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51話 毒性

 移動中、ジモンに背負われたソフィアはずっと顔を伏せていた。

 マントの下はほぼ裸という恥ずかしい格好だ。わずかな時間差で我が身が汚れていたのかと思うと、羞恥と恐怖で人の顔を見られない。リヒャルトを心配する一方で、助けにきてくれなかったことを恨んだりもした。


 移動時間があったのは幸運だった。状況説明をされてもソフィアは即座に理解できず、いっそう混乱しただろう。塔の最上階へ着くころには、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


 同じ監禁部屋でも雲泥の差である。広さは地下独房の倍はあるし、ベッドには清潔な寝具が置かれている。掃除は間に合わなかったのか。埃っぽいが、雨戸を開ければ多少スッキリする。なにより、窓から城内を一望できるのが素晴らしかった。反対側の窓からは緑豊かな田園も見える。遮蔽物がないから、ソフィアの牧場あたりまで見渡せた。

 西端に建てられた塔の本来の目的は、訳ある貴人の幽閉ではないだろう。軍事目的だ。


「必要なものは、あとから持ってこさせましょう」


 ジモンはソフィアをベッドに座らせ、自身はひざまずいた。


 まだ安心はできない。看守たちが押しかけて来て、地下牢に連れ戻される可能性だってある。


「気持ちは落ち着かれましたか? お話ししても大丈夫でしょうか?」


 と聞かれて、うなずいたのは早計であった。ソフィアはまだ混乱していた。それでも聞きたかったのは異常事態に対して、論理(ロジック)が必要だったからだ。一時しのぎでも、納得できる理屈がほしかった。いまだ、夢の中にいるようなフワフワした状態である。


「国王陛下のことは看守から聞かれてます?……では、そこからご説明しますね。お茶会のあった晩、陛下は昏睡状態に陥られました。それまでお元気だったのに、突然倒れられたのです。召し上がったものが、つぶさに調べられました」

「そんな……陛下が……あんなにお元気だったのに……」


 そういえば、看守たちがソフィアを尋問する際、毒を盛ったのだの、暗殺だの言っていた。冷静であれば、状況ぐらい推察できただろう。ソフィアは国王の食べたものを懸命に思い出した。


「変わったものはアイスクリームぐらいでしたわ。アレルギー……過敏症ではなかったと思います。これまで何度か乳製品はお召し上がりになってますし……」

「他の方も同じものを召し上がっているのに、なんともなかったですしね。ですが、陛下のお席にあったナツメグが問題視されました」

「それは陛下が紅茶に入れてみたいと、ご自分でおっしゃって……あっ!」

「そうです。ナツメグには毒性があります。少量ではなんともありませんが、入れ過ぎると……」

「……でも、陛下はたくさん入れたりしませんわ。ただの香りづけですもの」

「もちろん、それが拘束される決定打となったわけではありません。悪いことは重なるもので、別のことが引き金となったのです」


 この先は心の準備が必要ということか。ジモンは言葉を切って、ソフィアの顔を確認した。内心ビクついていても、ポーカーフェイスはソフィアの十八番だ。平静を装って、ジモンの厳つい顔を見返す。ジモンは短い溜めのあと、衝撃発言をした。


「ソフィア様の母国、グーリンガムが宣戦布告したのです」


 そのあとに続く言葉は、耳へ入っていかなかった。ソフィアの脳内では同じ言葉が繰り返し再生される。


 グーリンガムガ宣戦布告シタ──


「このタイミングでの宣戦布告です。宰相セルペンスの一派は勢いづき、ソフィア様は容疑者として捕らえられることになってしまいました。ソフィア様を擁護され続けていたラングルト閣下には、接見禁止令が裁判所から出されたのです。そのうえ、共謀の疑いまでかけられ、二十四時間見張られるというありさまで……隙を見て、私にソフィア様の様子を確認するよう命じられた次第です」


 事情があってリヒャルトは助けに来られなかったと、それはなんとなくわかった。だが、事情などどうでもいい。生命を脅かすほどの危機に、彼が助けに来なかったという事実はソフィアを傷つけた。


