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34話 晩餐会、地獄絵図

 ケツ顎……騎士団長ジモンの話だと、放火犯人はまだ捕まっていないとのことだった。山が丸ごと焼けてしまったというから、被害は甚大だ。人的被害がなくとも、森林資源は失われた。

 犯人の目的は焼き畑目的かもしれなかった。というのも、何度か同じような事例があり、火事の跡地はたいてい耕作地へと変わるそうなのだ。そうなると、やはり近隣の農民が疑わしくなってくる。

 ジモンいわく、焼き畑を禁止しても、こういう放火犯はあとを絶たないという。


「厳罰化すべきでしょうな。もっと厳しく取り締まれば、出てこなくなるでしょう」


 犯人が捕まったら教えるようにと告げて、ソフィアは騎士団本部をあとにした。久しぶりだし、ジモンと話したい気持ちもあったのだが、用が済んだらとっとと退出した。なんだか頭がぼぅっとして、くたびれていたのである。ジモンがしきりにソフィアの体調を気にしてくるのも、鬱陶しかった。たしかに顔がほてるし、くしゃみは出る。だが、この程度の風邪は何度か経験しているから、大丈夫だ。


 帰城してから、妙なテンションだった。いろんなことが起こり過ぎて、ソフィアは混乱していたのかもしれない。愛する旦那様とまだ、ちゃんと話してもいなかった。本当は抱きしめられたかったし、キスもいっぱいしたかった。そのために雨の中、無理をして帰ってきたのだ。蛇の目つきのセルペンスと喧嘩をするために、帰ってきたのではない。


 ルシアのことで瀕死のダメージを負い、エドアルドに不快な思いをさせられ、悪宰相セルペンスにトドメを刺された。その後、ゾンビのごとく復活し、ジモンから放火の件を聴取するに至ったというわけだ。

 自室に戻ったソフィアはベッドに突っ伏し、意識を失うように眠った。


 起こされたのは、晩餐の少し前だ。

 「少しぐらい遅れたって、構いませんですじゃ」とルツは言うが、ソフィアは最低限の身だしなみだけ整えて行くことにした。髪はシンプルにする。編み込みはせず、サイドを軽くねじって低い位置でまとめてもらった。ドレスも動きやすく、着付けが簡単な装飾の少ない黒。レディステラが教えてくれたように、大ぶりのエメラルドのネックレスでアクセントをつけた。仕上げにルツ特製の宵色のショールを羽織る。喉が痛いのは我慢だ。


 忙しい旅の最中、少しずつ針を刺した刺繍のハンカチはルツに持たせる。きっと、リヒャルトは喜んでくれるだろう。



 晩餐の席次は最悪だった。

 到着したばかりのレディステラと駆けつけてくれたネイリーズ伯爵に会えたのは良しとして、悪宰相セルペンスとエドアルドがソフィアの真ん前に向かい合って座っているのである。長テーブルの両端にリヒャルトとソフィアが座るという謎ルールはいつものことだが、リヒャルトの周りには女性陣、ソフィアのほうは男性陣が座るという地獄絵図だ。リヒャルトのすぐ左手にはルシア、右手にセルペンス夫人と座り、その隣にステラ、ケツ顎ジモンの奥様が向かい合う。

 ソフィアとしては、奥に座っているジモン、ネイリーズ伯爵をセルペンス、エドアルドのコンビと交換してほしかった。


(神様、お願い。両手にイケメンと贅沢はいいません。わたくしは両手にケツ顎とハンプティダンプティで構わないのです。だから、せめて悪役宰相とレイパーをわたくしから遠ざけて……)


 切なる願いは聞き届けられなかった。

 ピンクのド派手なドレスを着て、盛った金髪を花や宝石で飾りたてたルシアは、リヒャルトのすぐ近くで楽しそうな笑い声を立てる。ソフィアは陰気なセルペンスと、いやらしい視線を浴びせてくるエドアルドに耐えなければならなかった。


「ソフィア、君はホントに綺麗になったね! 色香がこちらにまで漂ってくるようだよ!」


 そういうエドアルドはソフィアの胸元に視線を這わせてくる。ルツ製ショールを食事中、羽織るわけにいかず、ソフィアは寒いのを我慢して脱いでいた。


(もう……胸元をレースで覆っているドレスを選べばよかったわ)


