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8話 お別れ

 荷物を運ぶ下男を手配してくれとお願いしたのに、誰も来なかった。当然といえば当然である。ソフィアが父王になにかをお願いして、やってくれたことなど一度だってなかった。

 そんなに重くもないからソフィアが持っても構わないのだが、ルツが運ぼうとするので奉迎隊の一人にお願いすることにした。部屋までついてくるとは、これから護送される容疑者と変わらぬ扱いである。逃げるとでも思っているのか。


「荷物はこれだけですか?」


 綺麗な短ヒゲを生やした軍人は部屋を見回して唖然とした。まあ、そうだろう。輿入れする王女の荷物が旅行鞄サイズの行李一つだけなんだから。ソフィアは恥ずかしくもなかった。

 ヒョイと行李を持ち上げる短ヒゲと何人かの兵士に囲まれ、ソフィアは宮殿の外へ向かった。


(なんにも悪いことしてないのに……これじゃ、家宅捜索後に連れていかれる容疑者よ)


 輿入れする王女じゃなくて、初公判を控えた犯人である。お祝いモードとはほど遠い。



 宮殿の前にずらり、馬車は五台停められていた。白い馬に金の車輪の豪華な馬車と大型の幌馬車、荷物用と思われる中型が二台ずつ。もっと、護送車っぽいものを想像していたソフィアは驚いてしまった。


(ひぇ……こんな、シンデレラみたいな馬車に乗るの? わたくしには不相応だわ)


 馬車の前まで来て、ルツが付いてきていないことに気づいた。それと、何人か見送りに来てくれている。庭師たちや城の菓子職人が二人、学匠たち……。ソフィアに勉強を教えてくれた学匠もいる。


「ソフィア様が蘇らせた庭園を大事に守っていきます!」


 日焼けした庭師一同からのプレゼントはマーガレットの花束だ。隣国へ着くまでの間、枯れずにいてくれるといいのだが。こういった素朴なプレゼントは嬉しい。菓子職人からは朝焼いたばかりのクッキーをもらった。迎えの馬車が来たことを知って大慌てで、こさえてくれたにちがいない。ソフィアは菓子職人のエルマーに、昨晩書いたレシピをルツから受け取るようにと伝えた。

 学匠からは寄せ書き。勉強面は優秀だったので、ソフィアはリスペクトされているらしい。


(なぁんだ。わたくし、結構慕われてるじゃない)


 肉親から虐げられていても自分を好いてくれる人は、こんなにたくさんいたのだ。王女なんかに生まれず庶民に生まれていたら、もっと幸せに生きられたかもしれない。

 しかし、ルツはどこへ行ったのか。別れを惜しんで話し込んでいたところ、奉迎団の短ヒゲが催促してきた。もう、出発だ。


「ごめんなさい、もうちょっとだけお待ちいただけないかしら? 侍女が……」


 話し中に「ソフィアさまぁ!」とか細い声が聞こえてきた。見ると、ルツが宮殿の入り口の馬蹄型階段を駆け降りてくる。


「あっ、ルツ! 走らなくていいわ! どうか、ゆっくり降りてきてちょうだい!」


 階段を踏み外すのではないかとヒヤヒヤする。走り出したソフィアを、左右がっちりソフィアを挟んでいた兵士が慌てて追いかけてきた。護送中の罪人が走り出したらこうなる。ソフィアは男たちに取り押さえられようが構わないと思っていた。ルツに大ケガを負わせるほうが大変である。

