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第三十一話 賭け、その結末

 賭け(ギャンブル)

 脳裏に浮かぶのはこの二文字。部下に覚悟を説いた以上、そんな弱気な感情を表情には出せないが。


 「無損耗ではないはずだ〜」などと宣ったが、それを裏付ける根拠は何一つとしてない。相手が全身装備をしないことから思いついた希望的観測。

 所詮はただの方便。総崩れになり蹂躙されるばかりの味方を立て直すための大嘘。


 だが、こうするしか道はないのだ。

 あの女の仕掛けた陥穽に嵌った時点で戦う以外の選択肢は消滅した。

 ならば、何かしらの勝ちの目があると仮定するしかない。さっきの言葉はそれを拾うための準備だ。

 だから、賭け。俺は存在すら不確かなジャックポットにオールインした。掛け金は自らと部下の命。


 だが、もしその賭けに勝ったとして。


 部下を死に場所へ導き、取り乱した挙句にありもしない希望を見せた俺は、この基地を墓標とし、地獄に落ちるだろう。

    ◆


 「くぅっ!」


 身をのけぞらせて繰り出される銃剣の突きをギリギリで避け、反撃の蹴りを叩き込む。

 弾かれた敵の体は壁に激突し染みと化して消え失せるが、上がる血飛沫の裏から鉛玉が伸びてくる。


 「<Ex-MUEB>、胴部……ぐッ!」


 必死に装備箇所を変更してしのごうとするがわずかに遅れた。銃弾が体の脇腹を穿ち空間に赤のラインを引く。

 その機を逃すまいとまた二人、包囲するかのように襲い掛かってきた。


 顔面、脇腹、小手、胴、左もも、首、心臓、右肺!

 こうも綺麗に連携を取るか!

 心の中で毒づきつつ、どうにか拳裏を当て自らに降りかかる刃の軌道を逸らし続ける。

 蹴るなり口を開いて装備箇所を変えるなりできれば造作もないが、その隙がない!


 まぁ、こいつらの相手をしている間は銃撃のことは考えずに済むか?

 そんなことを考えたのも一瞬、期待はあっけなく覆された。

 襲い掛かる二人の体の間から、待機する兵士の銃口が覗いている。


 「見境なしか!」


 必死に二人の襟元をひっつかみ前に掲げる。

 ワンテンポ遅れて銃声が鳴り響き、同胞のはずの体に容赦なく弾丸が食い込む。

 こんな状況でも、仲間の銃撃に巻き込まれた男達はうろたえる様子も悲鳴一つ上げる様子もない。どんな訓練を受けているのやら。


 「<Ex-MUEB>、腕部展開」


 銃撃が止んだタイミングを見計らい盾替わりの男の体を投げ捨て換装しながら前に出る。同士討ち上等の狂犬共を相手にするのであれば下手に距離を取るよりも陣の中に入ってかき乱したほうがまだマシだ。

 EN残量30%、いよいよ後がない。


 突き出される刃を潜り抜け、反撃を叩き込みながら叫ぶ。


 「ヘイ、ネームレス・アジテーター!?どこのどいつかは知らないけどさぁ!こういう時って名乗るのが正解なんじゃないかい!?」


 出方を見る。ここで下手に反応すればそいつが現場指揮官だ。叩いて統制を乱す。


 「……俺たちは『国共軍』。お前が言っていた通りだ。それで十分だろう」


 群衆の声から押し殺した声がする。

 チッ、狙い読んでるかこれ?反応が冷静すぎる。

 

 「そういう話じゃなくて、君の名前が知りたいって言ってるんだよ!それが命取ろうとする人間に対する礼儀ってやつじゃないかい!?っと、邪魔!」


 「ターゲットに名乗るアサシンがいるのか?」


 「そりゃあッ!ごもっとも!」


 「……フン、だが誘いに乗るとするならば、ジネット。国共軍特殊突入班のブラボー・ワンの小隊長だ」


 「外人さんか!マスク越しじゃわからなかったなぁ!」


 「このご時世、そう珍しいもんじゃないだろうよ。なんせ<最終戦争>以降、そんな区切りは崩壊したんだからな」


 「おっしゃる通りで!ジネット、ジネットね。覚えたよ」


 クソ、やっぱり誰がそうかはわからないな。これは相当に知恵も働く。厄介なことだ。


 EN残量20%。そろそろ不味いか!

 背中目掛けて奔る刃を山勘で防ぎ、巻き取るようにして強奪する。

 手で回して構え直し、数発威嚇射撃。これで敵の動きが鈍れば僥倖!


