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世界はこんなにも美しいのに  作者: 春風ほたる
人生ってめんどくさい
8/17

おさぼり中の魔王様

 目の前の鏡には、いつも通りの恰好をした私が映し出されている。


「……ふむ」


 ネクタイが少しばかりずれているでしょうか。

 気になった私はネクタイを整え、ついでにもう一度襟を正す。そしてもう一度、鏡で自分の姿をしっかりと確認した。


「……」


 ふむ、これで良いでしょう。


 やはりこの服は素晴らしい。それはまあ、当たり前というものでしょう。なんせこの服は、魔王様が私の為にわざわざ一から作ってくださったものなのだから。


 特に今着ているこの一着は、この一着だけは私の宝物です。数十着ある他のものは私が服飾店に依頼して作らせたものですが、これだけは違います。今着ているこれは一番最初の一着目であり、言うなれば魔王様からのプレゼントです。そして、私が一生大切にすると誓ったものでもあります。デザインや使っている素材は全て同じですが、私からするとこの一着以外は単なる模造品にすぎません。


 私の宝物であるこのオリジナルの服を私が着るのは、特別な日だけ。いつもは厳重に保管してあります。つまりどういうことかというと、今日がその特別な日だということです。


「さて」


 準備が整った私は早速、魔王様のお部屋の前まで自力で転移した。


 ――コンコン。


 そしてドアを軽く二回ノックする。


「入っていいよー」


 いつも通りの返事が返ってきたのを確認し、私はドアを開けた。


「失礼します。…………なにをなさっているのですか?」


 お辞儀をして入室する。そして私は、最初に思わずそう疑問を投げかけた。そう言わざるを得ない光景が目の前に広がっていたもので、つい。


「もぐもぐ。なにって、……あー。えーっと、休憩?」


 魔王様が、さも今思いついたかのような言い訳を口にする。


「そう、セフィル様は休憩中」


「そんなことも分からないなんて」


「やっぱりシャナスはポンコツ魔人」


 そしてその言い訳に同調して、瓜二つの双子の姉妹が交互に喋る。


「はぁ、これは失礼致しました。それで、お勉強の方はどうしたのですか?」


 私は双子に平謝りをした後、三人に向かって至極真っ当な意見を述べた。


 ええ、説明致しましょう。薄々分かっているとは思いますがこの部屋には今、私を含め計四名います。私以外は全員女性。そして今現在、魔王様は双子の姉妹に、それはもうこれでもかというほど甘やかされているのです。今はお勉強のお時間だというのに、ですよ。今この場において、この御方に威厳なんてあったもんじゃありません。


 詳細を言いますと、魔王様を膝に乗せ頭を撫でているのが双子の姉の方、名をネルといいます。そして、その魔王様に今もまだお菓子を与え続けているのがネルの妹、名はメルです。因みに双子の内、文章の終わりを喋る方がメルです。慣れないと見分けがつかないほど二人はそっくりで、背丈も体型さえ全く同じと言ってよいでしょう。両者とも金髪のショートボブであり、青い瞳でいつも同じような眠たげな眼をしているのが最たる特徴です。


 この二人の授業なら受けてもいいと、そう魔王様が仰ったから私はネルとメルに任せたというのに。


「ひゅ、ひゅうひゅひゅ~。あ、もぐもぐ」


 魔王様が下手な口笛で誤魔化そうとする。……それでもお菓子は食べるのですね。まったく、貴方という御方は。


「……はぁ」


 私は額に手を当て、ため息をつく。


 これには流石にため息の一つもつきたくなる、というものです。まあどうせこんなことだろうとは思っていましたが。これではきちんと勉強していることを少しでも期待していた私が、まるで馬鹿みたいですね。


「やはり、阿保双子以外の者に教鞭をとらせた方が良いのでしょうか?……いや、それでは魔王様はきっと逃亡するだけでしょう。ならばいっその事ここは誰かに任せるのではなく、私が――」


