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第五十一話 イォーザク

ロシア語でハリネズミの意

 ゆっくりと高度を落とし、クレーターの中にたたずむジャンナに近づいていく。

 

 「うっわ……近づくと一層ひどいな……」


 あれだけ降り積もっていた雪の層はすべて蒸発し、剥き出しになった岩肌が余りの高温に赤い燐光を放つ。元は雪だったのだろう水蒸気が視界を塞ぎ、焦げ臭い匂いが周辺を満たす。有体に言って火山でも噴火したのではないかと疑いたくなるような惨状が半径30mほどの円状に広がっていた。


 当然、研究所の施設も跡形もなく吹き飛び、崩れ去ったガラクタが在りし日の姿をわずかに映すのみである。


 そしてその惨状を引き起こした党の張本人はと言えば、


 「はぁ~!やっぱり気分いい~!!」


 破壊の快感に声を上げていた。


 「沢渡さん、私この人少し怖いです」


 「奇遇だな、俺もそう思ったところだ」


 爽快だったのもわからんではないが、それをこうも全面に押し出されると、危険人物としか言いようがなくなってしまうだろ……!

 

 「ジャンナ、二人が引いてる。自省」


 「はーい……」


 ブルーノが装甲部分を一発小突いてどこか遠いところへトリップしていた彼女を現実世界に引き戻した。

 やはり付き合いが長い彼氏は違うな、対応が慣れてる。

 

 話を戻すか。


 「それで、捜索対象の研究データだが……」


 「あぁ、間違いなくこの爆炎の中で焼失しただろうな。それどころじゃない状況だった上に、そもそもこれだけ探して見つからなかった以上、存在するかどうかも怪しいが……」

 

 「それなんだがな。

 多分だが、俺も目当てのデータはハナっから存在しないと思っている。

 少数部隊が出向いた先にいたのは今までの敵とは一線を画す強力な未確認個体。その上研究所と基地はかなりの距離があり即時の増援は望めない状況。あまりにも出来すぎだ。おそらく、情報云々っていうのはこの状況まで俺たちを釣るための餌だろう」


 「それじゃあ、奏さんたち上層部が私たちを……ってことですか?」

 

 ジャンナが問うて来る。


 「いや、奏さんはそういうことは絶対にしないです。確信をもって言えます」


 「あぁ、雨衣ちゃんの言う通りだ。アイツはそんなことするタマじゃねえ。

 今回疑うべきなのはR-05基地に報告を打った連中だな。……連中と言っていいのかは怪しいがな。」


 「……ああ。なるほど」


 「勘付いたか。

 報告を打った基地……R-07基地は恐らくもう壊滅してる。この世にない」


 「じゃあ、誰があの文面を?」


 「……今回接敵した知性型<N-ELHH>。そうだろ、沢渡」


 「そうだ。相手の知性レベルを測れん以上断言はできないが、奴が人間並みの知性を持っていると仮定するなら、基地が救援信号を出せない程の速度で侵入、のち一人も生き残りを出さぬように殲滅。そのあとに無人の管制室でコンソールをいじってそれらしい情報の文面を送る……なんてこともできるはずだ。」


 「確かに理は通りますね……ですが、断言できるだけの証拠は何か?」

 

 「それはこれから作る」


 「?」


 呆然としているジャンナから視線を下に落とし、視界の中のUIを操作。インコム起動。


 「()()()?」


 『()()。』


    ◆


 「隊列を整えろ!!撃ち続けるんだ!!一匹足りとてゲートに近寄らせるなぁ!」

 

 「クソ、こいつら一体どこから!防衛線の連中や市街の民間人からの報告もなかったんだろ!?」


 「さぁな!このバケモン共に理が通じたことが一回でもあったか?」


 「ハッ、確かにねえや!」


 怒号と銃声、火線が飛び交う。

 R-05地区基地周辺一帯は、戦場と化していた。


 理由は明白。

 吹きすさぶ吹雪の向こう側。

 大量の<シルフ型>たちが黒い靄と共にどこからともなく現れ、攻勢を仕掛け始めたためだ。

 予兆も、攻撃目標への移動も一切確認無し。純然たる奇襲である。


 『左陣、何をやっている!弾幕が薄い!食い破られるぞ!』


 ミロンの叫び声がインコム越しに響き渡る。


 「そうは言っても、この有様じゃあな」


 ぼやいた兵士の足元には機関部が凍て付き、動作不良を起こした銃器がゴロゴロと転がっている。


 「しゃあねえ、前支えてくる」

 

