第五十三話 緊急会議
「……状況をまとめようか」
司令室。
市街地とメインゲート、立て続けに発生する<N-ELHH>の奇襲を受け、悪化しゆく情勢の中開かれた緊急会議。その中で奏栞は重々しく口を開いた。
「まずはこっちから話させてもらいます。基地内備蓄の状態についてですな」
オペレーターの内一人が立ち上がり口を開く。
「弾薬類の残りはざっくりと半分って所です。糧食の類がかなり深刻で3割きってますね」
報告する本人も窮状は認識しているのか、丸々とした髭面に苦々しいものが走る。
「これでもまぁ~大規模な作戦一回まわせりゃ僥倖ってぐらいの感じなんですが、さらに付け加えるなら<N-ELHH>の市街地侵攻とその二次被害の火災でウチの食糧生産プラントと軍需工場がかなり手痛い被害をもらいましてね……足りないんではいくださいとはちょっとならない感じですわ……」
「復旧見込みは?」
「コネを使って関係各所に根回しをしまくって急がせてはいるんですが、それでも3週間はかかるでしょうなぁ……稼働状況を完璧に戻すなら一か月はまぁ固いかと」
「他所の基地からの支援はどうだ?」
「先日が吹雪もなく絶好の補給チャンスで、事実物資授受の予定もあったのですがね……よりにもよってその日に襲撃があったものですからな……今は気象予測とにらめっこしながら日取りを決めてる段階です。少なくともここ二週間は厳しいかと」
「成程……籠城に専念するにもどうにもって感じか……分かった」
「では次は私から戦力、兵力の報告を。市街地防衛戦と基地メインゲート防衛戦、立て続けの防衛任務でR-05地区基地の戦力は作戦開始前よりおよそ四割減。総数凡そ3000人余り」
「四割か……随分と削られたね……」
「純粋な数の減少に加え特記戦力換算の<ナカーザャ>隊が全員戦死したのもかなりの痛手かと」
「正直な話、彼らを全員失ったのは、兵士100人と比較してなお重たい。単独の戦闘力も図抜けていたが、何より彼らが前線に出ることによる士気高揚効果が凄まじかったからな……<ナカーザャ>の名は、それほどまでに重たかった。」
ミロンが訥々と呟く。
司令室に沈鬱な沈黙が下りた。
「はい……兵士達にも、動揺が広がっているようで」
「今まで絶対の安全圏と思っていた地下街への奇襲と炎上。無敵とすら思われていた精鋭部隊の戦死。正体不明の未確認型と、詳細不明の転送。兵士達に不安が広がるのも当然ではあるが……参るね。」
「特に新型に関しては根も葉もない憶測、デマが飛び交う有り様で、早急に対策が必要かと」
「だね。一刻も早く敵の正体を突き止めて詳細を公表するべきだ」
一応、奏の手札の中には「不確定情報をでっち上げて誤魔化し、当面の混乱を鎮静化させる」というカードもあるのだが、秩序を優先して調査をなおざりにするとなると、未知の脅威が発生した際に割を食うのは不確かな情報に縋る兵士……ひいては組織全体であると言う点を考えると、なかなか実行に移すのは難しいというのが奏の思考だった。
これを切るのはいよいよ混乱の抑えが効かなくなる直前だね、と思いつつ嘆息する。
「はぁ……ったく。それで、その新型についてだが……」
研究員一人と沢渡が立ち上がり、研究員が先に口を割った。
「研究所廃墟で<ナカーザャ>隊と総司令官直属特務実証部隊が遭遇した新型<N-ELHH>。これを我々は仮称位階:<グレムリン型>と呼称しています。
現状の特色は人類種が扱う武器、火器などの種別を問わない複合的な運用です。
使用が確認された武装としては『HG-78 <UN-E>制式手榴弾』、『KN-12粒子振動切断コンバットナイフ』、『AL-67セレクターライフル』、『Eb-28電磁障壁』、『RL-967四連装ロケットランチャー』、『LS-21粒子振動切断片手両刃剣』、『SMG-875弾薬選択式小型機関銃』、『HG-34ショックグレネード』及び『HG-35スモークグレネード』、『RR-03携行無反動砲』、『P-86制式拳銃』、『SG-564フルオートショットガン』、『SR-342スナイパーライフル』等が挙げられます」