 助けを求めてジモンを見ると、嬉々として、


「ソフィア様は美しくなられましたよ! 公爵閣下がヤキモチを焼かれるのも、わかります。ライ麦パンの件をいまだに根に持って、ことあるごとに持ち出されるんですよ? 閣下のような温室育ちの方が、単調な作業の脱穀やパン生地作りに耐えられるとは思えないんですがね、ハハハハッ……」


 などと、リヒャルトから離れているのをいいことに、いらんことを言う。いや、あなた文句タラタラで脱穀していたでしょうが……という心の声をソフィアは引きつった笑顔に変換した。しかし、ケツ顎は気づかず、仔鹿のローストを頬張っている。油断していたせいで、意地の悪い蛇の視線に捉われた。


「男性を虜にするのがお得意なようで……」


 セルペンスにイヤミを言われてしまった。

 胃がムカムカしてきて、ソフィアは吐き気をこらえた。食べずに、ワインばかり飲んでいるせいかもしれない。唯一の救いはハンプティダンプティ、ネイリーズ伯爵である。


「ソフィアちゃん、頬が赤いけど大丈夫? 雨の中、無理をして帰ってきたのだろう? ステラから聞いたよ」

「ちょっと、風邪を引いたくらいですわ。わたくしは大丈夫」

「君とわしのホットチョコは諸侯たちに大好評だったようだね。問い合わせが殺到してしまい、大変だ」

「ふふ……わたくしは牛乳を入れるのを提案しただけですわ」


「ホットチョコ……とは?」


 ホットチョコにセルペンスが反応した。ネイリーズ伯爵はニコニコと、南部の未開地で産出されるカカオの話をした。


「ソフィアちゃんが牛乳を売り込む時に宣伝してくれましてね。どうやら、おいしいだけでなく、麻薬のように中毒性が高い飲み物のようです。コーヒーと同じく危険物ですな」

「ふむ……倫理上どうかは置いといて、ネイリーズ卿の商才には目を見張るものがある。その飲み物を試してみたいものだ」

「よろしかったら、このあとデザートに用意してもらいました。お試しいただけると、幸いです」


 その後、伯爵からコーヒー豆の輸入に到るまでの奮闘や、カカオを発見した冒険家の話を聞いた。ジモンは戦地での武勇伝を語り、セルペンスは時々口を挟むだけで自分からは話さなかった。ソフィアは言葉少なに全国巡りの成果を伝えただけだ。リヒャルトに早く刺繍入りのハンカチを渡したかった。

 リヒャルトとは何度か目があった。だが、吸い付くような視線も長くは続かない。リヒャルトのそばにいるルシアが話しかけ、邪魔をするのである。リヒャルトの生い立ちや女性の趣味まで聞いてきて、個人的な領域へグイグイ立ち入ろうとする。聞いたこともないリヒャルトの子供のころの話が出てきて、ソフィアは悲しくなった。


 なにを食べたかなんて、覚えていない。実家のグーリンガムに戻ったかのようだった。ブランチは部屋でとることが多かったのだが、晩餐はできるだけ参加しなければならない。空気のようなソフィアは空想の世界に入って、食事が終わるまで我慢するのが常であった。最初に前菜、スープときて、パン、魚、口休めの氷菓、肉料理……ソフィアはほとんど口をつけず、ワインを飲んだ。そのワインも泥の味がしてきたので飲むのをやめ、ひたすら苦行に耐えた。


 デザートのホットチョコは大絶賛の嵐だった。特に女性陣は大喜び。キツい印象のセルペンスの奥方も、おとなしそうなジモンの奥様も笑顔になった。ルシアはお代わりがほしいと言い出し、セルペンスまでが逆三角髭についたチョコを拭いつつ、「これは素晴らしい」と褒めたのだから、チョコの威力はすごい。


 しかし、そのチョコの威力を持ってしても、ソフィアの沈んだ気持ちは戻らなかった。いっそのこと、ハンカチを渡さずに部屋へ帰りたかった。それぐらい暗鬱な気がソフィアを蝕み、全身から生気を奪っていたのだ。


 通常、食後は男性と女性に分かれる。男性グループは葉巻や濃い蒸留酒を楽しみ、女性陣はささやかなティータイムとなるのだが、ソフィアは女性の集まりに参加したくなかった。待っていたのは、リヒャルトがなかなか席を立とうとしないからだ。それもそのはず。ルシアがしつこく引き留めているのである。ソフィアはいい加減、あきらめようと立ち上がった。もう限界だ。


「待ってくれ! ソフィア!!」


 ──と、歩き出したところで、リヒャルトの声が追いかけてきた。

 

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