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6話 お婆ちゃんのぬくもり

 吹っ切れたとはいえ、侍女のルツとの別れはつらかった。就寝前、ソフィアはルツをベッドに呼び寄せた。


「ねぇ、ルツ。小さかったころみたいに一緒に寝ない?」


 普段、ルツはソフィアの部屋とつながる小部屋で就寝している。用事がある時、ソフィアは天井からつり下がるベルで呼んでいた。


 ルツはソフィアの提案に顔をほころばせた。皺くちゃの顔がもっと皺くちゃになって、梅干しみたいになる。


(あーー、梅干し食べたいなぁ)


 そんなことを思ってしまうのは、真綿でくるまれたように気持ちがポカポカするからだ。大きく成長したソフィアから見ると、ルツはだいぶ縮んでしまった。大人と子供ぐらいの差がある。このままどんどん小さくなって、消えてしまうんじゃないかっていう気もしてくる。


 その弱々しい体はソフィアの隣にピッタリ収まった。老人は低体温のイメージがあったが、意外と温かい。幼少期の思い出がまざまざと浮かび上がってきた。


 妹にイジメられた時、泣き止むまでずっと抱いていてくれたこと。裁縫や刺繍を教えてくれたこと。ソフィアは不器用で失敗ばかりしていた。ルツの手が震え始めたのは、いつからか。毎回、ソフィアが針の穴に糸を通してやるようになった。髪結いは昔から苦手だったから、手の震えはそこまで関係ないのかもしれない。


 ソフィアの服は全部ルツが仕立ててくれた。最近のデザインではないけれど、実用的で動きやすくシンプルなデザイン。ルシアや母はダサいとバカにするが、無駄がなく、着る人のことを一番に考えているのが伝わってくる。暗い色が多いのは、じつはソフィアのリクエストだった。明るい色を着ると、なにか言われる。パステルカラーも原色系も清らかな白も、いつしかまったく着なくなってしまった。


 ルツから漂ってくる粉っぽい甘い香りを吸い込んで、ソフィアは目を閉じた。老人特有の匂いだろう。ソフィアはこの匂いが好きだった。心が妙に落ち着くのだ。ルツのシワシワの手が伸びてきて、ソフィアの赤い髪を優しく撫でる。


「ソフィア様はブスではないですじゃ。ご自分で思っておられるより、ずっと美しくてあらせられます。もっと、自信を持ってくださっていいんですじゃ」


 ルシアに呼び出された時、部屋の前で待っていたから聞こえたのだろうか。こんなことを言う。ソフィアはまったく気にしていなかったのだが、婆は言われて悔しかったのかもしれない。


「ふふふ……別にわたくし、人からどう思われようが、気にはしませんわ。大切な人に良く思ってもらえたら、それで充分だもの」

「その心持ちですじゃ。婆は余計なことを申してしまいましたの」


 いつだってそうだった。両親に冷たくされても、妹に物を奪られても、ルツだけはソフィアの味方だった。このひどい世界でたった一人の家族。ソフィアを愛してくれる大切な人。


「あのね、ルツ。わたくし、おまえに黙っていたことがあるの」


 こんなことを話しても誰も信じないだろうが、ルツだけは信じてくれるとソフィアはわかっていた。なぜ、今ここで打ち明けるつもりになったのかというと、ただの自己満足。大好きな人に自分のすべてを受け入れてもらいたいという、ただのエゴである。エドに強がっていると言われたのは事実かもしれなかった。ソフィアは愛情に飢えていた。


