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41話 不良農民、一念発起する

 新しい牛舎は干し草の香りがする。舎内が清潔に保たれている証拠だ。たくさんの窓が陽光を受け入れ、換気してくれていた。放牧地を自由に歩き回る牛たちも、生き生きしている。


 牧場に到着したソフィアはまず、牛の状態を確認したかった。その間、ボドとジモンがノアに事情を説明する。ボドのせいで、ノアとの二ヵ月ぶりの再会が邪魔されてしまった。

 衛兵に連れていかれたのを聞いていたのだろう。目を真っ赤に泣きはらし、ノアはボドに抱きついた。前髪をちょんまげみたいに高くまとめあげるポンパドールスタイルは相変わらずギャルっぽい。その癖のある髪を振り乱し、ボドの胸を叩いて罵倒するものだから、ボドは涙目になっていた。


「ソフィア様、ありがとうごぜぇます……こんの大バカのせいで、ご迷惑を……」

「気にしないで。わたくしのほうこそ、留守を守ってくれてありがとう。その件については本人から詳しい話を聞いて。わたくしとは、あとで話しましょ。まずは牛さんたちの確認をしないと」


 再会の喜びはボドに譲るとして、ソフィアは仕事モードに入った。牛たちの管理は百点満点だ。ルツのオカリナで躾けたのもあって、簡易柵で囲われたフィールド内から出ずにいる。

 見張りの狼犬もソフィアのことを覚えていてくれた。ソフィアが挨拶すると、「くぅん」と鼻をくっつけてくる。クールな蒼銀の目と銀の毛は、リヒャルトを思い出してしまう。見た目に反して甘えっこなところも一緒だ。だが、呑気にほころびている場合でもないので、かわいい狼犬とたわむれるのはほどほどにした。


 ソフィアは牧草地、放牧予定地を馬で回った。ライ麦の芽も出ているし、牧草も成長している。どの区画も荒れ地から転じて、生命の息吹きを感じさせた。

 気になる点は一つ。放牧中の牛の糞が放置されている。そのままでも肥しになるのだが、牛が周りの草を嫌がって食べない。牛糞は剥げてしまった区画にまとめて散布し、その上に(わら)を敷くようソフィアは指導した。藁は発酵を促す。

 乳牛の数は五頭から十頭に増えていた。他の牧場から何頭か譲ってもらったのである。育成中の乳牛もいるし、これからもっと増えるだろう。

 貴族の邸宅、または城に届ける量は、一回につき一リットル瓶を十~三十ほど。スタートの配送ペースは週一にする。この量はだいたい牛一頭が、一日に出す生乳の量と合致する。受注はニ十件ぐらいだから……


「うん、全然間に合うわね。これからもっと注文量が増えていくから、乳牛を増やしていかないとダメだけど……そうそう、発注した瓶は届いている?」


 全国ツアーへ行くまえ、ガラス職人に瓶を作らせていた。今のところ、三軒くらいに頼んでいる。瓶は使い回すにしても、そのうち個人経営の取引先では間に合わなくなる。


(瓶の消毒もしないといけないし、あああーーーー、人手が足りない!!)


 なんでも手作業だから、とにかく人手がいるのだ。耕作地を放棄した農民の雇用で当面はなんとかなるにしても、そのうち人事を担当する部門が必要になるかもしれない。

 ソフィアは届いた牛乳瓶を確認してから、ノアの家へ戻った。



 ノアの気持ちはだいぶ落ち着いたようだった。受注の件数を伝えると、ハイテンションに飛び上がって喜ぶ。これからが大変になるから喜んでばかりもいられないのだが、ソフィアもつられて嬉しくなってしまった。


「やったっすね!! さすが、ソフィア様!! 行商人を通じて、ソフィア様の噂はこっちまで届いてますよ! なんでも赤牛夫人(マダムルーファスクー)って、呼ばれてるそうで!」

「慕ってくれるのは嬉しいわね。これから本格的に始動するので、気を引き締めないとだけど」

「あっ! そのブローチ、閣下からのプレゼントっすか? かわいいい!!」


 闘牛のブローチに気づいたノアは大絶賛する。ソフィアは少々照れた。照れ隠しも兼ねて、本題に入る。


「……で、ボドの件だけど、わたくし、ただで助けるつもりはないのよね。ノアには申しわけないのだけど……」

「当然っすよ! このバカがやったことっす。責任は自分でとらせねぇと!」


 ボドはひしゃげている。ノア強し。


「捕まった時に衛兵が家の中まで入ってきて、土地の権利書なんかも持っていってしまったっす。当分はこの牧場で働かせていただけたらと……」

「土地はわたくしのほうで取り戻させましょう。でもね、わたくしの管理下に置かせてほしいの。というのも……」


 ソフィアはここで言葉を切った。不安そうな面持ちのノアに、たんまり叱られて放心状態のボド。ジモンはあくびをしそうになっている。

 重大な発表をするには緊張感がいまいち足りないが、


「遠隔地の農場へ行ってもらい、新たに牧場を始めてもらいたいのです」


 ソフィアは言い切った。ジモンはあくびを飲み込み、ノアとボドは目をパチクリさせている。


「配送可能地域には限界があるわ。遠隔地で販売するには、別の拠点が必要なのよ」

「そんな大役……ボドに?」

「あ、これはただの提案よ? 本人が無理なら、しばらくうちの牧場で働いてもらいましょう」

「えっと……あんまり急なことで、アタシもなんて答えたものか……」

「一日ぐらいで決めてもらえるかしら? わたくし、すぐにでも土地を購入して話を進めたいの」


 ノアは帰ってきたボドとの別れを想定していなかったのだろう。複雑な表情を浮かべている。しかしながら、放火犯をかばって捕まったボドは、村八分になる懸念がある。ボドが放火犯だと誤認されている可能性もあった。新天地でやり直したほうが、本人にとってはいいかもしれない。


 返答は翌日聞くつもりで、ソフィアは立ち上がった。


「ま、待ってくれ! オレはその話、受けたい!」


 間の抜けた顔をしたボドに、考える力は残っていたのか。不意に決意を聞かされて、ソフィアは驚いてしまった。


「ノア、いいだろうか? こんなオレにも、一からやり直す機会がもらえたんだ。試してみてぇんだよ、自分の力を」


 ノアは目を伏せる。ボドと別れたくないのはわかる。だが、ボドのためには、その決断が正しい気もしているのだろう。心の中で、ものすごく葛藤しているのがうかがえた。


「ボドさん、生半可な気持ちじゃ成し遂げられないと思うわ。覚悟はできてる?」

「ああ、本気でやりたいと思ってる……思って、ます」

「もう二度と失敗は許しませんからね?」


 ボドはうなずいた。いい面構えだ。ひねくれ者の不良は男の顔になった。ノアのためにがんばりたいのだと思われる。やる気さえあれば、あとは背中を押すだけだ。


「ノアのことはちゃんと説得する。経営がうまくいったら、ノアを呼び寄せてもいいですか?」

「ノアを奪われるのは、わたくしとしても痛手ですが、よろしいでしょう」


 ノアには一晩、考える時間を与えることにした。彼女にはつらい選択を迫られる。


「ボドさん、ただのバカじゃなくて、気骨のあるところを見せてくださいね」


 ソフィアが去る前に残した一言で、ボドの背筋がスッと伸びた。

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