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40話 不良農民を助ける

 ソフィアがボドと出会った時の第一印象はガラが悪い、粗暴、不良である。正直、そばにジモンがいなければ怖かったし、絶対に近寄りたくないタイプだった。日焼けして痛んだ髪と褐色の肌は彼の暴力性を際立たせる。王族のソフィアに対しても、ぞんざいな物言いをする態度は稀有であった。


「こ、ここを出るって、なにを寝ぼけたことを言ってやがる。オレは放火犯を逃がしたんだぞ?」


 急に牢から出されると聞いて、ボドは狼狽している。こういう時に知り合いのよしみで助けてくれと、泣きつかないところがボドらしいところだ。鉄格子で隔てられたほんの一メートル先にボドはいる。ソフィアはボドの反応を楽しむことにした。隣で同じく狼狽中のジモンに声をかける。


「ジモンさん、こういう囚人の処遇を決めるのって、どなたになるんでしょう? 法務大臣?」

「身分の高い囚人であれば、法務大臣が法執行の権限を持ちますが、平民に関しては、捕えた兵隊長に委ねられています。本人が主犯でなくても逃がしたとあらば、縛り首になる可能性は高いですね」

「はぁーーー……この世界では平民に人権すら与えられていないのですね……よし! ならば、わたくしが衛兵隊長に直談判しましょう」


「待てよ! どうしてオレにそこまで構おうとするんだ!?」


 ひねくれ者のボドは、助けてくれてラッキー……とはならないようだ。めちゃくちゃ険しい顔でソフィアをにらんでくる。彼は人権すら持たない農民に生まれても、思考を停止してヘイコラ従うのではなく、強い自我を持っている。


「ボドさん、最初にあなたと会った時、この人は王侯貴族に強い憎しみを抱いているのか、ただのバカなのか、どっちだろうって思ったの」

「憎しみは持ってんな。テメェら貴族は民のことなんざ考えもせず、自分らの利益のために戦争する。オレの両親は戦争の犠牲になった。父親は戦死だし、母親は占領地で兵士に殺された。両親を亡くしたオレは流れてきたのさ」


「あなたは焼き畑で収穫高を上げ、たくさんの貨幣税を納めることで自分の土地を得た。でも、そのあと不作となっても、土地を手放したりはしなかった。あなたのような方法で土地を得た人はだいたい、土地が痩せてくると手放すのよ。そして、ふたたび森を焼こうとする」

「せっかく手に入れた自分の土地だ。なんとかしてぇって、思うだろ。ただ、それだけだ」


 ソフィアの開いた勉強会にボドは出席していたし、堆肥の作り方にも意見してくれた。

 当初、農民は穴に溜めただけの人糞を堆肥として使っていた。夏場は溜めもせず、そのまま撒いたりもする。分解が進んでいない人糞は堆肥としては不完全なうえ、不衛生でもあった。

 良い堆肥とするためには、うまく発酵させる必要がある。ただ、溜めるのではなく、藁や米ぬか、籾殻などを混ぜ込む。だが、この世界ではパンが主食のため、発酵を促進させる米ぬかが手に入らない。ボドは野菜くずや茶葉を入れてみてはどうかと提案してくれた。野菜くずも雑草と同じく、堆肥化すれば有効利用できるが、そのままでは始末に困る。大きいクズは下に敷き、細かいものは人糞に混ぜ込んでみた。そして、藁や雑草を積み重ね踏みつけ、水分を出す。定期的に混ぜ込んで、二ヶ月で堆肥となった。


