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30話 全国ツアー!!

 仕上がったドレスを積み込み、豪華キャラバンの旅のはじまり、はじまりーー!!……と言いたいところだが、ソフィアはキャラバン隊に入らなかった。


 出発は一日遅れ。数人連れて騎乗する。先にレディステラのキャラバン隊が行き、営業した。営業ついでに農地の視察と勉強会の許可ももらう。領主には、あらかじめ手紙で知らせてあったため、ことはスムーズに運んだ。


 キャラバンの幌馬車には衣装部屋、寝室がある。そこで、ソフィアは着替えたり、休養したりした。領主の城に着くと、ドレスアップしてから挨拶に行く。対農民のときはまた着替えた。

 そして、ソフィアが農民たちを集めて勉強会をしている間に、ステラは次の領主のもとへと向かう。営業、教育と効率よく各地を巡った。


 営業面ではソフィアの出番は少なく、ほとんどステラに任せた。技術的な話を求められれば話すが、貴族はそこまで詳しい説明をほしがらない。挨拶ぐらいのものだ。元王女、王の代理をしているラングルト公爵の妻という肩書きが重要だった。国策として乳業を広め、農地の改善に務めるというスタイルは受け入れられやすい。三流貴族が起業して、牛の乳を販売しようとしても難しいだろう。


 ステラいわく、記号的な“美”と“地位”は強力なカードだと。


「それにソフィアちゃん、あなたは知識という毒にも薬にもなるカードまで持っている。口下手だろうが、なんだろうが、胸を張ってちょうだい。負けたりはしないわ」


 ステラのおかげで、コンプレックスは多少克服できたように思う。これは仕事なんだと自分に暗示をかけ、ソフィアは公爵夫人の仮面をかぶった。


 この国の人たちはかつてのみじめなソフィアを知らない。暗く、使用人と間違えられる装いをし、家族から疎んじられ、美しく華やかな妹の影に隠れて生きてきたことを。


 今、ここにいるのは自信溢れる起業家、美しきラングルト公爵夫人だ。


 領主には、しぼりたての瓶詰め牛乳を試供品として渡した。それと、あらかじめ作っておいたヨーグルトやヨーグルトドリンク。バターを使った菓子も。


 連れる乳牛の世話は同行する牧場のスタッフにお願いする。キャラバンには調理器具も載せていたので、旅の途中で何度か菓子も作った。ネイリーズ伯爵夫妻にも大好評だったバタークッキー、チーズケーキ、プリンパイなど。教会の石窯を借りて焼いた。


 時に、農村の一画にテントを張らせてもらい、領主を招待することもあった。キャラバンにはテーブルセットから何から何まで積んであるから、シンプルな応接間をこさえることぐらい朝飯前だ。

 当然、シェフも同乗している。ゲストには、ちょっとした冒険気分でフルコースを楽しんでもらうことができた。ランタンに照らされたテント内は非日常感を味わえる。


 また、暖かい日は屋外で地平線を見ながら、ブランチを楽しんでもらった。空と大地、地平線だけのシンプルな景色は壮観である。

 出すのはもちろん、牛乳をふんだんに使った料理。ソフィア監修のクリームシチューやドリア、グラタン、クリームソースパスタ。この世界の人々には馴染みのない料理だ。デザートにはホットチョコを出す。

 厳めしい顔つきをした排他的な領主も、派手で意地悪そうな領主夫人も、生意気そうな令息や気取った令嬢も皆、新しい味の虜となった。


 ソフィアは気前よく料理のレシピを配った。菓子類の製法はおいおい販売を考えているので企業秘密だが、料理は構わない。むしろ、牛乳消費を促す活動を積極的にしたい。


 配送可能地域にいる貴族の六割ほどから受注を獲得できた。あとから来ることも考えると、驚異的な数字である。まだ生産体制は整っていないため、帰ってからが大忙しだ。乳牛をもっと増やして、牧草地も広げなくては。

 受注契約書は悪宰相に成果として叩きつけることができるだろう。


 地方貴族の反応も悪くなかった。遠隔地で買い取れそうな荒れ地をいくつか見つけて、ソフィアはほくそ笑む。地方にも拠点が必要になってくる。これからのことを考えると、頭がパンクしそうになるのだった。


 成果はまだわからないにせよ、農民たちの教育も手応えはあった。通常、高貴な身分の女性は農民と対話しようとはしない。調査報告を元に、ソフィアは自分の足で出向き、自分の目で見て確かめる。理論立てて説明し、改善策をじかに指導する公爵夫人など、他にはいないだろう。最初から好戦的なのは不良農民のボドくらいのものだ。多少、猜疑の目を向けられても、ボドの件で鍛えられているので平気だった。


 おおむね、農民への指導は土質によって与える肥料を変えること、輪作の勧め、土壌改善のための雑穀栽培などか。ライ麦や大麦の種をソフィアは配布した。


 ソフィアは赤髪の夫人、牛の夫人と親しまれ、次第にそれが合体して赤牛夫人(マダムルーファスクー)と呼ばれるようになった。

 噂が伝わるのは駆ける馬より早い。ソフィアが出向くと、お祭り騒ぎになる村もあった。例の赤牛夫人が来たぞ、ライ麦と牛乳の伝道師が来たぞ、と。




 あっという間にふた月は過ぎ、帰路を急ぐソフィアは雨の中、馬を走らせていた。キャラバン隊を置いて先に帰るのは、宰相セルペンスとの約束があるからだ。三ヶ月以内に結果を出す。その期限が過ぎてしまいそうになっていた。結果はもう出ているので、ソフィアの勝ちは確定なのだが。あとはそれを提示するだけである。


 前世だと二月ごろだろうか。寒いなか、春の花が咲き始める。冷たい雨はソフィアの体温を奪った。ゴムの木の樹液を塗って撥水加工したマントを羽織っていても、顔からしたたる雨水は首を伝って体内へ入り込む。

 寒さに震えつつ、馬を走らせるのは悪宰相との約束のためだけではない

 もうすぐ愛しい旦那様、すべてを捧げてもいいと思ったリヒャルトに会える。そう思うと、寒さなどどこかへ吹き飛んでしまうのであった。


 下唇を()めれば、苺の味がする。甘酸っぱい別れの味。別れ際、リヒャルトは少しすねていた。帰ったら思いきり甘えさせてあげようと、ソフィアは思う。ソフィア自身も彼に目一杯、甘えたいのだ。牧場経営は着々と成果を出している。受注も取り付けた。誉めてほしい、その大きな手でナデナデしてほしい。キスもいっぱいしてほしいし、それ以上のことも──


 忙しい合間を縫って、ソフィアはハンカチに刺繍をした。裁縫は苦手だが、彼に渡そうとがんばった。描いたのは銀と赤の苺。対をなす二つの苺は仲良し夫婦である。

 

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