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世界はこんなにも美しいのに  作者: 春風ほたる
人生ってめんどくさい
7/17

解決案求む

 ああ、どうしよう。困ったな。


 僕が今、一体何に気が付き、何に困っているのか。それは今の僕の状態から一目瞭然だ。僕は今、水に濡れている。ビショビショだ。ということは当然、拭いたり乾かしたりしたいよな。だというのに、おっちょこちょいな僕は、その方法を事前に用意するのをすっかり忘れていたのだ。


 なんてこったい。タオルなんて持ち合わせていないし、その代わりになりそうなものもない。絶体絶命という程ではないが、ちょっとだけピンチ。


 自然乾燥という手はあるものの、それはなんか嫌だ。凍えて風邪ひいちゃいそうだし。

 うーん、どうしたものか。先程から考えてはいるものの、全く解決案が思い浮かばない。どうしよう……。


「ねぇ、どうしたらいいと思う?」


 僕は狼を横目で見ながら、投げやりに質問した。


 簡単な話だ。自分一人で解決できないのなら、他者に頼ればいい。……まあ、それが最善とは限らないが。僕はすぐさまそれを、身をもって知ることとなる。


「……フン」


 鼻で……笑われた……。


 僕の質問に対する返答は、ただそれだけ。心なしか僕のことを小馬鹿にしているような、そんな顔をしている気がする。


「むぅ~~」


 僕は少し頬を膨らませて、眉間に少し力を入れた。


 もういい加減怒った。こうなったらお仕置きだ。うーん、そうだなぁ。あ、こうしよう。生意気なこいつを今すぐ、思う存分もふってやる。題してもふもふの刑だ。


 僕はニヤリと笑った。


「えへへ~」


 そして、手をワキワキさせながら一歩ずつ確実に狼に近づいていく。


「ガルルルル」


 今更威嚇されようが関係ない。こいつよりも僕が圧倒的に強いのは紛れもない事実だ。仮にこいつが反撃してきたところで、僕はそれを軽くあしらうことができる。


 このまま何もせずにもふられるか、それとも反抗してそれを往なされた後もふられるか。さあ、お前はどちらを選ぶ?


「……ッ」


 狼は逃亡を図った。が、それを許すほど僕は甘くない。


「えいっ!」


 狼が走り出した数瞬後、僕は狼の首根っこにしがみついた。


 ――もふっ。


 ふわぁああ。……え? なに? この最高を軽く通り越した肌触りは。動物特有の温もりに加えて、もふもふでふわふわな毛並み。触った瞬間から何だか眠気を誘われるような、例えるならばお高い毛布に包まれているような、……いや、絶対にそれ以上の心地良さを今の僕は感じている。


 ああ、勿体無いことをした。濡らしてしまったのが、心の底から悔やまれる。……ん? 濡らす? ……あ。


「えーっと、……ごめん」


 僕はそっと手を放した後、平謝りをする。


 そういえば僕、水に濡れたままだったな。そのことがすっぽり頭から抜け落ちていた。無意味に濡らすなんて、申し訳ないことをしたと思う。ちょっとだけ罪悪感を感じる。


 いやでもさ、元はと言えばこいつから売った喧嘩だよな。言うなれば自業自得だ。僕が謝る必要は無かったんじゃないか?


「……ハァ」


 ため息をつかれた。まるで僕に呆れたかのように。

 そして、狼は自身の鼻を使って僕のことを正面から軽く押す。


「おわっと」


 自分の意思で後ろに下がったわけではないから、僕は少し身体のバランスを崩した。何とか転倒は阻止する。


 押されてしまったことで、必然的に僕と狼との距離が少し開いてしまった。ああ、僕の毛布が……。


「ワフッ!」


 思わず手を伸ばして近づこうとしたら、吠えられた。


「……!?」


 びっくりして僕は手を引っ込める。今のは威嚇とかそういった類の感じはしなかった。敵意や憎悪のようなものは、今のこいつからは全く感じない。何となく、僕に何かを伝えようとしている瞳をしているような……。何だろう? うーん、……あ! 「そこから動くな」ってことかな? ……ん? でも何で?


