なんだこいつ
あれからおよそ……、えーっと…………、たぶん………………、うーむ、分からん。とにかく何日かが過ぎた。あれからというのは、僕がこの洞窟に来てからだ。
ここに来てからというもの、僕は特に用が無ければ洞窟から出ていない。出ていないどころか、ほとんどの時間を寝て過ごしている。ぐーたら生活最高だ。つまりはまあ、引きこもりのようなもんかな。
そうやって無駄に時間を浪費する中で、僕はとあることを思っていた。
ここもしかして異世界じゃね?
自分でもそんな物語でしか有り得ない仮定はしたくなかった。だがしかし、そうじゃないとどうにも説明出来ないようなことが多々あったので仕方がない。例えばそうだな、狼が穴も掘らず地面に潜ったり、変な模様から風や火を起こしたり等々。地球では、というか現実的に有り得ない光景をこの目で何度も見たのだ。
動植物についても「僕が知らないだけで世界にはこんなのもいるのかな?」なんて最初は思ってた。だけれども、空を飛ぶための羽が生えたでっかい蜥蜴とか鼻から火を噴く豚とかによって、僕のその浅はかな考えは見事に打ち砕かれた。というかそもそも、身近に有り得ない大きさの狼が居たな。考えてもみなよ。そんな摩訶不思議な生物が地球上に存在するなら、世界中の注目の的でしょ。今頃ネットニュースやら何やらに取り上げられるはずだ。
よって僕は、ここは僕の知っている世界ではないのだろうという結論に至った。因みにその結論に辿り着くまで、結構な時間が掛かったと思う。物語の主人公じゃあるまいし。
そもそもさ、おかしいと思うんだよ。何というか、オーソドックスなファンタジー系の物語の主人公は呑み込みが早すぎると思うんだ。
例えばそうだな、神のような奴に「貴方は死にました。異世界で第二の人生を歩んでください」的なことを言われるやつ。僕が読んできた物語の大抵の主人公は、それをすぐに受け入れていた。だが、普通に考えてみて欲しい。普通じゃない状況なのは一旦置いておいて。「死にました」に対して「はいそうですか」ってなるかボケェ! もっとこう「そんなわけないだろ!」とか「ふざけるな!」とか「コスプレ? ドッキリですか?」とかあるでしょうよ、知らんけど。
今のは主人公が生きることに執着している場合の話。逆に、主人公が生きることに執着が無い場合を考えてみよう。……それならば「遠慮します」で終わりだな。そんな人物が第二の人生を望むわけがないと僕は思う。それともう一つ。神とかそれに近しい奴が一個人に肩入れするなとも言いたい。世界の調和者たる者が個人に肩入れしようものなら、それこそ世界規模の乱れが生じるんじゃないかな。それに仮にそんな者たちがいるとして、そいつらからしたら一つの死なんてどうでもいいことだと思うんだよ。あくまでこれは自論だけれども。
他にも例えば、人間以外に転生しているやつ。僕個人としては、こっちの方がまだ納得できるな。だって自分の身体がゲーム内でしか見たことないようなモンスターになってるわけでしょ? 夢かと思ったりするのは、まあ妥当なんじゃないかな。僕のちっぽけな想像力ではモンスターになっている自分は想像できなかったので、正直よく分かんない。まあそれはそれとして、いきなり自分の身体が変なものになってるんだから、もっと慌てて良いと思う。というか、もっとパニックになるべきだ。……何冷静に分析してんだよ。
とまあ、ありとあらゆる作品が該当してしまいそうな批判を心の中でしたものの、そうなる理由は作者でもない僕でも何となく理解できる。偉そうなことを言っている自覚はあるが、ここははっきり言わせてもらおう。言ってしまえば、それは創作物だから。だから読者のため、話を円滑に進めるために、主人公をうだうださせるわけにはいかない。漫画や小説で何よりも優先されるのは読者だと僕は考える。何故ならば例えどんなに物語を創作しようとも、読んでもらわないとそれは意味が無いから。これが、僕がそう考える根拠。ああ、一応言っておくがこれは大多数に読んでほしい場合の話だ。早い話、書籍化しているものがこれに該当する。誰かに読んでほしいわけではなく、ただの自己満足のために趣味で書いている分には好きにしたらいいと思う。というか誰かに読まれるために書いているわけではないのなら、周りがとやかく言う筋合いは無い。