「もぐもぐごっくん。……そ、そんなことよりボクに何か用があって来たんじゃないの?」


 私がぶつぶつと言っていると、それを聞いていた魔王様がほおばっていたお菓子を慌てて咀嚼し、私に要件を尋ねる。


「ああ、そうでした」


 話を誤魔化されたような気がしますが、まあいいでしょう。そんなことよりも、私が今からする報告の方がよっぽど大事ですから。


「実は昨晩、ついに発見いたしました」


 そう、これが今日の本題。


「へー、なにを?」


 私が主語を除けて伝えたので、魔王様は当然の質問を私にする。


「シャナスはいつも」


「言い方が回りくどい」


 そしてネルとメルがいつものように私に対して文句を言う。


「これは失礼致しました。私が発見したのは境希夢です」


 私は一応双子に謝罪の言葉を述べた後、私が一体何を見つけたのかを魔王様に伝えた。


 魔王様がしでかしてから三か月と少し、ついに私は彼を発見したのです。いやぁ、大変でしたよ。あの後の質疑応答で、とりあえず彼をこちらの世界に呼び寄せることには成功したことが分かりました。しかし、詳細な場所の指定は忘れたと魔王様はそう仰ったのです。でもどうしても彼を探してほしいと他でもない魔王様にせがまれた私は、この世界中を探し回りました。約三か月もの間、他の業務もこなしながら。


 彼の名前を聞いた瞬間、魔王様がそれはもう眩く輝いて見えるほどの笑顔を咲かせる。


「おっ! マジで!? どこどこ? 何処にいたの?」


 魔王様は勢い良く立ち上がり、興奮した様子で私に近寄り尋ねる。

 それ程までに魔王様は彼のことを気に入ったのですか。少しばかり意外です。まあ気に入るだろうなと思い、彼のことを魔王様に紹介したのは他でもない私自身ですが。


 私が何故、魔王様は彼のことを気に入ると思ったかですって? それはまあ、彼は魔王様と似ているからですよ。


「まあまあ、少し落ち着いてください。彼がいたのはノーンデリックの森。その中心部から少し北東に逸れた辺りで発見いたしました」


 私は魔王様を宥め乍ら、彼のことを発見した大まかな場所を述べた。


 今、魔王様の後ろでは、阿保双子が二人とも同じ様なしょぼくれた顔をしてこちらを見ています。……ふふふ。


 おっといけない。二人の様子に思わず笑みが零れてしまいました。私としたことが、とんだ失態です。


「……ふっ」


 私はそれを誤魔化すように、口元に手を当てる。


「ああ、あそこかぁ。おっけー。じゃあノーンデリックの森に行ってくるね」


 私から場所を聞き出した魔王様はそそくさと外出の準備を整え、その言葉を皮切りにノーンデリックの森に転移してしまわれました。


 さて、どうしましょうか。私はまだ、彼が今どの様な姿をしているのか魔王様にお伝えしておりません。これでは私も行くしかなようですね。まあ元からそのつもりではありましたが。


「さて」


 私は魔王様のもとに行く為、早速転移しようとした。


「待って」


 すると短い言葉でメルに止められてしまった。私は仕方なく、発動寸前だった術式を破棄する。


「……何故ですか?」


 嫌な予感がしたものの、反応してしまった私は無視するわけにもいかないので仕方なく、本当に仕方なくそう尋ねた。


「私たちも」


「連れて行って」


 そんな事だろうと思いましたよ。


「……ふむ」


 私は逡巡する。


 果たして本当にこの二人を連れて行って良いのでしょうか。彼に会わせて良いものでしょうか。魔王様は彼のことを豪く気に入った様子。先程の笑顔なんて、まるで恋する乙女のようでした。


 そしてこの双子は、魔王様のことを誰よりも慕ってやみません。そんな二人が、魔王様お気に入りの彼のことを知ったら? 何が起こるかは全く予想が付きませんが、ろくでもないことになるのは確実でしょう。


