44話 お風呂
ベッドに押し倒されたあと、そのまま……というわけにはいかず、ソフィアたちは風呂に入った。
この世界で風呂というと、浴槽にお湯を張ったタイプと蒸し風呂の二種がある。ソフィアはスタンダードな浸かるほうの風呂を選んだ。風呂場はリヒャルトの寝室に併設されている。
猫足のホーロー風呂は前世でイメージされるような縦長ではなく、丸い。大容量のデブ猫だ。夫婦が入ることを想定してか、広さは充分にあった。それでも、高身長のソフィアは足を折って浸かる。
この風呂をソフィアはちょくちょく利用させてもらっていた。実家では部屋に大きなたらいを持ち込んで、冬は震えながら行水していたので、とてもありがたかったのだ。
風呂の用意を別にさせると、召使いたちの負担が増える……ということもあって、とうとう夫婦で入ることになった。しかし、平然と侍従が入ってきて、手伝いをしようとするのには閉口する。
同性の侍女たちに裸を見られるのならまだしも、リヒャルトの侍従は男である。王侯貴族に人権はないのかと、ソフィアは憤った。幸い、この件に関してはリヒャルトも共感してくれ、終わるまで外で待機してもらうことになった。
それでも、だ。カーテン一枚隔てた状態で、夫婦仲良くするのは難しい。リヒャルトの侍従とソフィアの侍女たちが呼ばれるのはまだかと、ほんの数メートル離れた位置で待ち構えているのである。愛の囁きや嬌声は丸聞こえだ。
思いきって服を脱いだあと、ソフィアは腕で大切なところをガードし、固まっていた。
このような環境に慣れているのか。リヒャルトは全然平気で、一糸まとわぬ姿のソフィアを誉めたりする。
「ソフィア、きれいだよ。手伝いを入れないのだから、私が身体を洗ってやろう」
などと、エロ全開で迫ってくる。ソフィアのほうは全裸のリヒャルトと対峙するのは初めてなので、まともに直視できない。
「ねぇ、あなた……恥ずかしいわ……どうか、察して……」
「なにをだ? 隅から隅まで洗ってあげるよ。さあ、おいで」
有無を言わせず、リヒャルトはソフィアをヒョイと抱き上げてしまった。じかに肌と肌が触れ合う感触は、服を着た状態とはちがう。体感したことのない硬い肉の感触に、ソフィアは震えた。
「寒いの? あったかい湯船だよ。ゆっくり入ろうね」
リヒャルトはおそるおそる、ソフィアを浴槽に沈めた。湯面には赤、ピンク、白の薔薇が浮かんでいる。体が隠れ、ソフィアは安堵した。
が、それも束の間、リヒャルトは石鹸を泡立て始める。本気でソフィアの体を洗うつもりらしい。
「待って、あなた。二人きりになるまで、わたくしの体に触れることは許しません」
「えっ! なんで? 今、二人きりじゃないか?」
鈍感すぎる。ほうっおいたら、このまま合体まで行ってしまいそうである。
会話を聞かれたくないソフィアはにじりより、リヒャルトの首に手を回した。耳に口が触れるくらいの距離で、嫌な理由を言う。
「んん……ソフィア、君は恥じらいながらも、なんて大胆なんだ! 君の大事なところが、全部私に当たっている!」
「お願いだから、黙って! 大きな声でそれ言うのやめて!」
裸のソフィアが抱きついたことで、聞いた内容がリセットされてしまったようだった。リヒャルトは遠慮なしに、ソフィアの体に泡を滑らせた。
「ひぁっ……り、リヒャルト様、や、やめて……そんなところ、さわらないでくださいっっ!!」
「声を聞かれるのが恥ずかしいと言ったね? ならば、口をふさいであげよう」
エロ大魔王となったリヒャルトはソフィアの体を洗う間、キスをしてきた。こんなことをされては、ソフィアの理性も吹き飛ぶ。全身ヌルヌルで、もうなにがなんだか……
「君が私の耳を刺激するからいけないんだ。罰としてこうしてやる!」
「あっ! ああん……いや」
「これぐらいで、声を出してしまうか? これから、もっと、もーっと、気持ちよくしてやるからな!」
完全にエロ大魔王の天下となってしまった。普段と主導権が逆転している。恥じらえば恥じらうほど、ソフィアの身体はほてる。カーテンの向こうで聞き耳を立てられているから、いっそう意識してしまう。
自分の体がどうにかなってしまうまえに、ソフィアはリヒャルトの体に触れた。リヒャルトはソフィアより、さらに感度が良かったらしい。
「く、くすぐったい!! ははは……ソフィア、やめてくれ!……くくく」
「やめません。わたくしを辱めた罰です。思い知りなさい」
湯しぶきが派手に上がる。妖しい雰囲気は湯気と共に飛び散った。猛烈なくすぐり地獄にリヒャルトは悶え、バッシャンバッシャン、湯面を叩く。危うく溺れそうになった。
「ゴボッ、ゴボッ……ソフィア、殺す気か!」
「閣下!! なにごとでしょうかっ!!」
あんまり騒いだものだから、外で待っていた侍従が入ってきた。ソフィアが悲鳴をあげる番だ。
そのあとはもう、大変だった。
ソフィアはとっさに腕で身体を隠したのだが、見たのではないかとリヒャルトは激怒した。かわいそうに、なにも悪くない侍従は泣きそうになっていた。
だが、風呂場での騒動はほどよく緊張をほぐしてくれたのである。ドタバタした後は、ベッドで落ち着いた。今度こそ本当に二人きりだ。
裸でのコミュニケーションという高難易度のイベントをクリアーした。あとはもう、突っ走るしかない。
長い長いキスをしてから、リヒャルトはソフィアに触れた。最初はビクビクと、だんだんと大胆になっていく。ソフィアもリヒャルトに触れる。指先から足のつま先に至るまで、彼のすべてが愛おしかった。
赤と銀、絡み合い溶けて混ざる。リヒャルトと一つになった時、思っていたほど痛みはなかった。問題はそのあとだ。快楽に溺れたリヒャルトは抑制が利かなくなった。ソフィアは叫び、リヒャルトの背に赤い爪痕を残す。シーツは血で汚れた。
愛し合うというのは、かくも残酷で甘美なもの。