「わたくしね、元はこの世界の住人ではないの。異世界から転生してきたのよ」


 ルツは真剣な顔で話を聞いている。やはり驚きもせず、そのままを受け止めてくれる。


「前世のことを思い出したのは、誕生日の直後だからまだ一年も経ってないわね。わたくしが物知りだったり、ここの住人と感覚がちがうのは、そのせいなのよ」


 ウンウンとうなずくルツの目は慈愛に満ちている。茶色い目は白濁しておらず、澄んでいた。


「なんで、お姫様なんかに転生しちゃったのかしら。前世のほうがよっぽどマシだったわ。たぶん、恵まれていたのに、多くを望みすぎて罰が当たったのね」

「そんなことはございません。ソフィア様がこの世界に生を受けたのには、必ず意味がございますじゃ。ソフィア様はこの世界を救う救世主になるやもしれませぬ」

「はははっ……まさか? わたくし、前世でも凡庸でつまらない人間だったわ。きっと、この世界でも同じ。お姫様だろうが、庶民だろうが同じように生きていくのよ」

「前の世界で持っていた知恵が役に立つこともありますじゃろう」

「どうかしら? わたくし、菓子メーカーの新商品開発チームにいたのよね……って、こんなこと言ってもわからないか。前世の知恵が役立ったのって、枯れた庭園を直したり……あっ! そうそう……城の菓子職人を助けたわよね?」

「そうです、そうですじゃ! とても、素晴らしい知恵でした!」


 フラン……エッグタルトに似た菓子だろうか。ビスケット台にシンプルなカスタードを入れて焼いただけの菓子だ。それに卵の殻が入っていたと、クビにされそうな菓子職人がいた。褐色の肌の……たしか、名前はエルマー。

 ルシアがヒステリックに怒り、追い出そうとしたのだ。そんな卵の殻ぐらいでと、かわいそうになったソフィアは助けてしまったのである。一週間後のお茶会で新作を五品出す。客に評価してもらい、おいしかったらクビにするのをやめてくれと約束させた。

 短い期限内、限られた材料で作らせるのは大変だったが、達成感はあった。菓子づくりを手伝うのは楽しいし、仕事人間だった前世を思い出す。ソフィアとエルマーは見事やりとげた。客の満足いく新作菓子を作り上げ、理不尽な解雇を回避したのである。


(あ、そうだ! この国にある材料でも作れるレシピをいくつか書いて、エルマーに渡しておこう)


 ソフィアはハタと起き上がって、チェストから便箋を出した。ベッドの横の脇机はメモ書きにちょうど良い。


 王族用の菓子なら高価な香辛料も使いたい放題だ。香辛料のたっぷり入ったスパイシークッキーや、薔薇風味のシロップでグレーズドした洋風かりんとうもヨシ。バウムクーヘンなんかもイケる。


(そうだ、バターがないからこまるのよ!)


 チーズケーキを作ろうにも、チーズもない。厨房にバターは置いてあることもあるが、非常に高価だ。この国の人たちは乳製品をそんなに食べない。ソフィアはお菓子作りの際、植物油をバターの代わりに使った。牛乳もバターと同じく、調理場に置いてあったりなかったり。それも、菓子ではなく料理用なので、簡単には譲ってもらえない。仕方がないから、水と木の実から搾った油などで代用した。


(バター、ヨーグルト、チーズ、この三点があるだけで幅が広がるんだけどなぁ)


 集中して書いていたのだろう。優しく見守るルツのことをすっかり忘れていた。夢中になると、周りが見えなくなってしまうのは昔からだ。


「あ、ルツ……ごめんなさい! これを書き終わったら、もう寝るわ」

「いいんです、いいんですじゃ。ソフィア様の好きなようになさりませ」


 十品ほど書いて、ソフィアは寝ることにした。すっかり夜も更けている。うつらうつらして待っていてくれたルツには申し訳ないことをした。なんだかんだ言っても、やっぱり仕事が好きだったんだなぁと再確認する。もし……そんなことは絶対に有り得ないのだが、前世に戻れたら、もうちょっと自分の身体を大事にしてあげようとソフィアは思った。死んでしまったら元も子もない。

 でも、最後に甘えられてよかった。


 大好きな婆やの腕に包まれて、ぐっすり眠った翌朝、隣国からの迎えが来ていた。

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