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第二十八話 風雲急

 床を蹴る。

 そのまま体の向きを変えて壁を用いてのトライアングル・リープ。

 勢いを乗せながら右足を振り痛烈な飛び回し蹴りを顔に叩き込む。


 「であっ!」


 「ぐぅ……」


 相手が後退する。

 その距離を埋めるかのように駆け、繰り出される敵の拳をいなし、弾き、避ける。

 身をかがめて足を払う。


 ……動ける。

 あの地獄を越えて、生き残った。

 人間とは慣れる生き物であると語ったのは旧時代のユーラシア極北地域出身の小説家だったか。私は戦う、力を振るうということに慣れたのだと思う。

 迷いを失った心は体の制動を正確に、精確にし、動きの練度を澄み渡らせる。

訓練で教わった「技術」と、曲がりなりにも鉄火場を潜り抜けたことによる「慣れ」。

 初めは話にならなかった格闘戦も、付け焼き刃とは言えこなせるようになっていた。


 崩れる体をごまかすかのように突き出される掌底を後ろに流し、その勢いのまま中段蹴り。硬い。防具かなにか仕込んでいるのだろうか。

 戦闘用ではないとは言えそれなりに頑丈な靴を履いていたお陰で痛めたりしたわけではないが、思わぬ感触でこちらの動きが一瞬止まる。


 その一瞬を突き、男が銀色のナニカを腰から引き抜く。

 ……ナイフ?


 「ナメるな……」


 「どの口」


 二歩。

 距離が埋まる。

 二連突き、横切り、もう一度突き。


 見切る。速いには速いが、怪物の爪に比べれば遅い。

 これなら<Ex-MUEB>抜きの私の動きでもどうにかなる。


 時折刃が体を撫でるがその全てが薄皮一枚を斬りつけるのみ。全く問題にならない。

 刀身と峰を狙い、短いレンジの拳打で払い落としていく。


 「ズアッ!」


 しびれを切らしたのかテイクバックの大きな突きが放たれる。しかしこれなら―――


 もはや拳で払う必要もない。大仰に動く理由もない。

 ただ身を軽く捻るのみ。

 音もなく銀の閃きが虚空を貫く。


 相手に生まれる虚の瞬間。その刹那。


 「遅い。」


 突き出された腕に絡みつくように飛び、足で挟み込んで肘を固定。挟み込んだ足を前に突き出し―――


 「グゥッ!?」


 変則腕十字固め。

 顔面に蹴りを叩き込むと同時に、そのインパクトで相手の肘を破壊する沢渡さん直伝我流格闘術。

 

 実際問題としては四足歩行だったり、そもそも腕や前足に当たる部位が関節構造ではなく触手みたいな軟質で出来てたりと多種多様な異形である<N-ELHH>に極め技は効果が薄く、実用的かと言われると首を傾げる部分もあるのだがまぁそこはそれ。今役立った事に感謝しよう。


 技を完璧に決められた相手はナイフを取り落とし、仰向きに倒れ伏す。

カランカランと軽いを音を立てながら床を跳ねたナイフを拾い上げ、眼前に突きつける。終わりだ。


 「ぐッ、小娘が……」


 「その小娘に負けたのは誰ですか。そういうのいいんでキリキリ情報吐いてくださいよ。まずは所属と身分から」


 「言うワケないだろう?お前のようなガキには分からないかもしれないが、軍人には守秘義務というものがあるんだよ」


 「……状況わかってるんです?」


 「わかってるさ、俺は不覚を取ってお前に制圧され、こうしてナイフで脅されて情報を吐くように強要されている」


 「なら何故……」


 「が、《《肝心の本人に脅しの道具を使う気がない》》。……いや、《《使う度胸がない》》の間違いか。これじゃ脅しもクソもない、ただのチンケなおもちゃだ」


 「…………何を」


 「図星。殺しは初めてか?まぁこれで経験アリって言われたほうが世も末なんだがな……末だったなぁ、そう言やぁ」


 「軽口はいい加減に……!」


 「して欲しいなら刺してみろ!刃渡りたかだか15センチ!とは言え肺腑を切り裂き心の臓抉り出すには十分!俺の命は手のひらの上!生殺与奪!蜘蛛の糸!どのようにもできる!如何様にもできる!…………できねェだろ?」

 

 事実だった。

 私はこの刃を振り下ろすことは出来ないだろう。


 殺せない。


 「戦う」事は出来る。化け物を「殺す」事も出来る。

 だが、人間を「殺す」事は?