 「ヤァァァァ!」


 「ちょっとはビビって欲しいんだけどなァッ!」


 一切怯む事なく突っ込んで来た兵士の大上段からの振りかぶりを受け止め、横薙ぎの中段を弾き、突き刺しの下段と打ち合った瞬間、パキィンと硬質な音を立てて、敵の刃が一方的に砕け散った。


 「そこっ!」


 銃身を跳ね上げストックで顎に一撃。骨を砕く感触とともに頭が爆ぜた。


 「えぇい!」


 その勢いのまま後ろに振り回し、背後の兵士の腕を断ち切る。

 重機にでも弄ばれたかのようにバレルがグシャグシャに捻じ曲がった銃を投げて胸に突き刺す。しかしその衝撃で内部の火薬が暴発。吹き飛んで来る欠片から必死に身を隠すが数発抉られた。

 勘弁してくれ!脇腹も痛むってのに!


 息つく間もなく横から襲い掛かる弾丸を装甲で弾き、床を手で弾いて加速。ボディブローを一発入れる。

 はじけ飛ぶ体の裏から銀色の閃光がのぞき、装甲と生身の境界線である肩口に刃が突き刺さる。


 「こンの……」


 チョップの要領で銃身を半ばから切り裂き、突き刺さった部分を毟り取ってお返しとばかりに頸動脈に刺しこむ。


「クソ……」


 流石に手傷を貰いすぎた。体が思った通りに動かない。

 EN残量は……残り15%。潮時かな。


 腕を雑に振り回して引っかかった相手を床に叩きつけ、反動で飛び上がって天井をさらに弾く。

 吹きあがる血煙での目晦ましの裏から飛び掛かって、狙うはただ一点。


 先ほどの問答の際に声がした方角を狙う。やはりどれが言葉を交わした「ジネット」かははっきりとしない。

 ……だが、方向だけでもあっていたとしたら?もしかすれば奴らに私は指揮官の位置をはっきりと掴んだと誤認させることができるかもしれない。

 自己の命よりも群の勝利を優先する群生生命体。それに隙を作るならば、群れの存続にかかわる一個体(急所)を食い破る、その気配を感じさせるしかない。


 一瞬。

 直線距離にして5mほどの空間を上から下へと刹那に詰める。

 狙いは正しかったらしい。周囲の連中がただ一人をかばうかのように前に出てくる。


 「それは……正解を言ってるようなもんだろう!」


 叫びながら壁になった一人の顔を<Ex-MUEB>無装備の右足で踏みつぶして軌道変更。

 微かに跳ねた体の動きに肉壁共は対応できず、その奥の人物に弓を引き絞るかのように構えた右拳を渾身の力で前に突き出し———


 カン!と、軽い音がしてマスクが割れた。それだけだ。

 だが、これでいい。動作補助機能は切った。もはやこちらには戦うためのENは残されていない。所詮ハッタリ前提の一撃。最初からキルを取ろうなんざ考えてない。


 「フフッ」


 「クッ……」


 衝撃で倒れ伏す男の素顔と目が合った。ザ・白人と言わんがばかりの金髪は軍人らしく短く切り揃えられ、ビードロの碧眼には憎悪が躍る。

 微笑と憤懣が交錯したのも一瞬。


 「じゃあね!機会があったらまた会おうか、ジネット!」


 「クソが……」


 「量子遷移クアンタム・トランジション!」


 再び紫電に包まれた私の体はその場から消え失せた。

 

 量子遷移クアンタム・トランジション

 <Ex-MUEB>指揮官機に搭載されている空間内光子移動機能の応用。

 普通は<Ex-MUEB>の各パーツを転送するのがこの機能なのだが、それとは逆に装着者本人の体を量子もつれを用いて別の座標に飛ばすという優れものだ。ネーミングは当然私。


 そうは行っても平均して60kg前後あるとされる人体という大質量に作用するので、EN消費は馬鹿にならないし、これを使った後は各部位がオーバーロードして一時的に<Ex-MUEB>の全機能はダウンし使用不能になる。

 ついでに言うと遷移可能な距離は半径100m圏内に限定。これで兵器庫まで飛んで再占領できれば楽だったのだがこれらの諸々を勘案すると現実的ではない。



 「さぁて、ここからどうするかな。」


 咄嗟の遷移だったので位置指定ができなかったが、周囲の状況から見るに恐らくここは……地下六階、ジャンクション。

 とんでもないところに来てしまったものだ

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