不思議な少女
「そういえば、僕達って何処に向かってるんだっけ?」
僕は焚火を挟んで向かい側に居るエルに対して質問した。最初こそごねたものの、何だかんだ僕はエルに付いて行くことにしたのだ。
「ノーディルっていう名前の街だよ」
「へー。そうなんだ」
――パチパチ、パチパチ。
火花のはじける音が、静かな夜に木霊する。
今僕達は野営をしていた。僕達の周りにあるのは、僕が準備してちゃんと火が付いた焚火、焚火の上にあるどこから取り出したのか分からない大きな鍋、それとこれもどこから取り出したのか分からない布団&毛布代わりの大きな布。これくらいかな。勿論野営をしているのには理由がある。それは、空が暗くなってきたから。これ以上暗闇を進むのは危険だと判断しての野営だ。
どうやらノーディルという場所は、ノーンデリックの森から一日で着かない距離のようだな。
僕はエルが作った野菜スープを口にする。……うん、素材の味って感じ。そして、温かいな。少しだけ寒気がする今の夜には良い感じだ。
――ズズズズズ。ゴクゴク。ぷはぁ。
「ごちそうさまでした」
食べ終わった僕は合掌し、皿を置いた。はぁ、お腹いっぱい。
「クロ、居る?」
僕はクロを呼んだ。
「ワフッ!」
僕が呼びかけると、野営の準備中にいつの間にか居なくなっていたクロがどこからともなく現れた。少しだけびっくり。おそらく、というか絶対影から出てきたんだろうな。なんたって影狼だし。なるほど、影の中でも音はきちんと聞こえるんだね。何はともあれ呼びかけにすぐ応じるなんて、いい子だ。
「よ~しよしよし、わしゃしゃしゃしゃ」
そんないい子のクロを労う為に、まず僕はクロのことを思いっきりもふもふした。ん~~、もふもふ最高!
「クロはもうご飯食べた?」
食べてると思うけど一応確認。
「ワンッ!」
どうやら僕の予想通り、食べたらしい。良い返事だ。
「そっかそっか」
「……ほへぇ。ベルはクロが言っていることが分かるの?」
エルは不思議そうに僕達のことを見ていた。因みにベルというのは今の僕の愛称だ。二人で考えた(というかエルがほぼ一人で考えた)結果、僕はこの世界ではファーグベルと名乗ることにしたのだ。
「分かるっていうか、なんとなく? 一言一句分かるわけじゃないけど、主張していることぐらいは分
かるって感じかな」
流石にクロの言葉は分かってないけど、はいかいいえぐらいのことは分かる。そんな感じかな。
「そっかぁ。仲良しなんだね。じゃあさ、クロは私のことどう思ってるかクロに聞いてくれない?」
「いいよ。……クロ、クロはエルの事どう思ってる?」
僕の質問に対し数瞬悩んだ後、クロは僕にこう示した。
「……フン」
「嫌いだって」
「えぇ。……だったら、どうしたらクロと仲良しになれるかな?」
「……」
クロが僕の近くまで寄ってきた。そして僕達の会話にはまるで興味ないとばかりに丸くなり、目を瞑る。どうやら今日は僕の隣で寝るようだ。
「残念だけど、クロはエルと仲良くなるつもりはないみたい」
僕はクロの気持ちを汲み取り、クロの代わりに答えておく。
「そっかぁ。残念」
そう言いつつも、エルは最初からそれが分かっていたかのように、あんまり残念そうにしているようには見えなかった。
「ふわぁ~」
会話に一区切りがついたと思った僕は、思わず欠伸が出る。お腹いっぱいで眠くなってきたな。
「ベル、もう眠い?」
エルが僕に尋ねてくる。だがしかしその時には、僕の意識は半分ほど夢の中へ旅立っていた。
「う~ん」
何とか返事をした僕、偉いなぁ。……あぁ、眠い。
「じゃあ今日の見張りは私が先にするね。大体三時間ぐらいで交代で……ってありゃりゃ」
「ぐぅ」
僕はエルの話を聞き終える前に寝てしまったのだった。……クロのお腹枕最高。
***
私は今日、不思議な少女と出会った。大きな影狼を付き従えている、白髪赤目が特徴的な少女。
「今日一日は、私が見張りかなぁ」
私は誰に対してでもなく、独り言を呟く。私の目の前には件の少女、ファーグベルが居た。
ファーグベルは本当に不思議な少女だ。どこが不思議かと聞かれると何て言えば分かんないけど、敢えて言葉にするなら存在が不思議。一目見た時からそう思った。絶対的な存在感があるのに、目を離せば消えてしまいそうな、そんな少女。そこに居るはずなのに、そこに居るのか分からない、そんな少女。
ファーグベルは今、私の目の前で布に包まった状態でぐーすかと寝ている。最初は影狼のクロと一緒に寝てたけど、クロはいつの間にか居なくなってた。多分あの子は影の中に戻ったんだと思う。
私はベルを連れ出したのには理由がある。これは単なる私情、私の気持ちの問題だ。ベルを見た途端、というかその眼差しを目にした時、衝動的に私はこの子を救いたいと思った。……なんでかな?
あれから理由を考えてみた。もう何となく自分の中で答えは出ている。それは、ベルがつまらなさそうに世界を見ていたから。だから私は、この世界は面白いんだぞってベルに教えたかったんじゃないかな。
私は無理矢理ベルを森から連れ出した。申し訳ないことをしたと思う。でも多分ベルは無理にでも連れ出さないと動こうとしなかったんじゃないかな。多分というか絶対そう。
「……」
さて、どうしよっかなぁ。というのも見張り番の交代時間を知らせる前に、ベルは寝てしまったのだ。ならどうするべきか。普通は交代時間になった時、起こせばいい。でもそうもいかないよね。なんでかっていうと、傍にクロが居るから。今は見えないけど、確実にベルの影の中に居る。私がベルを起こそうとすれば、クロは必ず影から出てきて邪魔をすると思う。最悪の場合戦闘になる、よねぇ。そんなの私は望んでないんだ。だから穏便に済ませる為にも、今日一日は交代なしの見張りかな。
まあノーディルまで徒歩で向かっても、後一日もかからない。一日睡眠を取らなかったことなんて今までいくらでもあったし、大丈夫。
――ヒュン。
私は唐突に手持ちの短剣を暗闇に投げた。
――トス。
「ブヒィィイ!」
そして訪れる炎豚の鳴き声。ああ、炎豚っていうのは、炎を吹く豚の魔物のことね。これは明日のご飯にでもするかな。
とまあ、こんな感じで脅威になる魔物も居ないし、朝まで見張りなんて余裕だね。
「それにしても……ふふっ、可愛い寝顔」
私はまた、独り言を呟く。
本当にこの少女は不思議だ。なんで初対面の私の前で、こんなに安心した顔で眠れるのかな。……まあ、クロっていう相棒が居るから安心してるのかな?