 ボドは堆肥作りも精力的に取り組んだ。態度や振る舞いは不真面目でも、農業には真面目に取り組んでいたのだ。それは間違いない。


「あなたっていう人は、ほんっ……とうにバカですね。真っ当に努力していたのに、情ですか? 友達を助けるために全部ふいにしてしまう」

「うっせぇよ! こういう性分なんだ。しょうがねぇだろ!!」

「じゃあ、今ここで死ぬのを選ぶか、その命をノアに捧げるか、選びなさい」


 ノアと聞いて、ボドはひるんだ。この不良はノアのことが大好きなのである。ノアの前だと、牙を抜かれた子犬になる。その点はリヒャルトと似ていた。普段は彼女の尻に敷かれるダメ彼氏だ。たぶん、悩んでいる内容は……ここで助けられても、逆にノアを困らせるのではないか、ということ。


「ノアはわたくしの牧場の大切な仲間です。あなたが縛り首になろうが知りませんけど、ノアにつらい思いはさせたくありません。わたくしも時間がないので、十秒以内で決めてくださいね? 一、二、三、四……六七八……」


「わーった! わかったよ! 助けてくれ! ぉねがい……します」

「聞こえませんでしたけど?」

「チッ……お願いします! 助けてください!!」

「よろしい。では、ジモンさん、衛兵隊長のところへ案内してください」



 警邏から帰ってきて、兵舎に戻ろうとしている衛兵隊長をソフィアは直撃した。彼らの仕事は王城、王都、国有地の見回りである。見た目で威圧するためもあるのだろう。王家の紋の入った甲冑が凛々しい。揃いの甲冑に、隊長だけが兜に大きな羽根をつけている。


 突然現れた公爵夫人に衛兵隊長は仰天した。ソフィアは相手がひるんでいる隙に先攻する。ボドは自領の農民で放火犯ではない、捕らえられたのは誤解だから開放してほしいと、一気にまくしたてた。


 これはレディステラから学んだやり方である。ステラは温和に見えて、ときおりグワッと牙を剥く。仕立屋や職人にたいしては高レベルの要求をしていた。彼女は上客でもあり、厄介な客でもある。

 このやり方により、衛兵隊長からの反論はほとんどなく、ソフィアは容易に牢の鍵をゲットできた。

 少々引き気味のジモンを伴い、牢へと戻る。


「こういう時、だいたい金で解決するのですがね。さすがはソフィア様です。おみそれしました」

「なによ、それ? 誉めてらっしゃるの?」


 我ながら怖いもの知らずだ。解放されたボドは、夢から覚めたような顔をしている。ソフィアが促すと、足を引きずって歩いた。どうやらケガをしているのは顔だけではないようだ。


「スネをやられて……クッソ……」

「とりあえず、傷の手当てをしましょう」


 ボドは意外そうな顔でソフィアの顔を見る。ただの農民の自分にどうしてそこまでしてくれるのか、理解できないのだろう。


「どうして、オレなんかのために……みたいな顔をするのはおやめなさい。これから働いてもらうのに、傷が膿んだりしたら困るから助けるのです」       


 ジモンの話では見張り塔の下が兵士の詰所となっていて、医療品があるとのこと。牢から歩いて数分だ。


 向かう途中、なにをさせるつもりなのかとボドに尋ねられたが、ソフィアは答えなかった。話すのは牧場へ行ってからだ。ノアの前で決断してもらおう。

 冷たい態度は、逆にボドを安心させたようだった。こういうあまのじゃくは、親切な人を疑う。優しくされると、裏があるのではないか不安になるのだ。それでいいとソフィアは思う。彼を助けたのは同情などではなく、ビジネスなのだから。


 ボドの顔からはだんだんと険しさがなくなっていき、詰所に着いて傷の手当てをし終わるころには、すっかり丸くなっていた。


 傷の手当てを誰がしたか? ソフィアではない。命を救い、傷ついた身体を癒してくれる聖女にボドが惚れる……という展開にはならなかった。

 ソフィアはまず、ジモンにボドの身体検査を頼んだ。見える所以外にケガはないか、むさ苦しいケツ顎に詳しく調べてもらう。それはもう入念に。そして、剛毛の生えたジモンの手で手当てしてもらった。


 助けたは助けたが、サービスは不要だ。ソフィアの柔らかい手はリヒャルトだけのものである。

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