「……」


 狼はその鋭い眼光でじっと僕を見据える。


「えーっと、なに?」


 何だかその視線がむずがゆくて、やがて耐え切れなくなった僕は少し首を傾けてはにかみながら尋ねた。


 一体なんだと言うのだ。何もせずにじっと僕のことを見つめて。もしかして、僕に見とれていたとか? 何だよ、そうならそうと言えよな。もう。悪い気はしないけど、何だか恥ずかしいじゃないか。


「ウオォォォォオオン!」


「っ!?」


 びっっくりしたぁ~~。だって僕が内心照れていると、こいつが急に咆哮を上げたんだもん。それも、地響きが起こるほど大きいやつを。うん、そりゃあ驚くだろうよ。


「ん?」


 そんなことを思っていると、僕の足元に奇怪な模様が円形に浮かび上がってきた。さらに、その模様は眩く緑色に発光しているというおまけ付きだ。

 え、なに? これ。こんな不可思議現象、僕は知らない。


 …………いや、本当に知らないのか?


「わぁっ!」


 僕が思考の海の中で彷徨っていると、足元の模様が一段と激しく発光した。そして、それが合図だったかのように、僕の足元から真上に向かって突風が吹き荒れる。


「……」


 わずか数秒で風は止んだ。


 今ので僕の髪はぼさぼさになってしまった。今のは何だったんだろうか。そう疑問に思うものの、分かることも少なからずある。それは、誰が起こした現象なのか。今の僕は、こいつだろうなぁというか、こいつに違いないと思っている。これは予想などではなく、確信だ。


「……」


 僕は怪奇現象を起こした犯人、いや、犯狼にジト目を向けた。


「……はぁ」


 が、僕はその後すぐにため息をつく。同時に目を閉じたので、それと連動してジト目も止めた。

 特に考えなくても分かる。今回ばかりは、怒るべきことではない。むしろ感謝すべきことだ。何だか釈然としないけれど。


 びしょ濡れだった僕は、今の突風によってすっかり乾いた。おそらくだが、どうやって乾かしたらいいか僕が質問したから、こいつなりに僕のことを乾かしてくれたのだろう。あとはついでに、これはこいつが意図していたことかは分からないが、少しテンションがおかしかった僕は今の激しい突風によって冷静になれた。だから一応僕は、こいつに感謝を伝えることにする。


「あ、ありがと」


 自分でも今、僕の笑顔が引きつっているのが分かった。だがまあ、感謝の言葉であることには違いない。僕なりにちゃんと伝えた。よし、これでいいだろう。僕はこれで満足だ。


「フン」


 狼は鼻を鳴らした。


 今こいつは僕に対して、してやったり顔をしている。少し腹が立つが、まあいいか。乾かしてもらった僕が、とやかく言う資格は無い。


「……ふぅ」


 僕はその場に、脚を伸ばして座った。


 まだ服は乾いてないよなぁ。うーん、どうしようか。さっき僕のことを乾かしたのと同じ感じで、服も乾かしてもらう? ……いや、それは無しだな。最悪の場合、服が駄目になる。破れるか、どこかへ飛んで行ってしまうか、よれよれになるか。いずれの場合も困る。あの服は僕の一張羅だ。乾かしてもらうのはリスキーすぎる気がする。


 まあ、自然乾燥でいいか。服は身体と違って、風邪をひくことはないし。


 何だかんだで結構疲れたので、僕は寝転がることにした。


「はぁ~~」


 寝転んだ後に大きく息を吐く。これといって特に意味は無い。


 ――バッシャーン!


 大きく水しぶきが立った音が聞こえた。僕は寝転がったまま、音がした方向にゆっくりと顔を向ける。すると僕の目には、湖を優雅に泳いでいる狼の姿が映し出された。


 ああ、狼も水浴びか。おそらく、先程僕が首根っこを濡らしてしまったからだろう。もしくは、水浴びをしていた僕を見て、同じように自分も水浴びをしたくなったか。はたまた、僕に触られたからか。まあ理由は何だって良いや。どんな理由であれ、僕には関係のないことだ。


 そこまで考えてから、僕は目を瞑った。



 ***



 ――ザバーン。


 暫くして大きな音がした。僕は何となく、瞑っていた目を開ける。


 なんだ、狼が湖から上がった音だったのか。一々音が大きくて迷惑な奴だ。


「……なっ」


 狼のとある行動を見た瞬間僕は、目を見開き思わず声が出た。


 なんと狼が、僕のことを乾かした時と似た模様を自身の足元に浮かび上がらせ、自身を乾かしていたのだ。だがしかし、僕のときと決定的に違うところがある。狼が自身に対して起こしている風、それはとても爽やかな風だった。僕の時は荒々しい風だったのに。


 ということは、なにも突風である必要は無かったということになる。つまり、僕の時も爽やかな風を起こせたということだ。なんてこった。あの突風はわざとだったのか。一時でも感謝した僕が馬鹿だった。今からでも怒っていいかな?

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