 腰の実体剣を引き抜いて立ち上がる。

 戦闘モード変更音。


 「……死ぬなよ」


 「へっ、無茶言うな」


 雪を巻き上げて兵士の姿が遠ざかる。

 その背は敵の群に飲み込まれて、消えた。

 

   ◆


 「人類最強の兵士(マキシマム・ワン)は!?」


 「調査任務中だ!帰還までしばらくかかる!それまでどうか持たせてくれ!」


 オペレーターの悲鳴に、沢渡へ撤退指示を下した奏が返す。


 「あぁもう!あの人がいたらこんなビビらなくて済むんだけどなァ!」


 「陣形左翼部損傷甚大!崩れます!」 


 「陣形右翼部、弾薬の逼塞が近い模様!」


 「くッ!中央部の余力はあるな!?中央部の兵士を左翼部に再配備、敵勢力に対して面上に展開、押し返せ!

 弾薬の不足は近接戦闘で凌げ!その間に物品部は弾薬の搬出!兵士の命がかかっている、急げ!」


 次々と流れ込む危機的状況に対してミロンが叫び返し、兵士を動かしていく。


 「前線徐々に後退!一次ライン突破されました!」


 「フェーズ:レッドに移行する!防壁部各種砲塔、起動!」


 「システム<G.A.Z.E.R>起動します!」


 オペレーターのキータイプ音が響き、画面に砲塔の数々と予想される弾道と被害予測が視角的に表示される。


 「よし!対地機銃<カーミン>一番から六番まで全て起動しろ!一番砲塔<ヤスタージ>チャージ開始!……ディスチャージ!」


 指示が走る。


 俄かに動き始めた機銃が地面に火線をまき散らし、圧縮された熱エネルギーが一つの砲塔からオレンジ色の一条のラインとして放たれる。その一撃は射線上の敵を焼払っただけでなく瞬間的に空気の膨張を引き起こし周囲一帯を吹き飛ばす。


 「続けてミサイル発射管一番から四番まで<ナスコマーイェ>装填、五番から八番<ニト>装填、撃ェ!

 <ヤスタージ>再チャージ!チャージ完了次第即射撃!

 二番砲塔<エレク>陣形左翼前方に向け発射!」


 めくるめく指示に合わせて外壁の武装群たちが火を噴き始める。


 宙に舞ったミサイルは空で分離し、一から四番までの発射管から飛び出たものは極小サイズのミサイルを内側から吐き出し、五から八番までのものは爆薬が括りつけられたワイヤーを周囲一帯に張り巡らせる。

 連なるように繋がっていく爆発音。巻き込まれた敵が紙切れのように穴を開けられ吹き飛んでいく。


 その後を追うように濃紺の光のラインが着弾。パルスがまき散らされ、足を踏み入れればいかに<N-ELHH>であっても、即感電死するであろうデスゾーンを形成する。


 情け無用の全範囲攻撃。

 一度の総攻撃フルアタックで敵を示すマーカーが一気に消失していく。


 「敵個体数減少、残数180前後!」


 「よし、押し返せる!」


 しかし……


 「ッ!?レーダーに感あり!敵増援とみられます!数20、30、70、130、200……即時測定不可!」


 「ええい奴らは底なしかァ!」


 「問題ない、個体数は削れている!先ほどの攻撃手順を手玉が尽きるまで繰り返すんだ!一番砲塔<ヤスタージ>装填開始!増援に包囲される前に前線兵士は陣地再形成!」


 奏の指示に従い先ほどと同じ攻撃手順が繰り返され、基地周辺が炎に包まれる。

 幾度となく攻勢は繰り返され、全く以て止む気配はない。

 

 「再び増援出現!第六波です!<スプリガン型>群出現!」

 

 「対空攻撃で目障りな砲台を潰す気か……」


 「30cm実弾レールガン<スコロスト>展開!最優先で<スプリガン型>を潰すんだ!撃てェ!」 


 「なッ!?<ヤスタージ>オーバーヒート!冷却時間3分!」

 

 「前線さらに後退します!二次ラインまで後退!」


 「くッそォオオオオッ!」


 窮状に誰とも知らぬ苦悶の声が発されたのと同時、


 「レーダーに高速飛翔体あり!識別コード:グリーン!友軍です!」


 「——来たか、私の鬼札。」


 戦場に大気を引き裂くような異音と共に赤い閃光が走った。


 「総司令官直属特務実証部隊、帰投した!これより作戦行動を開始する!」


 真一文字に切り裂かれ頽れる化け物の群れの中、機械仕掛けの双翼持ちし死神が、その翼に部隊員を乗せ、地上に降り立った。

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