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50話 尋問

 錠を外し、牢の中に男たちが入ってくる。ソフィアは恐ろしくて、彼らを直視することができなかった。屈強な男が四人もいると、狭い牢内は身動きできないほど窮屈になる。男たちは、ソフィアをカビ臭いベッドに無理やり座らせた。ベッドの前にズラリと並んだ男たちの足を見て、ソフィアは息を呑む。


 こういう場合、時代劇の世界だと、「ぶ、無礼者っっ!!」などと罵って、非力な抵抗をするものだが、ソフィアは言を発することすらできなかった。死ぬ覚悟があっても、どうすればいいかわからない。舌を噛み切って死ぬなんてことは、絶対に不可能だ。そもそも、舌を噛み切ったら、死ぬほど痛いだけで絶命できないだろう。


 ソフィアにできることは、なにもなかった。ともすれば、離れていきそうになる意識をつなぎ止めないでいることぐらいか。体と心を分離する。体は守れないから、そうやって心だけでも守る。離人症に近い状態だ。

 男たちの嘲りが遠くから聞こえてくる。


「これから尋問しまーす! 答えられねぇと、一枚ずつ脱がしていくから覚悟してくださいね?」

「顔上げろよ? ダイジョブかぁ?」

「心ここにあらずって感じだな、おい?」

「どーせ、閣下の前じゃ、下品に腰振るんだろ? 娼婦みてぇにさ?」

「閣下を骨抜きにしたテクで、オレたちのことも楽しませてくれよ?」


 顎に手を当てられ、無理やり顔を上げさせられる。ソフィアの顔を見た男たちは感嘆した。


「う、うつくしい……」

「そんじょそこらの女とはちげぇな! さすがは王族様だ! 気品がある!」


 誉めても、連中の視線はいやらしい。通常、彼らにとってソフィアは、見ることすら叶わない高貴な女性だ。住む世界がちがう。そんな女を好き勝手にできる状況は、彼らを興奮させたようだった。


「ほら、早く認めちまいな? 国王陛下に毒を盛ったのは、わたくしですって」

「ちゃんと認められたら、痛いことはしねぇよ。気持ちいいことはするかもしれねぇがな?……くくく」

「氷菓子に混ぜたんだろぉ?」

「もともと、暗殺目的で公爵と結婚したんだよな?」


 なにを言っても無反応なソフィアに、男たちは痺れを切らしたようだった。質問に答えられなければ、脱がす──とうとう、言ったとおりに実行し始めた。


「さあさあ、公爵夫人のストリップショーのはじまり、はじまりぃー!!」


 おちゃらけた口上を述べた男がまず、ソフィアのネグリジェを引き裂いた。寝起きを連行されたため、寝間着姿だ。リネンのネグリジェの下はシュミーズしかつけていない。この世界の女性はおおむねノーパンである。二枚剥がれたら素っ裸になる。

 薄い下着一枚となったソフィアに男たちは歓喜した。大げさにはやし立てられ、ソフィアの気はさらに遠のいた。


 だが、そこで彼らの動きは止まる。石の床を踏み鳴らす鉄靴の音が聞こえてきたのである。

 ソフィアの意識はとぎれた。


 

 気づいた時には、マントをかぶせられていた。生臭いにおいが鼻腔を刺激する。血のにおい?


「ソフィア様? お気づきになられましたか?」

「ジモンさん?」


 ソフィアの両肩をつかみ、揺さぶっていたのはケツ顎だった。


「はぁぁぁぁ……よかった、戻ってきてくださった……立てますか?……いや、私がお運びいたしましょう。背中におぶさってください」


 すんでのところで、ジモンが助けてくれたのか。軍人らしい角刈り、太眉と割れた顎。よく整えられた短髭……強面なのに、ソフィアの前だと間の抜けた表情をする。普段と変わらぬジモンを見て、ソフィアの魂は帰ってきた。


「わぁぁぁあああ!! ジモンさん!!」

「おおっと! ソフィア様、落ち着いてください。大丈夫です、もう大丈夫ですから!」


 ソフィアは思いっきり、ジモンに抱きついていた。慌てふためいたジモンはベッドに押し倒される。勢い余って、ソフィアの額がケツ顎に当たり、ジョリッと削られた。


「ソ、ソフィア様、あ、やめて……」

「痛ったぁ!!」


 女にとって肌は命である。硬い髭のせいで、擦り傷を作ってしまったかもしれない。ここまでせっかく無傷だったのに、こんなところで顔にケガを負うとは。

 起き上がってから、ソフィアは下着にマントを羽織っただけの状態だったと思い出した。これでは、ソフィアがケツ顎を犯そうとしている痴女ではないか。


「ジモンさん、ふざけてる場合じゃないでしょ?……リヒャルト様は!? リヒャルト様はご無事なの??」

「ご心配なく……閣下がソフィア様の様子を確認するようにと、命じられたのです。今、閣下もご自由には動けない身……詳しい話はここを出てから、いたしましょう」


 気を取り直して立ち上がろうとして、ソフィアはよろめいた。再度、ジモンに寄りかかる。まだ恐怖の余韻は残っていた。腰が抜けてしまい、立てないのだ。しかしながら、見栄を張るぐらいまでには回復していた。ソフィアは、なにごともなかったかのように振る舞った。

 

「ジモンさん、先ほどおっしゃったように、背中をお借りしてもよろしいかしら?」

「もちろん、よろこんで!」


 嬉々として背中を差し出すジモンにおぶさる。筋肉質な硬い背中が安心感を与えてくれる。これがリヒャルトだったら……とは、思わないようにした。


 筋骨たくましいジモンが立ち上がると、天井に手が届きそうだ。独房が小さな穴蔵に思えてくる。

 異常事態から抜けた直後で緩んでいた。視野が狭くなっていたことさえ、ソフィアは自覚していなかったのだ。それまでジモン以外は見えておらず、背景までは認識していなかったのである。


「あっ! ソフィア様、目を閉じてください!」


 ジモンの注意は遅すぎた。視界に飛び込んできたのは、喉を掻っ切られ、山なりに倒れる看守たちの姿だ。無惨な彼らの遺体が牢の奥を占領していたため、余計に狭く感じていた。足元は血の海。意識を取り戻した時に漂ってきた生臭さは、これだった。


「さあ、安全なところへ参りましょう」


 遺体のことなど、素知らぬ様子でジモンは言う。彼らが死のうが知ったことではない。自業自得の目にあった彼らを見て、いい気味だとも、かわいそうだとも、ソフィアは思わなかった。単に戦慄した。戦士とはこういうものかと。


 主を害そうとした者たちを斬ったあと、平気な顔で次の職務に移る。心乱すことなく、ジモンはソフィアを助けた。恐ろしいが、彼こそ紛うことなき戦士だ。

 たくましい背中にしがみつき、ソフィアはふたたび離れそうになる意識をなんとか保った。


「ちゃんと、つかまっていてくださいね、ソフィア様」

「ジモンさん、あなたはわたくしの騎士です。これからもずっと、わたくしを守って」


 ジモンは「また、閣下に嫉妬されてしまいます」と、豪快に笑った。

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