3話 着ていく服も持っていく服もない
連れて行けないことをルツに伝えるのは心苦しかった。侍女一人、輿入れに同行させてもらえないとは……。
ソフィアは父王に直接訴えようと謁見を申し入れたが、忙しいからという理由で断られた。晩餐の席でもルシアの結婚の話題で持ちきりだったので話せず。翌日のブランチでやっと切り出せたのである。
しかし、父王の答えは否。
「いかん、いかん。何人たりとも持ち出してはいかんのだ」
「なんでです??」
「敵国に我が国の情報をもらされたら、たまらぬではないか? だから、連れて行ってはならぬ」
「そんな……でも、わたくしは?」
「おまえは人質……いや、嫁なんだから、仕方ないであろう。ただし、国のために嫁ぐということを忘れるな? 我が国の内情をベラベラ話すなよ? まっ、おまえは陰気だし、余計なことを言わなそうだから、安心してこの縁談を進められたのだ」
(今、人質って……)
わかってはいても、表に出されるとソフィアだって凹む。父は人質として、ソフィアを都合よく利用したいだけなのだ。ひょっとしたら、停戦条件の一つにソフィアの件が含まれていた可能性もある。
「急な話でな、嫁入り道具諸々の準備をしてやれぬことは悪いと思っとる。でも、侍女の件は致し方ない事情だから、あきらめろ」
縁談が急なのも、反抗を防ぐためだろう。話は水面下で、だいぶまえからされていただろうに……本人の意思はまるきり無視だ。ソフィアはすごすごと引き下がるしかなかった。
侍女たちの管理を任されているのは母イレーネだ。父からすげなくされた後、ソフィアは母にルツのことを重ね重ねお願いした。良く言えば天然、実際はただの無神経な母と話すのはストレスである。人を傷つける言葉を悪意なく発射する母は、破壊し尽くすまで延々と爆撃し続ける無人戦闘機に似ている。そのうえ、同席するルシアの冷笑や野次にも耐えねばならない。
自分のことを言われるのは平気だが、ルツのことを「死にぞこないの薄汚い老婆」だの、「ボケて右も左もわからない役立たず」などと貶してくるのには腹が立つ。しかし、キレてルツの処遇をぞんざいにされては元も子もないから、ソフィアはグッと我慢した。
幸い、交渉の甲斐あってかソフィアがいなくなったあと、ルツは城内の工房で機織りとして雇ってもらうことになった。ひとまず安堵したが、本人の知らぬまま勝手に話を進めてしまったので、ちゃんと事情を話す必要がある。
ソフィアが部屋に戻ったところ、ルツはいなかった。洗濯でもしに行ったか。戻ってきた時、離れ離れになってしまうことを話すのはつらい。ルツのことだから「構わんですじゃ」と言ってくれるだろう。だが、それではソフィアの気が済まないのだった。
お迎えが数日以内に来るらしいし、とりあえず荷物をまとめておくかとソフィアは部屋を見回してみた。それにしても色気のない部屋だ。まあ、前世もミニマリストに近かったし、ゴチャゴチャしていないほうが居心地はいい。本ぐらいしか持っていくものはなさそうだ。
(あ、でもドレスとかは? 晩餐や夜会で着ていくのないじゃない!?)
一年前に妹と一緒に夜会デビューを果たした時のことを思い出してみる。ソフィアには珍しく、黄色いパステルカラーのドレスを着ていた。某人気シリーズのプリンセスが着ていそうな豪華でかわいらしいドレスだ。珍しく元婚約者のエドも褒めてくれたのである。そのままエスコートしてくれると思いきや、ルシアに奪われてしまったのだが。その時のドレスはたしか……
(こういうオシャレなドレスはお姉様に似合いませんわ……とか言われ勝手に着られて、ホラ、わたしのほうが似合うでしょ!……と見せつけられたあげく、取られちゃったんだっけか?)
その後、二回ほど夜会へ行く機会もあったが、その時着ていたドレスがどうなったか記憶が定かではない。どうもこういうパーティは苦手でそれを母に言ったところ、「じゃあ、出なくていいから」と、ドレスも作ってもらえなくなったのだった。反対にルシアは夜会もお茶会もサロンも大好き。あちこち顔を出し、年がら年中ドレスも作ってもらっている。彼女の言い分では愚鈍な姉に代わり、社交するのが大変とのことだが、毎日楽しそうである。
(うーーん、困ったな。嫁入りに着ていく服もなければ、持っていく服もない)
ソフィアがいつも着ているのは侍女のルツが仕立ててくれた地味な色合いの服だ。これはあまりに地味すぎて、よく使用人に間違えられる。ルシアの侍女のほうが派手ぐらいだ。
学生時代の友達と渋谷で会おうという話になり、着ていく服がスーツしかなかったという前世の苦い経験を思い出した。転生後も前世と同じことで頭を悩ませるとは……。もっと言えば、前世のほうがスーツがあるだけマシである。
母に相談しようにも、ルシアの結婚準備でいっぱいいっぱいだろう。一度にたくさんのタスクをこなせないくせに、なぜかいつも何でも引き受けようとする。結局、パンクして周りに迷惑をかけるタイプ。そういや、前世にもこういう人いたなぁ……とソフィアは遠い目になってしまう。母に相談しても、脱線しまくりで話はなかなか先へ進まないし、デリカシーない言動にイラつくのはわかっているので、ソフィアはあきらめることにした。
王侯貴族の趣味の一つとして園芸というのがある。
母イレーネは庭園全部をバラ園にするんだ!と意気込んで、全部枯らしたことがあった。原因は根腐れと肥料のやりすぎである。庭師の言うことを聞かず、大輪がいい、もっと花を大きくしたいと施肥を続けさせた結果、そうなった。ボロボロの庭園を見かねたソフィアが庭師に指導し、花が咲き乱れる状態に戻ったのは数ヵ月かかったか。今は春夏秋冬、さまざまな花が楽しめるよう工夫して植えさせている。
この一件が気に障ったのか、母のソフィアに対するアタリは少々キツくなった気もする。ソフィアとしては失敗の尻ぬぐいをしただけのつもりなのだが、母からすると、恥をかかせられた……となるらしい。同じような口出しをつい父王にもしてしまって、猛烈な反発にあったこともある。各地で飢饉が続いているので、土壌環境や環境変化など原因を詳しく調べないのですか?……と聞いただけなのに、生意気を言うなと激怒された。小娘には意見すら許されないのである。
どうもソフィアのようなタイプはお勉強だけできる頭でっかちと評され、この家族には受け入れてもらえないようだった。いくら社交が得意でも、実務が伴っていなければ意味がないというのに、彼らは上っ面にしか興味がないらしい。
まあ、この国においてソフィアが期待される役割は世継ぎを生むことぐらいだった。王の子はソフィアとルシアの二人きりだから、後続を生んで育てる義務がある。それも今回の婚約破棄で潰えたわけだが。他に求められることは、美しく華やかであること。王女というのはアイドルのような存在でもある。それができぬソフィアが疎まれるのは当然だった。
(このまま国にいてエドと結婚して子供を産んだところで、苦労は目に見えているわ。敵国に嫁ぐのもサイアクだけど、どっちもどっちかも)
そう考えると、少しは気持ちが楽になった。気を取り直し、ソフィアはルツが置いていったと思われる籐の行李に本を詰め始めた。
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