 そして、懸念していたとおり、とうとうソフィアのせいで戦争が始まった。


「尋問されることになったのは、ソフィア様のお部屋から毒物が発見されたからです。お心当たりは?」

「そんなの、あるわけないでしょ!!」


 ソフィアはジモンを怒鳴りつけてしまった。目を見張るジモンに対し、次にかける言葉が見つからない。彼は命の恩人であり、大切な仲間だ。それなのに──


「ごめんなさい……ジモンさん……わたくし……」

「いいえ、お気になさらず。ソフィア様の気持ちが落ち着いてから、お話ししますので」


 ジモンの太眉が下がる。優しい。この人はとっても怖い人なのに、ソフィアにはすこぶる優しい。


 看守たちを殺したことは罪に問われないのだろうか? ソフィアを勝手に移動したことは? 裁判の行方次第で彼の立場は危うくなる。彼は地下牢からこの塔まで、ソフィアをおぶってくれた。かなりの距離だ。地下から上がって塔まで歩いて、また階段を上って……ここは塔の最上階。延々とソフィアを背負って上り続けていたのである。驚異的な身体能力もさることながら、献身的すぎる。ソフィアは、騎士として完璧なジモンに応えるべきだと思った。


「ジモンさん、まずはお礼を言わせて。あなたは暴行しようとしていた看守たちから、わたくしを救ってくれた。命の恩人よ。そして、ここまでわたくしを背負って運んでくれた。本当にありがとう。感謝しています」

「いえいえ」

「でもね、部屋には毒物なんて置いてあるはずがないの。誰かに陥れられたとしか……」

「そうですね。その可能性もあると思います。もちろん、私はソフィア様を疑ってはおりませんよ。ですが、誰かが毒物を置いた場合、違和感があると思うのです。兵士たちは、ソフィア様を連行した直後に室内を調べました。ソフィア様がお部屋にいらっしゃる時、すでに毒物が置かれていたか、兵士のなかに偽装した者がいたか……だと思います。連れて行かれる直前、なにか変わったことはありませんでしたか?」


 ジモンの言うことはもっともだ。しかし、自分の部屋に見知らぬ物、しかも毒物が置いてあって気づかぬはずがない。


(別に変わったものはなにも置かれてなかったわ。ルツもいるのだし異物があったら、すぐにわかるはずよ。やはり、誰かがわたくしを陥れようと……)


 あの時、リヒャルトがいない朝食をどうやって満喫するか、ソフィアは呑気に考えていた。目を通さねばならぬ書類が山とある。新作菓子のレシピ、工場の設計案、財務書類……ネイリーズ伯爵からも荷物が届いていた。たしか……


 そこまで思い出して、ソフィアはハッとした。


「どうされました? なにか思い出されましたか?」

「ジモンさん、バニラよ! ネイリーズ伯爵から、鉢植えのバニラの苗が届いていたの!」

「バニラ……とは?」

「香辛料よ。カカオと同じく発酵することで風味豊かになる。そのバニラの苗を試しに育ててみてくれって、届けられたの!」


 バニラは虫媒花(ちゅうばいか)──蜂などを介して受粉する。受粉がうまくいかず、国内生産ができないことに伯爵は頭を悩ませていた。輸入に頼るのでは、高価格で取引せざるを得ない。その現状を打破しようと、伯爵はソフィアを頼ってきたのだ。


「香辛料に毒性があるのですか?」

「ええ。食用に利用される種子は安全なんだけど、樹液には毒性があるの。触れると、皮膚炎を起こすわ。ちょっと()めただけでも、喉が腫れて呼吸困難になる」

「なるほど! 報告では兵士が毒を摂取して倒れたと聞いております。見知らぬ植物があったので、調べたのでしょう」

「わたくし、本当にツイてないのね」


 テーブルに置かれていたナツメグしかり。祖国からの宣戦布告ときて、バニラでトドメだ。

 あの陰険なセルペンスが、ただの偶然と片付けるわけがない。


(絶望的だわ)

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