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4話 クズ男

 たいした荷物もないので、ソフィアの荷造りはあっという間に終わってしまった。ルツはまだ帰ってこない。他にやることは……もう一度、飾り気のない部屋を見回したところ、トントン、ドアをノックされた。ルツが帰ってきたのだと思い、ソフィアが「どうぞ」と声をかけると現れたのは意外な人物だった。


「やあ、ソフィア。国を出る準備は進んでいるかい?」


 部屋に入ってきたのは元婚約者のエドアルドだった。エドは部屋をグルっと眺めてから、許可も得ずにソフィアの真横、ベッドに腰掛けた。いったい、なにをしに来たのか……


「荷物をまとめてしまったからかな? 殺風景な部屋だね」


(いや、もともとですけど……)


 エドがソフィアの部屋に来るなど、初めてのことである。どういう風の吹き回しか。この金髪ボクちゃんは妹とデキてしまい、一方的にソフィアを捨てたはずでは? そのせいで、ソフィアは敵国に人質として差し出されることになったのだが、わかっているのだろうか。平然と人のパーソナルスペースに上がりこむこの図々しさよ。


 エドがにじり寄ってニ十センチほどあった距離を詰めてきたので、ソフィアはベッドの端に避難した。不信感満載でソフィアが凝視していたため、エドはひるんだようだった。


「う……君は相変わらず、かわいげがないなぁ。顔立ちは悪くないんだから、もっとにこやかにしなよ? そうすれば、僕だってルシアの誘惑に乗らなかったさ。君は本当に愛想がない」


 危害を加えてきたほうに責められるとは、ソフィアは開いた口が塞がらない。裏切ったのはソフィアの責任だと言いたいのか。そういえば、エドからの謝罪は一度もない。


「結果、君との婚約を解消することになってしまったけど、僕は君のことを別に嫌ってはいなかったからね? ほら、暗くて近寄りがたい雰囲気はあるけど、女性としてそこまで魅力がないわけでもないしね? ルシアほど大きくはないけど胸の形は悪くなさそうだし、ほっそりしていてスタイルもいい」


 これは褒めているのか、けなしているのか。ソフィアはいっそう困惑した。今さら弁解されても困るだけだ。こちらは吹っ切れているのだから、どうか放っておいてほしい。ソフィアが黙っているのをいいことに、エドの独白は続いた。


「ルシアはかわいいし、胸も大きいだろう。あの胸を押し付けられて、迫られてはどんな男だって落とされるよ。僕が特別ひどい人間というわけではないんだ。男だからしようがないことなんだよ」

「別に責める気もないわ。いちいち言い訳しなくていい」


 ソフィアがやっと口を開くと、エドは青い目を細くした。


「強がらなくてもいいよ。いつもそういう素っ気ない態度だから、君はそんなに僕のことを好いてないと思っていたけど、あの時わかったんだ」

「あの時?」

「婚約を白紙に戻すと陛下から伝えられた時、ショックを受けていただろう? ブルブル肩を震わせてさ。今にも泣き出しそうで……あんな君の姿を見たのは初めてだったから僕も驚いた。本当は君、僕のことを愛してくれていたんだなぁって思って……僕だって、君のことを好きだったんだよ?」


 この期に及んで何を言っているのか。動揺していた姿を見られていたのかと、ソフィアは穴があったら入りたい気持ちになった。普段、感情をあまり表に出さない朴念仁だから、クールに見えていたのかもしれない。しかし、隣国行きはとうに決まっているし、この段階でゴチャゴチャ言っても修正は不可能だ。そういうことはもっと早く……


「最後に思い出を作らないか?」

「は!?」


 エドはとんでもないことを言い出した。ソフィアは目をパチパチさせ、エドの女みたいな顔を確認した。整ってはいる。だが、以前のようにときめかないのはなぜか?