閑話休題。大分逸れてしまった話を戻そう。つまり僕はなんやかんやうだうだ言ったものの、そういった僕が出会ってきた物語の主人公たちに倣ってここを異世界だと思うことにしたのだ。他の可能性も考えようとしたけど、面倒だったのでやめた。いくら考えようとも、結局答えは分かりませんだったら意味がない。考えるだけ無駄だ。ならもう異世界っていうことでいいかなって。
さて、仮にここが異世界だとして、今の僕は何か困っているだろうか。……いや、これといって困ってないな。今でも衣食住は最低限整ってるし、向こうの世界では友達や恋人といった人間関係とは距離を置いていたからね。…………また家族に会えたらいいなって思うぐらいか。と言っても、どうやったら家に帰れるのか分からないのだからこればっかりはしょうがない。
僕が今困っていない、そして寂しくないのはクロの存在が大きいと思う。まあ、何となくだけど。ああ、クロっていうのは初日に死闘を繰り広げた狼の名前だ。
因みにその名前は僕が付けた。いつまでも狼って呼ぶのがめんどくさ……あっ、いや、名前はあった方が何かと便利かと思って。だからシンプルかつ呼びやすい名前を付けた。
こいつに対し勝手に名前を付けようと思い至った当時、パッと思い付いた名前が二つあった。それは、クロとポチ。その二択の内どちらで呼ばれたいかをこいつに迫ったところ、こいつは渋々といった感じでクロを選んだ。クロが良いというよりも、ポチは嫌だって感じだったかな。ポチも良い名前だと思うんだけど……。
とまあそういった感じで、こいつのことはその時からクロと呼ぶことにした。
クロとは一度は殺し合った仲だというのに、あれから随分と仲良くなった気がする。なんせ今では、襲われないどころかクロのお腹を枕にしても嫌がられないのだから。
クロの毛並みというか肌触りはとにかく最高だ。触った瞬間もふってなって、ふにゃあってなる感じ。……つまりは、語彙力が宇宙の果てに飛んで行ってしまうほど素晴らしいのだ。最高の寝具……じゃなくて仲間に巡り合えた。やったね。
「……」
暇だ。
違う言い方をするならば、やることが無い。不幸なことに、僕はいつの間にか目が冴えてしまっていた。かといって別に何かしたいわけでもない。テレビやゲーム、小説や漫画といった娯楽があれば時間を潰せるのに、生憎とこの場にそのようなものは一切無い。要するに僕は今、暇を持て余している。
クロが居ればもうひと眠りできそうなものの、クロは今この場に居ない。僕が寝ている間に出かけてしまった。おそらく外で狩りでもしているんだろう。間の悪いやつだ。
探しに行くか? いやいや、探してどうする。どうせすぐ帰ってくるんだ。入れ違いになった方がめんどくさい。だとしたら大人しく待つしかないか。……はぁ。
ごろごろ、ごろごろ。ぐだぐだ、ぐで~ん。もにょ~ん。……。
――ガサガサ、ガサゴソ。
草で覆われている入り口付近から物音がした。
「……ほへぇ~」
続いて人の声。……人の声?
疑問に思った僕は、片目だけ開けて声がした方を見やる。するとそこには、見た目からして活発そうな橙髪の少女がいた。
うへぇ。絶対苦手なタイプだ。そう思った僕は開けていた目をそっと閉じ、身体ごと顔を背ける。……無視だ、無視。どうせあちらさんも僕に用は無いだろうからね。
「およ?」
――タッタッタッタ。
気のせいだろうか。件の少女がこちらに向かって来ている気がする。……気のせい、だよな?
僕の期待を他所に、足音は僕のすぐ傍で止まった。あ~あ。
「ねぇねぇ」
案の定僕は話しかけられた。なので仕方なく、ゆっくりと両目を開ける。すると、件の少女と目が合った。
「君、何者?」
それはこっちのセリフだ。