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世界はこんなにも美しいのに  作者: 春風ほたる
人生ってめんどくさい
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人生ってめんどくさい

 世の中には、常識と呼ばれる物事が数多く存在する。


 その常識全てが一つ一つ明確に明言されている訳でもないのに、人は常識に従って行動することを当たり前だと思っている。


 国や会社、学校や家庭など、その人が取り込まれている枠組みによって多少常識が異なる場合はあるが、人は皆常識に従って生きている。いや、常識に従わなければこの人間社会を生き抜けないと言った方が正しいかもしれない。


 常識に従わない、あるいは常識を理解できないような人は、周りの人間から煙たがられ、数の暴力によって淘汰される。そんな世の中だ。


 そうだな、例えばの話をしよう。あるところに、好奇心旺盛な少年がいた。その少年は、学校の授業で疑問が浮かぶたびに、先生に質問をした。その少年の質問はあまりにも頻度が多く、授業がなかなか進まなくなってしまった。そうなってくると、周りのクラスメイトたちは段々とその少年の陰口を言うようになり、挙句の果てにはいじめにまで発展してしまった。


 まったく、おかしな話だよな。学校は学ぶ場であるにもかかわらず、学びに意欲のあった生徒がいじめられる状況にまで陥った。さて、果たしてそれは何故なのか。まあ答えは簡単だ。それは、その少年は周りの生徒のことを一切考えていない行動をとっていたから。


 足並みをそろえられない人間を、人は疎ましく思う。時に、自己中心的だと蔑む。結局のところ、世間一般では多が正義であり、少が悪なのだ。

 僕はそれが間違いだとか、そういうことを言いたい訳ではない。もしかすると、そうじゃない世間を生きている人もいるかもしれない。でも、そんなの知ったこっちゃない。僕が今まで生きてきた世間は、多数派が正義。そういったものだった。ただそれだけの話だ。僕の意見には、僕が人生を歩んだ上での僕の偏見が多大に含まれている事を、十分に理解している。


 人間という生物は、基本個では生きていない。集団で生活している生き物だ。周囲の人間に合わせる、それが世間の、いや、世界の当たり前だ。

 そんな当たり前を僕はただ、


 「面倒だなぁ」


 そう思っているだけの話だ。

 齢十八歳。今や、人生百年と言われる時代だ。僕はまだその二割も経験していない。そんな青二才が何を語ってんだって大人たちは鼻で笑うだろう。

 まあ周りの人間に何を思われたって、馬鹿にされたって僕はどうだっていい。人の悪意には慣れている。

 間違ってるとか、正しいとか、そんなものどうでもいいし興味も沸かない。


 僕は、十八年間たっぷりと人生を経験して分かったことがある。それは、人生はめんどくさいってことだ。

 常識に捕らわれ、社会という檻に放り込まれる。その一連の流れ作業の事を、人は人生と呼ぶらしい。


「君、面白いね」


「……?」


 そんなことを、誰かに聞かせるでもなく、どこかに発信するでもなくただ茫然と考えていたら、唐突に声が聞こえてきた。女性の声だった。


 周りを見渡してみたが、誰もいない。他人の気配は感じられない。……気のせい? 幻聴だろうか。にしてははっきりと聞こえたし、僕に話しかけている感じだった。


 僕は今、真昼間の公園にいる。この公園は、最近見つけた僕のお気に入りの穴場だ。山の中腹にあり、もう長い事利用者がいない事を示しているかのように草木が伸び茂っている。木々の揺れる音は心地よくて、いつも他人の気配が一つもないところが特に僕のお気に入りポイントだ。


 だというのに、そんなお気に入りの場所で、ぎしぎしと音を奏でるブランコに乗っていたら、どこからともなく女性の声が聞こえてきた。うーん、この声をただ女性の声と呼ぶのは何というかしっくりこない。そうだ、この声の主を謎の声エックスと名付けよう。


 謎の声エックスは、僕に向かって面白いと言っていたような気がする。はて、僕は何か面白いことをしただろうか? 傍から見れば、僕は古ぼけたブランコにただぼーっと座っているだけの人だ。直近で発したセリフは「面倒だなぁ」の一言だけ。それも、ただ口の中で木霊させただけぐらいの小さな声だった。漫画やアニメみたいに口が勝手に動いていたなんて不可思議現象は起きていない。謎の声エックスは、一体僕の何を面白いと言ったのだろうか?