オペレーターの淡々とした使用武装の羅列に追従して、その詳細を記したウィンドウが次々と浮かび上がり、モニター内をびっしりと埋め尽くした。
「この数は流石にびっくりだね……」
「ウチの武器が流出しているというワケだが、出所はもう掴めているのか?」
ミロンが怪訝な顔をしながら問うた。
「はい。この映像をご覧ください」
声と微かな電子音と共に映像が投影される。
「これは……」
「沢渡京大尉の<Ex-MUEB>から回収した資料映像です。
この映像内で<グレムリン型>が発砲している拳銃……今強調表示されたこれですね。
この拳銃の傷の入り方や、固有ロット番号などが二年前にKIAとなったプラトーン・マノシュキン上等兵の所持品と完全に一致しています。
このことから、<グレムリン型>は戦場で力尽きた兵士の武装を鹵獲してそのまま運用していると考えられます」
分厚い吹雪と極低温環境に遮られ、KIAとなった兵士たちの遺体や装備品は100%回収され手厚く葬られるとは言い切れない。
そうして回収されなかった武装などを引き剥がし、自らのものとして扱うというのが<グレムリン型>の武装供給の仕組みだった。
手に入れた武器でまた殺し、奪う。そうして富む。
略奪と搾取こそが<グレムリン型>の生態である。
「なんとも胸糞の悪い話だな……」
「それで……実際に戦ってみて、どうだった、沢渡?」
「そうだな……正直言って、弱い。」
忌憚の無さすぎる意見に奏がクスリ、と笑う。
「フ、未確認相手にそれを言えるのも世界で君だけだろうね」
「あぁ違う、いや違わないんだがそうじゃなくて、俺が言いたいのはスペック自体は大したもんじゃないってことだ。膂力とかは<シルフ型>とさして変わらん。
懐にさえ飛び込んでしまえば、斬れる。」
「続けて?」
「奴が恐ろしいのは寧ろその機知だ。
例えばショットガンをフィニッシュムーブに置くとして、それを満足に撃てるように距離を作る。その為にブラフを二重三重と貼る。
例えば三方を近接戦力に囲まれたとして、どれが防いでも良い攻撃で、どれが防御不能かを即座に見極め必要最小限の動きで的確に流す。
要は作戦の組み立てが異様に上手い。
あくまで奴の武装はその知能から出る戦略を実現するための手段でしかない。
実の所、研究所の一件もコイツが張った罠じゃないかと思ってる。
有益な情報で特記戦力を釣り出して、基地の守りを手薄にした所で総攻撃を仕掛けて基地を潰しにかかる。やりそうなことだ。
……だからまぁ、万全に準備できた<グレムリン型>と<タイタニア型>だったら、正直<グレムリン>型の方がやりずらいかもしれない。それぐらいヤツは厄介だった。」
「……なるほど、それだと筋は通るね。
突然の撤退も相手したくないヤツがなぜか速攻で帰ってきたから兵を引いた……と考えれば納得が行く。
にしても君にそこまで言わせるか。研究所での会敵以降、同型が新たに湧いてる様子がないのは僥倖だね」
「……そういえば。研究所で探してた物はもういいのか?」
「見方を変えれば<グレムリン型>がその求めていた物とも言える。我々が欲しかったのは<N-ELHH>が進化しているという主張の論文だからね。「新型」の存在はその証左にほかならないだろう?……あぁ、今の話はここの外ではオフレコで頼む」
「……その論文、作者はだれか分かったりするか?」
「どうした急に?確か……ニコライ・ロマノフという名前だった筈だが」
沢渡の口に思わず苦笑が浮かぶ。
どこまでもあの男は付き纏って来るらしい。<D.E.S.C>と<N-ELHH>の進化論。最早避けては通れないのだろう。
「いや、いい。助かった」
「ならばいいが……
他に連絡事項のある者は?……いないようだね。
翌日より先、三日間哨戒活動以外の全作戦行動を停止し安息日とする。この期間にオペレーター、並びに将官は現在提示された情報を元に玄奘打開の方針立案をすること!以上、解散!」




