冒険者ギルドで一悶着
「おいおいちょっと待てや。ひっく」
明らかにこちらに向かって話しかけている声が耳に入ってきた僕は、嫌な予感がしつつも振り返る。するとそこには、顔を赤らめた大柄なおっさんが居た。
「冒険者登録って言ったよなぁ? 嬢ちゃん、冒険者になるつもりかぁ? ひっく」
このおっさんの手には、ジョッキがある。中身は十中八九、酒だ。だってこのおっさん酒臭いし。多分酔っぱらって僕に絡んできたんだろう。迷惑な奴だ。
「そうだけど」
無視する方がめんどくさいことになりそうなので、僕は素直に答えた。
「ふざけるな!」
すると突然怒鳴られた。なんだこいつ。
「嬢ちゃんみたいなちんちくりんが冒険者になるだぁ? ひっく。ふざけるな! なって良いわけないだろうが!」
酔っぱらいの言っていることは訳が分からん。仕方がない、ここはこの人に頼るとしよう。
「受付嬢さん。こう言ってるけど、小っちゃかったら冒険者になっちゃいけないの?」
「ひ、ひぇぇ」
頼る人間違えた。受付嬢さんは酔っぱらいのおっさんにすっかり怯えてしまっている。こういう厄介客を止めるのも、あなたの仕事なんじゃないの?
「ん? 嬢ちゃん、良い面してんな。ひっく。冒険者なんてならずに俺とデートしようぜ」
そう言っておっさんは、僕にその汚い手を近づけてくる。いちゃもんの次はナンパか。
「くっさ。おっさん、臭いからそれ以上近づかないで」
これ以上近寄られると匂いが移る。酒臭いおっさんの匂いが移るなんて御免だ。
「なんだとぉ、この女ぁ」
僕の発言が頭に来たのか、急におっさんが赤い顔を更に赤らめて殴り掛かってきた。
僕はそれをするりと躱す。そしておっさんの腹にグーパンを入れて、おっさんをぶっ飛ばした。後でこの手は入念に洗おう。
――ガッシャーン。
おっさんがぶっ飛んだ先にあったテーブルが壊れ、お酒やら料理やらを周囲に撒き散らした。そして、そのまま動かなくなる。どうやら気絶してしまったらしい。
ふーむ、前世より格段に筋力が上がっているな。気を付けないと、このままでは僕はバーサーカーになってしまう。
ガヤガヤとしていたギルド内が凛と静かになる。
「なにごと!?」
上の階から声がした。僕にとっては聞き覚えのある声、エルの声だ。
僕は声がした方向に顔を向ける。するとそこには案の定エルと、それに加えていかつい顔のおっさんが立っていた。
しんと静まり返っているギルド内。エルは状況を把握するために周りを見渡した。
今の状況を簡単に説明すると、酒や料理にまみれ気絶しているおっさんが一人、その直線状に角度的にも関係ありそうな僕が突っ立っているという状況だ。周りにも人がいるものの、皆唖然としており、おそらく僕以外は関係が無さそうというのが見て取れる。
「ベル、何があったの?」
うわ、びっくりした。だってさっきまで上の階に居たはずのエルがいつの間にか僕の真横にいて、それで急に話しかけてきたんだもん。驚くなという方が、無理がある。
「……」
怒られると思った僕はスッと目を逸らす。だがしかし、その抵抗は空しく終わった。
僕の顔がエルの両手に挟まれ、無理くり目を合わさせられる。
「ベル、答えて。何があったの?」
観念した僕は、正直に答えることにした。エルの両腕を優しく掴み、離すように促す。
「はぁ。あのおっさんがいきなり襲い掛かって来たんだよ。だから僕は反撃しただけ」
僕は真実を話した。うん、僕は悪くないな。これは正当防衛だ。つまり何もかも悪いのはあの酔っぱらいのおっさんだ。
「受付さん、それは本当?」
「は、はひ」
受付嬢さんはまだ怯えていた。
「そうなんだ。……ほっ。ベルが無事で良かった」
エルはホッと一息をつく。そして先程の緊張がほぐれたように力が抜けていた。ああなんだ、エルは僕のことを心配してくれていたのか。
「大丈夫だよ。僕は何ともない」
僕はエルを安心させるようにそう言った。
「おい」
今度はエルと一緒に上の階に現れたいかつい顔の男に話しかけられた。因みにこの男もいつの間にか下の階に降りてきている。
「なに?」
「あれをやったのは嬢ちゃんか?」
あれというのは恐らく、今は伸びているあの酔っぱらいのおっさんのことだろう。いかつい顔がそちらを向いているし。
「そうだけど」
嘘をつく必要がないと思った僕は、正直に答える。
「そうか。……嬢ちゃんは冒険者になるのか?」
「そうだね。そのつもり」
「そうか」
それだけ言って、男は歩いて去って行った。……一体何だったんだろう?
「あの人はこのギルドのギルドマスターだよ」
僕が疑問符を浮かべる顔をしていると、エルがそう教えてくれた。なるほど、あの人がギルドマスターなのか。なんだか寡黙そうな人だ。
「そうなんだ」
それから何があったかというと、特に何もなく僕達は無事平和(?)にギルドをあとにした。ああ、試験用のギルド斡旋依頼はちゃんと受けたよ。
***
「すっかり暗くなったな」
僕は空を見つめながらエルにそう言う。今はもう夕暮れ時だ。僕達は今、今日泊まる宿を探して歩いていた。
「そうだね」
――スタスタ。
「あっ、やっと見つけた。あそこだよ」
今のエルの発言、疑問に思う者もいるだろう。よし、説明しようじゃないか。
ギルドを出た後、今日はもう遅いから宿を探そうという話になった。その時エルはおすすめの宿があると言ったのだ。じゃあそこに行こうという話になり、僕はエルの案内に素直に付いて行った。最初は疑問に思わなかったものの、エルの案内は何回も同じ道を行ったり来たり……。そう! エルは方向音痴だったのだ! そしてやっとの思いで見つけたのが今僕の目の前にある宿というわけだ。
「やっと着いた……」
体感一時間ぐらいは歩いてたんじゃないだろうか。
「うぅ。ごめんね?」
エルは道に迷った事が申し訳なさそうだ。
「いいよ」
一応謝罪は受け取っておく。まあ謝られるような事じゃない気がするけど。
ふぅ、これでやっと休憩できる。今日は色々あったから疲れたなぁ。変な酔っぱらいのおっさんに絡まれたり…………後なんかあったっけ? まあいいや。さっさと飯食って風呂入って寝るとしよう。うん、そうしよう。
「じゃ、いこっか」
そう言ってエルは宿に向かって歩き出す。僕もエルに追随して宿の中に入って行った。