるのか泥の様な味と匂いがした。ひたすら酸っぱくて苦い。まぁ、飲めなくはないが、面食らって少しむせた。口をめいっぱいすぼめて黒い液体が噴出する惨状はどうにか回避したものの思わず渋面になる。


 しっかり喉の奥へ押し流してから不自然に空いた間を誤魔化すべく口を開く。

 戦闘時にそれが原因で連携が取れないこともなかったのであまり気にしてはいなかったが、市街区防衛戦の後顔合わせしてから後はそんなに言葉を交わしていないし、ブルーノのことも正直あまり知らないのだ。何を話したものか。


 「……あー?その、なんだ。そういえば、だ」


 「何だ?」


 「お前、基本的に戦闘時に<近距離格闘戦>使うよな?」


 「あぁ。それがどうかしたのか?」


 「いや、反動の制御のとかどうしてんのかなって。ほら、俺も銃は使うけど近接アタッカーだからさ。コツとかあれば聞いときたいな~と」


 ……いざ出てきた話題がこれなのが自分でも本当にどうかと思う。

 夕食の話題でさえ仕事に汚染されてどころの騒ぎではない。口下手が過ぎる。


 若干しょげていると生真面目にもブルーノはしっかり返答してくれた。その優しさが逆に心にしみるぜ。


 「そうだな……あんまり意識したことがないかも知れん。使えるから使うって感じで他人が言うその、反動……とかも感じたことはない……」


 「マジかお前」


 あまりの荒唐無稽な発言に直前まで感じていた気まずさがどこかへ行ってしまった。


 あの一撃だけで骨が粉微塵になるような激痛を感じた事がないだと?


 てっきり俺は知識や経験でアレを軽減する術を知ってるんだろうと踏んでいたが……想定の斜め上をいかれた。

 

 「どうも俺は他人と体の仕様が違うらしくてな……医者は筋肉の成長を抑える酵素が機能してないとか脳味噌のリミッターが常に解除されているとかなんとかかんとか言っていたからたぶんそれだと思うが……

 自慢じゃないが<シルフ型>なら生身で殴り勝てる」


 「えぇ……こわ……」


 どう聞いても怪物の解説としか思えない説明に心底ビビり散らかしていると、手が差し出された。

 関節から直角に曲げられ、肘裏が机にひったりと付いた状態の、右手が。


 ……えぇマジィ~?

 や、やりたくねぇ……


 まぁこれも親睦を深める機会!ええいままよ!と食器をわきにやって土俵入り。

 握手のようにがっちりと右手をつかみ取り。


 「ラアッ!」


 先手必勝、一気に押し込む!成り行きでなんか腕相撲やることになったがそれでも負けてやる気はない!!


 「…………」


 「……いやちょっと待てよ」


 何ですかこれは?

 岩で出来た腕の彫像だったりしない?


 いやマジで小動もしねぇ!何がどうなってんだ!?

 曲がりなりにも兵士として鍛えてる以上こうも涼しい顔で耐えられるとかなりショックなのだが!??


 「フンッ……!ンッ……!」


 顔真っ赤にしてプルプル震えながら押し込むが全く動く気配がない。

 勝てばよかろうなのだ精神で机の端を左手で握りこんでいるがまぁビクともしない。不毛of不毛である。


 「……そろそろ良いか?」


 「ヌオッ!?」

 

 斜め下方向に『力』が襲いかかる。

 既に全力を出していた俺はそれに抗う術を持たずにたちまち手の甲が机叩きつけられた。

 衝撃で金属食器が少し跳ねて音を立てる。


 「俺の勝ちだな」

 

 告げる声はどことなく弾んでいる。


 「……そうだな。全くもって、そうだな……」


 思わず実感のこもった言葉が漏れた。


 いってぇ……主に肘関節と手の甲が……明らかに捻れちゃいけない方向に捻れてたぞ……

 完全にパワー負けしていた、流石に少し凹む。

 