 敵の器官に重大な損壊を与え、その機能を不可逆的に破壊する行為。


 そこに違いはない。

 私が放つ光軸と、手元にあるこのナイフ。本質は何一つとして変わりはしない。

 同じだ。同じなのだ。


 ―――ならば、何故手が震えている?


 カチカチと右手から金属音が煩わしい。

 激しく収縮する動向が視界を揺らし、胃の腑は今にも裏返りそう。

 吐いて吸っての息は粗く、ともすれば敵を抑える左腕から力が抜けてしまう。


 同族殺しの嫌悪感。

 或いは「死」以上に原始的な本能(恐怖)に、私は憑かれていた。


    ◆


 ……正直、舐めていた。

 兵士と言えど所詮は小娘。軽く捻れるだろう。

 そう考えて相手が予想を超える動きを見せてなお拳銃を抜かなかった。その結果が見事なカウンターを喰らいこのザマだ。全く、「どの口」とはその通りだ。


 だが俺にとって幸運だったのはこの少女が心まで兵士では無かった事。

 殺しに対する忌避感を突くやり口は分の悪い賭けとしか言いようが無かったが、果たして出たカードは記号揃いの10~A(ロイヤルストレート)。運命の女神は俺に微笑んだ。


 ……全く。殺せない事が瑕疵になるなど、全く以て度し難いな。


 微かに湧く苛立ちを押し殺す。


 右腕が持っていかれた時点で生還は諦めた。口を回す、舌を動かす、狙いを誤魔化す。時間を稼ぐ。顔をまともに蹴られたのに脳震盪を起こさず呂律が回ってるのも僥倖と言えるかもしれない。


 蹴りを食らった拍子に激しく打ち据え、ミミズのように這い動かす事しか出来ない左腕を必死に、かつ繊細に動かし、右腰にあるそれに人差し指が触れようとしたその瞬間。

 ―――ひどくかわいた破裂音二つ。激痛を感じたその刹那、意識は白く霧散した。

    ◆


 先から白煙を垂れ流す銃を投げ捨てる。微かな焦げ臭さが鼻をツンと刺した。

 相変わらず、いい気分にはなれない。

 

 「……殺し殺される覚悟、か」


 『死神』

 奴らも言った俺の仇名。当然その鎌には、死ねなかった連中の血肉もこびり付いている。

 引き金に添えられた指を動かす躊躇いなど、とうの昔にわすれてしまった。


 歪み、有り得べからざる歪。


 らしくない感傷は頭を振って追い出し、顔の上半分を失くし脳漿を垂れ流す遺体の側で呆然と座り込むばかりの雨衣ちゃんを担ぎあげる。


 「きゃっ!何して」


 「説明は後だ!不味いコトになったかもしれん!」


 自らが受け持った敵との戦闘を制した後、雨衣ちゃんの援護に駆け出した俺は、妙な電子音を聞いた。それを頼りに周囲を注意深く観察すれば、一見わからない巧妙な位置に、「何か」があった。見た目から考えるに十中八九爆弾。俺たちがこの部屋に踏み込んだ時点で仕込みは完了していたわけだ。


 とすれば、敵が左腕で触れようとしている物はおそらく起爆装置の類(指紋認証か何かか?)そう察した俺は敵が落とした銃を拾い上げ、左手と頭を撃ち抜いた訳だが、なにぶんギリギリだったが故に、起動が速いか弾着が速いかどちらかわからない。