 であれば連れて行くという選択は取れませんね。さて、どう誤魔化せば良いものか……。


「駄目ですね。連れて行くことは出来ません」


 私は二人の申し出を正面からきっぱり断った。


「なんで?」


「シャナスのケチ」


 まあ当然のように反論される。


 このまま無視して私だけ転移することもできますが、そんな愚行は致しません。ネルとメルは転移魔術こそ使えませんが、それが必要ない程の速度で飛翔する事が出来ます。置いていったところで、それでは意味が無い。


 もし仮に私が二人を無視して自分だけ転移しようものなら、後々魔王様に泣きつくのが落ちでしょう。私がまるで悪者のように扱われることは勘弁していただきたい。なので私は、私が二人を置いて行くのではなく、二人があくまで自主的に付いて来ないという状況にする為、


「二人にはそれよりも大事な仕事があるでしょう?」


 堂々たる振る舞いで二人にそう告げた。


「大事な」


「お仕事?」


 二人は不思議そうな顔をする。


 ふむ、「一体何のことか分からない」といった顔ですね。ええ、説明致しましょうとも。


「それは、このお部屋のお片付けです!」


 私は今のこの部屋の有様を一目見た時から、それはもう気になっておりました。今現在このお部屋には服やお菓子のゴミといったものが所々に散乱しており、はっきり言って汚いです。


「「……?」」


 双子が両者とも疑問符を浮かべた顔をする。

 どうやら何故自分たちがそんな事をしなければならないか、まだ分かっていないようですね。

 なので私はこう付け加えた。


「魔王様がお帰りになった時、もしこのお部屋が綺麗になっていれば、きっと魔王様はお喜びになられることでしょう」


 そう言えばきっとこの二人は……。


「おお」


「このお部屋を綺麗にしたら」


「セフィル様嬉しい?」


 ほら。私の思った通りの反応が返ってきました。どうやら私の思惑通り、二人はこのお部屋のお片付けに対し、乗り気になってくれたみたいですね。これに乗じない手はありません。


「ええ。それはもう大変喜ばれることでしょう」


 私は少し大げさな態度で肯定する。


「このお部屋を片づけたら」


「セフィル様になでなでしてもらえる?」


 いえ、それは知りませんが。


「ええ。きっとあなた方が満足するまで、あなた方のことを撫でられることでしょう」


 私は適当に肯定する。


「おお」


「やったねネル」


「やったねメル」


 双子が互いの名前を呼びながら、顔を向かい合わせにして喜ぶ。


「じゃあネルたちは」


「このお部屋を綺麗にする」


 阿保双子はどうやら、やる気になってくれたようですね。

 よし。私は内心ガッツポーズをする。決して今の感情を表には出さない。


「だからシャナスは」


「さっさとセフィル様のもとに行って」


 双子は私に淡々とそう告げる。


「畏まりました」


 私は双子の発言に対し、そう返答する。

 ええ、言われずとも素よりそのつもりですとも。


「では、行って参ります」


 その場しのぎが上手くできた私は、清々しい気分で魔王様のもとへ転移した。


 ***


 ネルたちはシャナスに言われた通り、二人でお片付けをする。


「シャナスもたまには」


「良いことを言う」


 ネルたちはいつもいっしょ。意見も姿も全部いっしょ。


「セフィル様の~」


「なっでなで~」


 ふふっ、今から楽しみ。ネルたちは二人ともルンルン気分でいっしょに鼻歌を歌いながら、二人で着々とお片付けをしていく。


 ――パリーン。


 何だか嫌な音がして、ネルたちは二人同時に音がした方向を見る。するとお皿が割れていた。


 ……やっちゃった。どうしよう。


「どうする? メル」


 ネルは困ったからメルに尋ねてみる。


「どうしよう? ネル」


 メルもネルと同じだった。困ってる。


「ああ」


「そうだ」


 少しして、二人同時に良い案が浮かんだ。


「これはシャナスの」


「せいにしよう」


 やっぱり思いついた案もいっしょだった。

ネル&メル、可愛いけど書きずらい。

最後はネル視点です。

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