ノーディル
「ようこそ! ノーディルへ!」
そう言ってエルは街並みを背に、両腕を思いっきり横に広げた。
エルの背後に映るのは、日本では見られないような街並み。多分こういうのを中世ヨーロッパ風って言うんじゃないかなって感じだ。地面は石畳、建物は基本的にレンガでできている。街が全体的に調和していて綺麗だ。また人々にも活気があり、露店の商売人たちが元気に商売しているのが見て取れた。こういうのを良い街って言うんだろうね。
「まずは冒険者ギルドに行くよ。ベル、付いて来てね」
そう言ったエルは、くるっと半回転した後に歩き出した。僕もエルに追随して歩き出す。
あれは……酒場かな? あ、あの屋台のお肉美味しそう。あのでっかい建物はきっと、貴族かそれに近いお偉いさんの物だろう。知らんけど。
気が付けば僕は、歩きながら街に見とれていた。
「ベルはさ、冒険者になるつもりある?」
唐突にエルが訪ねてくる。
冒険者かぁ。冒険者とはエルが言うには、誰でもなれる『なんでも屋』みたいなものらしい。誰からでも依頼を受けて、その依頼分の報酬を貰うみたいな。そんな仕事だ。
「冒険者になったら何か良いことあるの?」
今のところメリットが見当たらないので、冒険者になる気はない。
「う~んそうだねぇ……。冒険者になれば街に入る時、ちょっと楽になるよ。わざわざ身分確認に時間取られなかったりする」
予定変更。冒険者になろう。
「なる、冒険者」
だって身分確認すっごい面倒だったし。
「オッケー。じゃあ私が調査報告している間に手続きしといてもらおうかな」
「分かった」
手続きが必要なのか。それはそれで面倒だなぁ。まあでも先行投資と思って今は我慢だ。
そんな会話を挟みながら、僕たちは冒険者ギルドに向かって歩いて行った。
――そして歩くこと数分後。
「着いたよ! ここが冒険者ギルド」
僕たちの前にあるのは、剣と盾を模した模様の看板が目印としてぶら下がっている大きな建物。民家とは明らかに違うものの、商業には向ていない見た目の、そんな建物だ。また、正面入り口の上に奇怪な文字のようなものが書かれた看板があったものの、何が書かれているのかは分からなかった。
――カランカラン。
僕がぼーっと建物を観察していると、エルがドアを開けてその建物の中に入って行った。僕も慌ててエルに追随する。
入ったと同時に目に入ってきたのは、筋骨隆々なおっさん、しょぼくれたおっさん、酒を飲んでいるおっさん、どこにでも出没しそうなただのおっさん。あれは周りより若く見えるから、お兄……いや、おっさんだな。なるほど、ここはおっさんパラダイスなのか。
まあとは言っても、所謂普通のおっさんはこの場所にはいない。誰も彼もが戦闘用のような恰好だ。ある人は甲冑を、ある人はローブを、ある人は野球のキャッチャーのような格好をしている。
「おっさんだらけだ……」
「何か言った?」
エルは振り返り、僕の顔を覗き込む。「おっさんだらけだ……」などという感想を一々伝える必要はないと思った僕は、首を横に振った。
「そっか。……じゃあ私はギルマスに調査報告してくるね。ああ、冒険者登録はあそこの受付でできるから。それじゃまた後でね」
指さしで受付場を教えてくれたエルはそう言った後、僕から見て左奥の階段を駆け上がって行った。そして、ここからは視認できない奥の方へと消えていく。
エルのことを見送った僕は早速、三つある内の一番右端の受付へと向かった。
「こここ、こんにちは。ほほ、本日はどういったご用件でございますでしょうか?」
受付へと行くと、そこにいた自信なさげな丸眼鏡の受付嬢が緊張した面持ち&おかしな言葉使いで話しかけてきた。
「冒険者登録をしたいんだけど」
「ぼ、冒険者登録ですね。えーっと、……あっ、あった。ふー。ではまず、冒険者と冒険者ギルドについて説明させていただきます」
