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47話 ソフィアを慕う人たち

 悪役が去り、大広間の騒ぎは少し収まった。

 なにも、ここまでする必要はなかったのでは──とソフィアは思ったが、口に出すのは(はばか)られた。これはすべてソフィアのためにされたことであり、リヒャルトの得意気な顔は感謝を待っている。


(でも……どうしましょう……わたくしのせいで、戦争がまた始まってしまったら……)


 理不尽な罪悪感に襲われ、大嫌いなルシアが消えても全然嬉しくなかった。ソフィアの(とが)を責める者もいる。まだ一人、残っていた悪役だ。


「公爵閣下、奥様と仲むつまじいのは結構ですが、お立場をご理解されてますでしょうか?」


 慇懃な言葉使いの裏で、リヒャルトの落ち度を探す。宰相セルペンスのねちっこい視線は、リヒャルトにまとわりついていた。


「もちろん、理解しているよ。ソフィアは私の妻であり王族だ。侮辱されたとあっては、黙っていられないだろう? 国の沽券に関わる。国の品位を落とされたのだと、私は考えたが?」

「夫人はもともと我が国の王族ではなく、グーリンガムの方です。私には他国の争いごとに口を出し、和解を決裂させたようにしか見えません」

「結婚したら、我が国の王族だ。妻を(そし)られ、資金援助などできるものか!」

「それは閣下の個人的感情かと。人の上に立つ者が個人の感情で動いたら、どうなるか。民は無駄な血を流すことになるでしょう……これ以上、お話ししても、平行線をたどるだけだと思いますので、口をつぐみますが」


 セルペンスはソフィアを一瞥してから、去っていった。

 常に人を嫌な気分にさせる天才だが、間違ったことは言ってなかった。罪悪感は重石となり、ソフィアの気持ちは沈んだ。リヒャルトの温かい指の感触が、わからなくなってくる。絡ませた指に力を入れられても、ソフィアは返さなかった。


「ソフィア、気に病むことはないよ。君はもう、リエーヴの公爵夫人なのだから」


 銀の目に恐れや迷いは微塵もなかった。まっすぐにソフィアだけを見つめている。そう、ソフィアだけを──彼に愛されることは罪深いこと。

 

 ソフィアのせいで人々は争いに巻き込まれ、命を落とすことになるかもしれない。近い未来に起こり得る悲劇が脳内を駆け巡り、ソフィアは戦慄した。それでも、彼の愛を突っぱねることができない。自分は大罪人だ。


 せめて、できることをしようと思ったのである。ささやかでも欺瞞と思われようとも、今、目の前にある問題を無心で片付けたい。とりあえず、大広間で手持ち無沙汰になった人々を、持ち場に戻してやらなくてはと、ソフィアは思った。


「皆様、お集まりくださり、ありがとうございました。わたくしの身内のことで大変なご迷惑をおかけしたこと、お詫びいたします。わたくしは特別優れているわけではなく、たまたま王族という身分に生まれてしまいました。さらには敵国から参った人間です。本来、国と国を友好に保つため遣わされた者。その責務を果たすどころか、争いの種をまいてしまい、申しわけなく思います。国王陛下や夫、皆様のご厚意により、この場にいられることを改めて感謝しております」


 ソフィアは声を張り上げ、謝辞を述べた。忙しい最中、ソフィアのことで集まってもらったのだから、当然だ。唖然とするリヒャルトを置いて、どうか元の仕事場にお戻りくださいませ、と頭を下げた。


「ラングルト夫人、お顔を上げてください」


 顔を上げると、見知った騎士たちが前にいた。全国を旅していた時、護衛として同行してくれた者たちである。


「夫人は帰城の際、雨の中、馬を走らせたことを詫びられました。覚えてらっしゃいますか?」


 ざわめいていた人々が、とたんに静まり返っている。騎士の言葉に耳を傾けているようだ。


「王家に仕える我々にとって、貴人の警護は仕事です。当たり前のことなのです。あのように詫びられ、感謝されたのは初めてのことでした」


 ソフィアからしたら、雨の中、付き合わせてしまったので詫びるのは当然だったのだが。


「手当てをくださるより、我々は(ねぎら)ってくださったことがなにより嬉しかったのですよ」


 この言葉を皮切りに静まっていた広間のあちこちから、ソヨソヨと声が聞こえてきた。


「いつも、お声をかけてくださる」

「お着替えを手伝うのは当然の職務なのに必ず『ありがとう』って、言ってくださるの」

「俺なんか、道を譲られそうになった」

「おいしかったとお伝えくださるので、励みになります!」


 どれもソフィアに関することで、好意的な内容だ。中にはひざまずく者もいた。


「ソフィア様、お許しください。悪口を真に受けて、友達に話してしまいました」

「気にしないで。嘘だとわかってくれればいいのです」


 どうも、こういう空気は気恥ずかしい。王族らしからぬ低姿勢が高評価されているようだ。自然に振る舞っていたつもりでも、彼らの目には殊勝に映るらしい。


 毎度のごとく、壁に同化していたルツがニュッと出てきて、ソフィアのそばに立った。


「やはり、ソフィア様を慕う者は多いですじゃ。お気づきではなかったが、グーリンガムでも慕われておりましたぞ」


 ルツは顔をしわくちゃにする。差し出した手には手紙が握られていた。


「カラスが返信を届けてくれましたのじゃ。気にされていた学匠の居所がつかめました。他にも何人か、グーリンガムを出たい者がおるそうです」


 手紙には懐かしい名前が記されてあった。皆、追いやられたり、解雇されたり、優秀にもかかわらず行き場をなくした人たちだ。彼らを受け入れるには、愛する旦那様の承諾が必要である。

 ソフィアが目で訴えれば、リヒャルトは微笑む。


「ソフィア、私は君のことを誇りに思うよ」


 暗雲晴れて、銀の月が輝く。沈んだ心はふたたび浮上し、ソフィアは胸を張った。



 ひと月後、グーリンガムから学匠だけでなく、菓子職人、庭師もやって来た。ソフィアは再会を喜び、リヒャルトは彼らを受け入れた。

 乳牛の数は当初の十倍になり、受注も倍以上増えた。嬉しいことに、たったのひと月で買い取った土地や牛にかかった資本金を売上が上回った。議会でも問題視されず。セルペンスの批判は退けられ、ソフィアは堂々と牧場経営を続けられることになったのである。


 悲しい別れもあった。

 不良農民ボドは遠隔地で牧場を始めることになった。ゼロからのスタートだから、まずは荒れ地に草を植えつけていることだろう。恋人のノアの胸中を思うと、いたたまれなくなる。

 

 リヒャルトは夫婦の時だけ横暴になり、ソフィアを朝ご飯が終わるまでベッドから出してくれなくなった。旦那様の溺愛から逃れ、いつものソフィアに切り替えるのは難しい。慣れるのにはまだ時間がかかりそうだ。

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