故にこの部屋から出なければならない訳だが……


 「クソ、どうする……?」


 出口が見つからない。

 入り組んだエネルギー管理区画はまさしく迷宮。入って来た道を引き返すことすらままならない。もし仮に運良く出口を見つけたとしても、爆破の大きさ如何によっては真っ当にもと来た道を戻っていては巻き込まれる可能性も十分考えられる。


 「アレなら……チッ、賭けるしかないか!」


 見つけたのはダクトシューター。何処に繋がっているかわかった物ではないが、内部は傾斜しており、滑り台の要領でこの部屋から遠ざかる事は出来るだろう。


 金網を力任せに取り外し、傍らの雨衣ちゃんを固く抱きしめ中に入る。


 「滑る!喋んなよ舌ァ噛むぞ!」


 「りょ、了解です!」


 息を吸って吐き、体を勢いよく蹴り出す。


 「…………ッ!!」


 「キャァァァァァァァァァァ!?」


 灰色の奈落の穴、その中を滑落していく。スピードが乗りすぎた体をどうにか止めようとするもままならない。これ生き残れても衝撃で死にかねん!

 ゴウゴウと風切り音が耳を嬲る。その内に混じりテンポを大幅に上げた電子音が鳴り響き。


 ドゴン!


 風切り音をかき消すような音響とともに、爆炎が俺の背を舐めた。


 「ガアッ!」


 「沢渡さん!?」


 「軽傷!!無問題(モーマンタイ)!!」


 予想的中かよクソが!!

 まぁ偶々とは言え俺の方が上で庇う形になってたのは良かったっちゃあ良かったが!


 一瞬の後、気持ちを立て直す余裕もなく、出口の光が下方に見えた。


 これ不味い!雨衣ちゃんが直接地面に叩きつけられるぞこれ!!


 「ぬぁぁぁぁあ!!」


 狭い竪穴の中で身を捩り、どうにか俺を下にする形で落ちていく。

 もはや穴の対地角度は垂直同然になっていた。打ちどころが悪ければ死ぬなこれ。だがまぁ……雨衣ちゃんが同じ目に合うよりかはなんぼかマシだろうよ!!


 そう思った直後、思ったより軽い衝撃が背中に走った。

 ゴミ捨て場に繋がっていたのか、焼却処分前のシュレッダーにかけられた廃棄書類の山の中に落ちたらしい。運が良かった。

 乾いたゴミ山で助かったな、これで生ゴミだったら目も当てられん。


 「グッ……痛……雨衣ちゃん、無事か!?」

 

 「……なん、とか」


 安堵の息が漏れる。とりあえず助かったか。


 「ここは……」


 「B6フロア、地下ジャンクションだな」


 要は車両などの機体の安置場所なのだが、現状戦力になるような機体はたいてい出撃中か整備されているかの二択なので、実質使われなくなった機体の保管場所―――言い換えるならば、機械の墓場。

 滅多なことがない限り、<UN-E>の人間も立ち入らない不気味な場所。


 そんなところまで、俺たちは放逐されてしまった訳だ―――


    ◆


 「ジネット隊長。B5フロア、エネルギー管理区画での対物爆弾の作動、確認しました。別室に存在する予備電源タンク二つも破壊を確認。<UN-E>は現在、完全な停電状態となりました。またそれに前後して工作班の二名のバイタルサイン消失。」


 「……やられたか。了解。突入部隊、編成を。技術班は内部の状況把握とターゲット位置確認、急げ!」


 「了解!」


 一通り指示を下し終え、手元端末に表示される<UN-E>本部を図式化したホログラムを睨みつける。

 勝ち目のない戦いを続け、無為な戦場を繰り広げる。徒に死を振りまきながら地下世界に泰然とふんぞり返る逆しまの摩天楼(スカイスクレイパー)


 ヘッドギアを操作し、バイザーを降ろした。



 思い上がった死の媒介人には鉄槌を。


 「<UN-E>本部制圧作戦、<オペレーション・レクイエム>、作戦開始。」


 聞かせてやる。お前達の為のレクイエムを―――!

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