受付嬢が何やらマニュアルの様な紙を取り出し、一呼吸置いた後そう僕に告げてきた。
「分かった」
勝手に喋り出しそうだが、一応返事を返しておく。
「で、ではまず冒険者ギルドという組織についてですが――」
――要約するとこうだ。
一つ、冒険者ギルドとは国や街に属さず、様々な依頼を取り扱う機関のこと。冒険者とは冒険者ギルドに属する者のことを言う。
一つ、依頼を達成した者には相応の報酬が支払われる。
一つ、冒険者登録するとランク分けされ、基本的にそのランクに応じた依頼を受けることができるようになる。ランクは下からF、E、D、C、B、A、Sとなっており、その上にSSがあるらしいけど今は関係ないので省くとのこと。
一つ、冒険者は、必ず始めはFランクからのスタート。
一つ、冒険者になるにはまず最初に試験として簡単な依頼を二つ無償で受けなければならない。期限は今日から一週間以内。なお、受ける依頼はギルド側が斡旋する。
「せ、説明は以上です。ふー。何か質問はございますか?」
「無いよ」
というか君に聞いても意味なさそう。ごめんだけど。
「ではえーっと……あっそうだそうだ。こちらに名前をお願いします」
そう言って受付嬢は一枚の紙と一本の羽ペンを僕に渡してきた。
「分かった」
ん? ちょっと待てよ。これって日本語で良いのか? ここは、異世界だぞ。きっと言語が違うはずだ。……うーん、どうしよう。エルの言葉が聞き取れた時みたいに文字も書けるのかな? 分からん。
「……」
「? ……あっ。よ、よろしければ代筆致しましょうか?」
僕がペンを持ったまま固まっていると、受付嬢がそう言ってくれた。おお、これに乗らない手はないな。
「じゃあ、お願い」
僕は手渡されていた羽ペンと紙を受付嬢に返した。
「承りました。で、ではお名前をお、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ファーグベル、だよ」
「ファーグベル様、ですね」
僕の名前を聞き出した受付嬢は、紙に文字の様な何かを書く。
やっぱりだ。僕の懸念した通り、これは日本語じゃない。ファーグベルって書いてるんだろうけど全く読めん。読めないってことは、書けもしないだろう。代筆をお願いして良かったな。
「で、では次に、こ、この水晶にご自身の魔力を少し流して下さい」
これはこの街に入る時もやったな。最初こそてこずったけど今ならおちゃのこさいさいだ。
僕は水晶に手をかざし、魔力を少量流す。
「……はい。あ、ありがとうございます。で、ではファーグベル様について一度ギルドで精査致しますので、ぎ、ギルドカードの発行は一週間後になります。い、一週間後、またこちらにいらして――」
「おいおいちょっと待てや。ひっく」
嫌ぁな感じの声と匂いが、僕の後ろからした。
***
「報告は以上だよ」
私は目の前で豪華な椅子に座っている男、このギルドのギルドマスターにそう言った。
ギルドマスターであるこの人は元Sランクの冒険者だ。顔はいかつく筋骨隆々で、身体の所々に傷跡がある。冒険者を引退して数年経っているというのに、未だに威厳は衰えておらず、居るだけで威圧感が凄い。
「そうか」
ギルドマスターはそれだけを言った。
私の報告は問題なかったと思う。私は先程、魔力反応の原因は見つからなかったことを事細かに報告した。……まあ、ある意味問題か。
「お前はどう思う?」
この人はいつも口数が少なく、分かりづらい。だから私はいつも聞き返さなきゃいけない羽目になる。
「どうって?」
「魔力反応の原因だ。ただの、魔力測定計の誤反応だと思うか?」
「そうだね。私は――」
――ガッシャーン。
突如下の階から大きな物音がした。