 「じゃあ勝者の特権って事で、それくれよ」


 指差した先にはさっき脇に避けた食器の上に乗るまだ手つかずのシリアルバー。


 こいつ……!最初からそれが狙いだったな……!他のやつからもこうして食べ物をせしめているに違いない。汚い奴め……!まぁいいけど。


 「ほれ」


 投げて寄越してやる。


 「ではありがたく」

 

 器用にキャッチした後、包装紙を破いてゴリゴリと小さな口で頬張り始める。

 さして美味いモンでも無いだろうに、幸せそうな顔しやがって。

 

 普段は中々大人びた印象があるブルーノではあるが、こうして何でもないときには年相応にあどけない顔立ちで、一回りか二回りは年下であることが否応無く思い出される。


 「よく食うな……」


 この戦闘糧食、味は大分、その、アレではあるが、腹持ちだけは一級品だ。正直三本並んではいるが二本食えばもうそれで満足である。


 「大喰らいの自覚はある。体質のせいなのか嫌に腹が減ってな……ごちそうさまでした」

 

 呟きながら口を拭う。そう言えば俺も食う物が無くなったなと思い手を合わせる。この手を合わせる仕草もJ地区特有のものなのだろうか。

 

 「さて、こっちは質問に答えたんだから今度はこっちからさせてもらおうかな」


 「ん?何だ?」


 「お前、()()()()()()()()()()()()()?」


 「あのなぁ?お年頃かよ。あぁいや俺もお前もお年頃はお年頃なんだが。

 何を思ってるかは知らんが、とにかくそういう関係じゃねぇよ。ただの部隊員で仲間。それでこの話は終わりだ、終わり」

 

 咄嗟に誤魔化す言葉が出た。所詮たかが恋バナ、真剣に話すものでもあるまい。

 ……が、紫の光沢を孕んだ黒い前髪の裏から覗く目は鋭く、一切の欺瞞も虚飾も許さないような光をはらんでいる。


 「……はぁ、分かったよ。まぁそうだな……正直な話、感謝はしてる。俺は、あの子に救われたから。」


 生き永らえる意味も見いだせず、復讐心ですら無い妄念と因縁に囚われたまま、ただ無用な体を戦場で引きずり続けるだけの「死神」。

 全ては湿った初夏の日から。俺はそんな存在に成り果てた。

 

 その枷から完全に解き放たれたわけではない。まだ心の一部は壊死したままなのだと思う。

 だけど、あの頃よりは随分と楽になった。


 「……そうだな。」


 伽藍堂の心の中は、いつしか彼女が宿っていた。

 欲した『意味』は、いつしか彼女が担っていた。


 「側にいたい、と思う。どこまでも傲慢で、烏滸がましくて、ただの一人よがりかも知れないけれど。俺は彼女に、笑っていてほしい。それが、今の俺の生きる意味だ」


 「……そうか。ならそれをさっさと伝えろ」


 「……言ったろ、これはただの独りよがりかも知れないって。確信が持ててないんだよ」


 「だとしても、だ。俺達は明日をも知れぬ兵士だ。いつくたばってもおかしくないし、いつ相手が殺されてもおかしくない。その時、伝えてなければ死んでも死にきれないだろう?」


 想像しただけで寒気が走った。

 俺は良い。元より拾い物の命だ。いつ尽きようがさして後悔は無い。

 

 だが、彼女が死ぬのは。何も伝えられないままに彼女が死ぬことだけは、きっと耐えられない。


 「だから、後悔だけはしないように。言いたいことがあるならさっさと言っておけ。」


 「……あぁ」


 「どうにも普段の言動から見え隠れする上に、来歴的によく分かって無くてもおかしくないかもしれないと思って、忠告した。無用なおせっかいかもしれんがな」


 ……そう言えばこいつ、ジャンナと交際関係とか言ってたっけ。そういう事に聡いわけだ。


 「いや、助かった。お前、お人好しだな」


 「そうか?そう思うんだったらまた奢ってくれよ。」


 そう言って、小柄な少年は少し微笑んだ。

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