 ……あー、何というか、不快だ。何が面白かったかなんてどうでもいい。この場所で誰かに話しかけられたという事実が不快だ。例えるならば、秘密基地がユーモアの通じない大人にばれてしまった時のような、そんな不快感。一体誰なのか、何処から声がしているのか、それが何も分からないのが、より僕の不快感を増している。


「あははっ、やっぱ君面白いよ。ボク、君の事気に入っちゃった。さあ、……えーっと、(さかい)希夢(のぞむ)くん、ボクの世界においで」


 謎の声エックスが何だかよく分からない事を言い始めた。それに何故かとても楽しそうだ。一人でとても盛り上がっていらっしゃる。

 それに比べ僕の方は、声の発生源が分からない、休息の邪魔をされた、何処の誰かも知らない人物に僕の名前を一方的に知られている、の豪華三点盛りでとても不愉快な気分だ。


 ――ドクン。


 ……ん? なんだ? 突然身体が呼吸のやり方を忘れたかのように息が詰まった。それに、身体の中心部から喉にかけて身体が熱い。特に心臓の辺りが、熱い? 痛い? 分からない。なんだこれ?


 ――ドクン。


 嘔吐感が込み上げてきて、僕は思わず右手を口に当てた。


「……かはっ」


 咳き込んだと同時に、右手に生温かい感触が伝わってくる。

 感触の正体を確かめるため、僕は右手を口元から離した。赤い液体だ。これは、……僕の血か? 何故? 何故突然僕は血を吐いた? しかも、結構な量だ。手のひらのみでは受け止めきれず、ぽたぽたと手の隙間から赤い液体が地面に零れ落ちていっている。


 ――ドクン。


「ガハッ!……ゲホッゲホッ」


 やがてブランコに乗っているのもきつくなって、咳の勢いとほぼ同時に僕の身体は前のめりに倒れた。左手はずっとブランコの鎖の部分を掴んでいたからか、結果的に僕の身体は左手を起点にして右側から地面と衝突した。

 もし正面から倒れていたら、僕のファーストキスが地球になるところだったのか。そうなるとレモンの味じゃなくて土の味だな。ははっ、笑える。


 ――ドクン。


 流血が止まるような気配はない。僕の命の源は、未だにだくだくと口と鼻の両方から零れ落ちていっている。もうじきここに赤色の水たまりが出来そうだ。

 たしか、人は体内の約三割の血液を急速に失うと死に至る危険性があるんだったっけか。一体僕はこの短時間でどれほどの血液を体外に放出しただろうか。


 ……まあ、どうでもいいか、そんなこと。


 一体全体何を思ったのやら、僕は両腕を広げ、身体を仰向けにした。

 たしか、吐血している場合、仰向けって一番しちゃダメな体勢だった気がする。血液が喉に詰まって呼吸困難になるとかなんとか。


 ――ドクン。


「ゲホッ! ゴホッ!」


 先程よりも一段と激しい咳をした。

 うっわぁ、気持ち悪い。上を向いてるから血がほぼ全部自分に降りかかってきた。ドロッとしてて生温かくてすっごい気持ちが悪い。


 まったく、馬鹿なんじゃないだろうか。仰向けになったらそうなるって、考えりゃ誰だって分かるだろう。何故わざわざ仰向けになった、僕。おそらく、血が足りてないから頭が働いていないんじゃないかな。ああ、そう言い訳をしたい。誰に対してでもなく自分自身に。


 ――ドクン。


 相も変わらず心臓の辺りが特に痛む。何というか、身体の内側で、心臓だけを片手で鷲掴みにされているような、そんな感じ。


 ……僕、このまま死ぬのかな。まあ、別に、それでいっか。生きることに執着は無い。元から、これからどういう風に生きてくのかなぁって、どこか客観的に、無関心に思っていた人生だ。このまま死んでも別にいいかな。未練も何もこの世にはない。

 こんな状況だというのに、僕は目に映る景色を見つめてただこう感じた。


「……ああ、綺麗だなぁ」


 その言葉を最後に、僕の生命活動は停止した。


 ――――。

 

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