帰り方を見つける旅
あれから叩き起こされた僕は、寝るのは我慢して暫くの間エルと会話を交わした。その甲斐あってかなりの情報を手に入れることができたと思う。
例えばそうだな、この世界には魔術と呼ばれるものがあるらしい。魔術っていうのはあれだ、不思議パワーで風を起こしたり、火を起こしたりするやつだ。要するに、誰もが想像できる不可思議現象のことで合ってる。まあつまり、科学で説明できないことの総称だ。
それと、この世界には多種多様な言葉を交わせる種族がいるらしい。黒人白人黄色人種とかそんなんじゃなくって、人間の他に、獣人、精霊、魔族等々。ファンタジーな奴だ。ただし地球のように言葉の壁は無くって、訛りや方言のようなものは有るものの世界で言語は共通しているんだとか。因みにクロはというと、動物の中でも魔物と呼ばれているものだった。動物と魔物の違い? 知らん。クロの種族をもっと細かくいうと、魔物の中でも影狼っていう種族。なんでもその名の通り影を操る狼だって。なるほど、クロがよく潜ってたのは地面じゃなくて影だったのか。すごいね。そんでもって、契約もせずにここまで他者に懐いてる魔物は珍しいらしい。僕ってそんなに懐かれてるかな? さらに、ここまできちんと会話を交わせる魔物ってのも珍しいらしい。知らんけど。契約っていうのは主従関係を結ぶ魔術の事だ。通常、魔物と交流するときは、それをするはずなんだとか何とか。
……もうこれはあれだな。先程からの僕の言いぶりで何となく分かると思うけど、ここまでファンタジーならここは異世界で確定だと思う。うん、いい加減認めようじゃないか。魔術なんてものが普通にあるようだし。そういえば夢現だけど、僕も一回だけ魔術使ったしな。今まで忘れてたっていうか、考えないようにしてた。
因みに僕は僕で、迷ったもののほとんど包み隠さず自身のことを話した。気が付いたらこの森にいた事とか、クロに出会った経緯とか。あとは、僕は異世界から来たんだということや自身の姿が変わってしまったことも簡潔に話した。信じてもらえるかは分からないが……。まあ信じないなら信じないで良いし、別に話しても問題ないだろう。ラノベの主人公みたいに隠す必要は、今の僕には無いし。
そんな感じで僕達は、お互い情報を出し合っていった。
「へぇ。じゃあ、あなたは異世界人で転生者ってこと?」
エルが、さもびっくりしたような顔で僕に尋ねてくる。先程から感じていたが、この子は表情が豊かだ。
「うん。そういうことになるのかな。っていうか信じるの? それとも異世界人ってのが珍しくなかったりする?」
もしかして、僕以外にも異世界人と呼ばれる存在がこの世界には居たりするのだろうか。だからすんなりと受け入れたとか?
「いんや? 異世界人とか転生者なんて存在、噂程度の伝説上でしか聞いたことが無いよ。ましてや異世界人の転生者なんて、聞いたことも無いかな。……でもあなた、嘘つきに見えないもん。だから私は信じるよ」
なるほど。馬鹿……じゃなくって、ただ純粋な子なんだな。自分の気持ちというものに従うタイプだ。
「でもそっか。じゃああなたは異世界に帰っちゃうんだね。……ちょっと残念」
ん? 最後の方はごにょごにょしてて聞こえなかった。何て言ったんだろう。まあいいか。
「いや、帰らない……というか帰れないよ。帰り方分かんないし。帰り方が分かるならとっくに帰ってるさ」
帰れるもんなら早く帰りたいね。住み慣れた家の僕の部屋でだらだらごろごろしたい。
「およ? そうなんだ」
エルの表情がまた変わる。何だか先程より少しだけ明るい表情になった感じだ。
「うん」
「あなたは異世界に帰りたいのに、帰れないってこと?」
「そうなるね」
「……そっかぁ。じゃあさ! 私と一緒に旅をしない?」
……ん? どうしてそうなるんだ?
「どうして?」
「異世界への帰り方を見つける旅! 私としようよ!」
僕に向かってそう言うエルは、満面の笑みを浮かべていた。
***
「魔王様。急ぎお耳に入れたいことがございます」
私は魔王様の玉座まで転移し、急ぎ報告に参上した。そして片膝をつき、頭を下げる。
「なに~?」
魔王様はだらけた姿勢のまま、だらけた声でそう言った。……はぁ。私としましては、魔王様にはもう少しシャキッとしてほしいものです。
「実は、境希夢にとある人間が接触しました」
彼の名を耳にした途端、魔王様は興味を示した。
「へぇ、どんなやつ? 場合によってはそいつを殺す」
魔王様は彼に悪意のある人間が近づいたと思ったのか、殺気を孕んだ声でそう言った。
「落ち着いてください。少なくとも魔王様が懸念しておられるようなことはございません。今、映像を出します」
私は指を鳴らし、魔王様の前に今現在の彼の映像を出した。そして、私自身も見やすいように魔王様の近くまで移動する。
映像に映し出されたのは、女性が二人と犬が一匹。一人は魔王様お気に入りの彼で、もう一人の橙髪の少女が彼に接触した人間です。犬は先日魔王様に楯突いたあの犬畜生ですね。彼らは今、何の変哲もない舗装された道を歩いています。橙髪の少女は自身の脚で歩いているのですが、彼はというと犬の背中に寝転がり、犬に運んでもらっているという状況です。
「こいつ?」
魔王様は橙髪の少女を指さし、そうお尋ねになった。
「はい」
「そっか。じゃ、この女について教えて」
「承りました。ではまずこの少女の名前から。この少女、名をエルカシスといいます。齢十六。職業は冒険者でランクはBですね。まあ彼女は、私たちにとっては脅威にもなりません。それ以外ですと……ふむ、特にお伝えすべき情報は無いですね」
強いて言えば人助けが好きなことでしょうか。ですがそれをわざわざ魔王様にお伝えする必要は無いでしょう。
「そっ。ありがと」
「有難きお言葉」
ああ、そうでした。
私は重要なことを思い出す。
「それともう一つお伝えすべき情報が」
私としたことがお伝えするのを忘れる所でした。
「なに?」
「魔王様お気に入りの彼、境希夢ですが、こちらの世界ではその名を名乗らず、代わりにファーグベルという名を名乗るようにしたようです」
「へー。ファーグベル……ね」