 ルツが階段を半分下りたところで、ソフィアは駆け寄った。ルツはなにやら大きなブランケットを抱えている。


「これ、ソフィア様がお眠りになったあと、こっそり編んでいたショールですじゃ。リエーヴ王国はここより寒いと聞きますゆえ、暖かくしてほしいのですじゃ」

「え? これをわたくしに!?」


 ブランケットではなくショールだった。太い糸でざっくり編み上げたショールは、宵闇を思わせる暗い青色をしている。


「せっかくだから明るい色味のものをプレゼントしようと思ったのですが、こちらのほうがソフィア様の髪に合うと思いましたのじゃ」

「すてきよ。それに、とても暖かそう」


 ソフィアはその場で羽織ってみせた。ルツの匂いがするし、とってもポカポカして心が温かくなった。ルツは毎晩、夜なべしてソフィアのためにこれを編んでくれていたのだ。

 ソフィアはルツと腕を組み、階段を慎重に下りた。追いかけてきた兵士が「代わりましょうか」と尋ねても、かぶりを振る。最後の大切な時間を誰にも邪魔されたくなかった。


「ルツ、元気でね。体に気をつけて……」

「ソフィア様も……」


 馬車の前で名残惜しむぐらいの猶予は与えられていた。

 肉親は誰一人見送りに来ていない。職人と学匠に囲まれ、侍女と抱き合って涙を流す姿は隣国の兵士たちからは奇異に映っただろう。ボサボサの赤い頭、使用人に間違えられるほどの質素な装い。これから絢爛豪華な馬車に乗って、王弟に嫁ぐ姫にはとてもじゃないが見えない。呆気に取られる兵士たちの前で、ソフィアは残された時間を大切に過ごした。

 


 馬車に乗ってからはもう、涙を流さなかった。

 涙をひと拭いしたら、いつものソフィアに戻る。めそめそしていても仕方がない。これから新しい場所で貧乏姫だとイジメられるかもしれないが、心構えぐらいはしておこう。とりあえず、馬車の中を見回して、状況把握に努めることとした。

 馬車は外側だけでなく中も贅沢だった。カーテンから天井、座席までワインレッドのベルベッドに統一されている。その上質な生地に、植物をモチーフとした模様が金糸で細かく描かれていた。クッションもそう。座席はふかふかだし、下からは暖かい空気が流れてくる。


(この世界にもヒーターが!?)


 ソフィアは気になって、しゃがんでのぞきこんでしまった。座席の下は金網になっており、赤い光を放つ炭が見える。


(なーるほど。お婆ちゃんちのアンカの応用版かぁ)


 気になるのは防火対策だ。確認していたところ、


「ど、どうなさいましたか!?」


 上から声が聞こえた。起き上がると、荷物を運んでくれた短ヒゲの軍人が目を丸くしている。


「あっ、ああ……このような馬車に乗るのが初めてで、暖房装置が珍しかったんですの。見させていただいても、構いませんこと?」

「もうまもなく馬車は動き出しますので、お座りください」


 短ヒゲはソフィアの申し出を突っぱねた。だが、悪いと思ったのか、太い眉毛を下げる。肩を落とし、おとなしく座り直したソフィアに短ヒゲは優しい言葉をかけた。


「休憩を入れつつ、走らせますので止まった時にご覧になればよいでしょう」


 それまでよく見てなかったのだが、この短ヒゲはガタイがいい。格闘家のような体型をしていた。年齢は四十後半くらいか。精悍な顔つきをした(あご)割れイケオジである。そして、どうやらソフィアと同じ馬車に同乗するらしい。


(え? このオジサマと二人っきりで、何日も過ごすの!?)


「わたくし、奉迎団の団長を務めさせていただきますジモン・ジュリアス・フォン・ラシュルガーと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 ジモンはソフィアの動揺を察したようだ。コホンと咳払いした。


「何人か侍女の方をお連れすると想定しておりましたので、まさか二人きりとは思っておりませんでした。女性の同乗者を用意しておらず、申し訳ございません」

「いいえ、お気になさることではないわ」

「今からでも早馬で連絡を取り、呼び寄せることも可能ですが……」

「いえいえ。わたくしは一人で構いません。こちら側の都合でそちらにご迷惑をおかけしたくないですもの。どうかお気になさらず」


 そうは言っても、武闘派の体育会系オジサマと二人きりというのは居心地悪かった。オジサマのほうもそれは同じようで、時々咳払いしつつ目を泳がせるさまは気の毒でもある。無情にも馬車は走り始め、ソフィアは腹をくくるしかなくなった。

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