 エドの表情は……なんというか、真面目とか真剣な感じではなく下卑た雰囲気がにじんでいた。視線もソフィアの目に合わせるのではなく、胸元や腰あたりを這っている。その目つきにソフィアは心当たりがあった。


(そうだ! あのセクハラオヤジ!!)


 前世でセクハラしてきた上司の目つきにそっくりなのである。たしか、他の女性社員と一緒に直訴して移動してもらった。もめにもめて、業務にまで支障をきたした苦い思い出だ。あの時、セクハラオヤジは被害者であるソフィアを「自意識過剰のブス」と罵ってきたっけ……かたや脂ぎった中年オヤジ、かたや金髪ブルーアイズのイケメンでもイヤラシい目つきというのは同じだ。思い出したところで、ソフィアは押し倒された。


「なにをするの! や、やめて!!」

「僕のことが好きなんだから、別に構わないだろう? もったいぶるなよ」

「わ、わたくし、これから嫁ぐ身なの! 結婚前に別の男性とそういうこと……」

「お堅いなぁ……だから、好かれないんだよ。ルシアは自分のほうから誘ってきたよ?」


 男の力は女のそれとはまったくちがう。両肩を押さえられ、胸に顔をうずめられてしまった。ソフィアは足をバタバタするぐらいしか抵抗できない。恐ろしいし、気持ち悪いし、あまりにも屈辱的で涙が出てきた。


「ルシアってば、最初は毎日のようにヤラせてくれたんだけど、僕との結婚が決まったとたん、そんなにさせてくれないんだ。他に男がいるんじゃないかって、不安もある。君はまだ処女だろう? 僕が教えてあげるから大丈夫だよ、ほら……」


 キスをされそうになり、ソフィアは顔をそむけた。助けを呼ぼうにも声が出ない。出たところで助けが来る保障はないが、ソフィアはもがいた。この状況は金縛り状態で悪霊に襲われるのと似ている。心は悲痛な叫びをあげているのに、押さえつけられた体はほとんど動かせないのだ。

 前世でセクハラされたといっても、尻を触られるぐらいだった。エドは股間をグイグイ押し付けてくる。生理的嫌悪が押し寄せてきて、ソフィアは吐きそうになった。手が胸へ伸びてくる。このまま最低男の性欲処理に使われ、汚される運命なのか。

 ゾワゾワッと鳥肌が立った時、バタン!とドアを開ける音がした。


「今、取り込み中だ!!」

「申し訳ございません。ノックしても、答えがなかったものですからの……」


 ルツだった。エドが起き上がって、怒鳴った隙にソフィアは逃れることができた。ルツのもとへ、顔も髪もグチャグチャなまま走る。


「おやおや、ソフィア様、どうなさいました? お召し物が乱れてございますのぅ。婆が直して差し上げますので、そこに腰掛けてくださいませ」


 高身長のソフィアが抱き着くと、ルツはよろめきながらも優しく声をかけた。うしろでチッと舌打ちする音が聞こえる。ルツは小さな体を震わせ、凛とした声を出した。


「エドアルド様、姫様はお加減が悪うございます。どうか、今日のところはお引き取りいただけないですかのぅ?」


 エドアルドは着衣を直しつつ、尊大な態度を崩さないまま出て行った。

 ソフィアはギリギリで助けられたのである。姫を守るはずの貴公子がレイプ魔で、ヨレヨレの老婆が救世主だった。

 ドアが乱暴に閉められたあと、ソフィアの緊張は解け、崩れ落ちそうになった。ルツの老いた体では支えきれず、一緒に倒れてしまいそうになる。ソフィアたちは床にしゃがみこんだ。


「ソフィア様、すまなんだ。婆が不甲斐なしのために、怖い目に合わせてしまいましたのぅ……」

「うう……ルツ……助けてくれてありがとう。わたくしのほうこそ、ごめんなさい。迷惑をかけてしまってごめんなさい……」


 泣きじゃくるソフィアをルツは優しく抱きしめる。このルツと、もうお別れかと思うとソフィアの胸は張り裂けそうになった。

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