お風呂
「ふんふんふ~ん」
僕は適当な鼻歌を歌いながら、一枚しか着ていない服を脱ぐ。
――シュルシュル。
服を脱ぐ衣擦れ音が小さな室内に木霊する。僕達は今、宿備え付けの大浴場の更衣室に居た。
「わぁ、真っ白な肌。綺麗……」
ん? エルが何か言った気がする。
「何か言った?」
「うんにゃ? 何にも?」
何だ、気のせいか。
服を脱ぎ終わった僕達は、二人揃って更衣室から大浴場の中まで移動する。
中に広がっていたのは、何の変哲もないお風呂。全体的な大きさはそれなりに広く、有るのは大きな浴槽、あとは陳列している流し場。僕はまず、近くの流し場まで向かった。エルも僕に追随して僕の隣の流し場に座る。
座った僕の目の前には、ピカピカの鏡があった。
そうして鏡に映し出されていた僕の姿。
そういえば僕、ちゃんと今の僕の姿を見たのは何気に初めてな気がする。ノーンデリックの森に居た時は精々、湖の反射だったし。
僕は鏡に映し出された僕を観察する。
長く白い髪、クリクリの赤い瞳、くびれもある細く整った身体。うん、客観的に見ても今の僕って美人だな。
「……?」
ん? 何か視線を感じる。横を見ると僕のことを不思議そうに見つめているエルがいた。
「「……」」
数秒見つめ合う僕達。
「あっ、ごめんね! ジロジロ見ちゃって」
やがて耐え切れなくなったエルが、バッと視線を逸らした。……よし、勝った。何に勝ったかは知らんけど。因みにエルの今の顔はほんのり赤い。
僕は蛇口を捻り、シャワーを流し始めた。うーん、流水が気持ちいい。
よし、じゃあまずは髪の毛を洗う為にシャンプーを……。
そう思って浴場備え付けのシャンプーに手を伸ばそうとした時、僕にはそれが出来なかった。なぜかというと――。
「ねぇエル。これってどれがシャンプー?」
そうだ。僕にこの世界の文字はまだ読めない。なので当然どれがシャンプーなのか、例え書いてあったとしても分からなかった。
「ん? えっとねぇ、これだよ。で、これがリンスでこれがボディソープ」
エルは丁寧に、シャンプー以外の物も指を指しながら教えてくれた。
「分かった。ありがと」
エルがいて良かった。じゃないと今頃、せっかく目の前に洗剤があるっていうのに水洗いだけになるところだった。
――わしゃわしゃ、ゴシゴシ。
そうして僕達は暫く、無言で身体を洗っていった。
「ねぇベル。背中流してあげようか?」
エルが唐突に僕に提案してくる。
「ん、お願い」
僕はそれを素直に受け入れた。エルに僕が使っていたボディタオルを渡す。
そういえば前世では誰かに背中を洗ってもらった経験なんてなかった気がする。ああ、小さい頃、親に洗ってもらっていた時は抜きにして。
そんなことを考えている内に僕の背中は洗い終わっていた。
「ありがと。じゃあお礼にエルの背中洗ってあげる」
同様に誰かの背中を洗う経験もなかったな。
「そう? じゃあお願いするよ」
僕はエルからボディタオルを受け取り、エルの背中を洗い始めた。
改めて見るとエルって細い身体してるな。でも触った感じはちょっと固いような……。鍛えられてるって感じだ。
そんな感じで僕ら二人は身体を洗い終わり、続いて浴槽へと向かった。
右足の親指からゆっくりと浴槽の中に入る。
「はふぅ~」
浸かった瞬間、思わず声が出た。
ああ、気持ちいい。今まではこの世界では湖での水風呂だったもんな。久しい温かさだ。気持ちいい、とろける~。
あっ、そうだ。
「ねぇエル。質問していい?」
僕は隣に居るエルに対し、顔を見らずに問いかける。
「なにかな?」
「エルには僕は元々男だったって言ったよね。なんていうかその、恥ずかしくないの?」
僕は最初から気になっていたことを今更ながら質問した。
「うーん……そりゃあちょっとは気になるよ。でもさ、今のベルって可愛い女の子じゃん? だから男のベルを想像できないっていうか……とにかく、恥ずかしくはないよ」
「そうなんだ」
そういうもんなのかね。僕には分からん。
「私からも一つ質問いいかな?」
「なに?」
「ベルってさ、下着着てた?」
これはさっきの服を着てた時の話だろう。
「着てない」
自分で言って思い出した。そういえば僕、下着を身に着けてなかったな。まあ持ってないからしょうがないんだけど。
「そ、そうなんだ。……もしかして、そういう趣味?」
失敬な。
「違うよ。持ってないんだ」
僕はエルが僕を変態と勘違いしないように、真実を伝える。
「そっかぁ」
そんな会話から少しした後、僕達はお風呂から上がった。