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28話 いちご!

 本当に魔法をかけられた。

 鏡の中にもう醜いアヒルの子はいない。美しくゴージャスな貴婦人が優雅に微笑んでいた。


「これが、わたくし……??」


 高く結い上げた赤毛はマリーアントワネットを彷彿とさせる。急遽、ピンでサイズを直したグリーンのドレスが赤い髪を強調した。これはステラが若いころ、着ていたものだ。アクセサリーは金で統一。


 よくよく見ると顔立ちは変わっていない。メイクも決して濃いわけではないし、色は鮮やかだがドレスが派手なわけでもない。変わったのは雰囲気だ。すべてがうまく調和して、ソフィアを美しくしていた。やはり、レディステラは魔法使いだったのだ。


「これがあなた。王城を歩けば誰もが振り返る、知恵と美貌の女神。ラングルト公爵夫人よ!!」


 ソフィアは広間で待っているリヒャルトのもとへ向かった。夜会の時、そこそこ綺麗にされてはいたが、ここまで変わるとは。

 時を刻むより先に心臓は拍動し、ソフィアの歩みは目的地へ近づくにつれ速くなった。会いたい、愛する旦那様に見てもらいたい、早く! 綺麗になった自分を!


 広間の扉を開けた時、それまで急かすようだった時の流れはゆっくりになり、ソフィアの歩みも止まった。歩いて数歩の距離に目を丸くしてこちらを見るリヒャルトがいる。ソフィアは頬を緩ませ、彼のそばへ行くまでの時間を味わった。

 自身を捉えて離さない銀色の目が、気をたかぶらせる。ソフィアはもう、見られることを恥じたりはしなかった。彼の視線を一身に受け止め、吸収する。体は気持ちのよい熱を帯びた。


「ソフィア……その、なんというか……」

「なんというか?」


 ソフィアは小首をかしげてみせる。リヒャルトは息を呑んだ。代わりに言葉を発したのはネイリーズ伯爵だ。


「おお!! 美しい!! もともと綺麗だったけど、なんだか迫力があるよ。見入ってしまう!」

「ちょっとあなた! 邪魔するんじゃないの! リヒャルトに目一杯、褒めさせてあげて」


 ステラが伯爵の腕を引き寄せ、ソフィアたちから離れさせた。申しわけないことに、ソフィアは伯爵の存在すら忘れていた。視線は顔を真っ赤にする愛しい夫へ、一直線に向かっている。


「あなた、庭園を散歩したいわ。エスコートしてくださる?」


 気取って言ってみる。リヒャルトはソフィアにひざまずいた。


「こんな私でいいのなら、君の隣に立つことを許してほしい」


 熱い眼差しを向けられ、手背にキスされても、ソフィアはひるまなかった。彼をひざまずかせるのは、自分に与えられた当然の権利。堂々とハイパーイケメンと腕を組んだ。


「あらあら、リヒャルトがソフィアちゃんの引き立て役みたいね!」

「似合いの夫婦だよ。身長差もピッタリ。棚に飾りたいぐらいだ」

「ほんと、二人ともスラッとして絵に描いたよう」


 ハンプティダンプティ夫妻が目を細める。ソフィアは彼らにおじぎし、リヒャルトと庭園へと向かった。


 冬の庭園の見所はやはり温室だろう。季節はずれの花や(いちご)を楽しめる。

 リヒャルトの腕がいつもより熱い気がした。温室の熱気に当てられたせいでもないようだ。ソフィアが見上げても、彼は正面を向いている。


(もっと見つめ合っていたいのに……)


 ソフィアは絡ませる腕に力を入れた。天井から吊り下がる籠の苺は、コロコロと赤く色づいている。ちょうど、ソフィアの目の高さだ。


「リヒャルトさま!」


 振り向かせ、口に苺を押し込む。リヒャルトは驚いてから、口をモゴモゴ動かした。


「す、すっぱい!」

「ずっと前を向いて、わたくしを見てくださらないからですよ?」


 そういえば、前世の世界の苺は甘かった。この世界の苺は鑑賞目的で育てるか、加工する。すっぱいから、そのままで食べないのだ。


「だって、恥ずかしかったんだ。君が別人みたいで……視線を合わせたら、吸い込まれてしまいそうで……」

「わたくし、あなたとずっと見つめ合っていたいわ」


 こんな大胆なセリフ、ふだんのソフィアは絶対に言えない。それこそ、ステラマジックだ。

 ソフィアとリヒャルトは向かい合い、しばし甘美な時が流れた。銀の目には完璧な自分が映っている。最高の彼にふさわしい自分。その自分の姿が歪む。彼が目を細くしたのだ。端正な顔が近づいてきた。リヒャルトの顔は完全無欠で冷たい印象を受ける。ステラの言う“攻め”ができない不器用な人。甘えた顔や破顔、臆病な顔をするのはソフィアの前だけだ。ソフィアには彼のいろんな顔を見れる特権がある。

 このあと、彼はキスをするのだと思い、ソフィアは目を閉じた。


「……ん、むぐっっ!!」


 口に入ってきたのは、苺だった。不意打ちのせいか。思いのほか、すっぱい。甘い甘いキスはいずこに!?


「さっきのお返しだよ」


 眼前にはイタズラっぽく笑うリヒャルトがいる。いい雰囲気が台無しだ。ここはキスでしょうが!──ソフィアは憤った。ハイパーイケメン許すまじ!

 魔法をかけられたシンデレラは強い。ソフィアはリヒャルトの背に手を回し、爪先立ちした。口に入った赤いものをそのままに、ドッキングする。くれたものを返す。それでキスをしながら、一緒にモグモグ食べる。

 狼狽するリヒャルトを楽しめたのはほんの数秒だ。すっぱい苺は甘くなり、二人ともその味に熱中した。


 前世で観た映画にハンバーガーを食べながらキスするシーンがあって、ソフィアは「無理」と思ったのだが、苺は全然いけた。ついでに、思い出さなくてもいいことも思い出してしまった。


(うーん、前世で婆ちゃんが言ってたけど、昔は苺に練乳をつけないとダメだったって……本当だったのね)


 脳裏に浮かんだ練乳の二文字に反応して、ソフィアは唇を離した。練乳プラス苺……他のフルーツでもいい。これはイケる!!


「また、なにか思いついたのかい?」

「あっ、ああ……リヒャルト様、練乳を作ろうと思ってですね、練乳というのは……」

「いつもそうだ。君は牧場の経営のことばかり。二人のときですら、そう」


 頬をわずかに膨らませるリヒャルトを見て、ソフィアは練乳について考えるのをやめた。すねるハイパーイケメンはレアだが、堪能している場合ではない。


「ごめんなさい、リヒャルト様。わたくし……」

「わかっているのか? 全国を巡るってことは、しばらく離れることになるんだぞ?」


 そうだ、リヒャルトと離れ離れになる。牛乳を売り込むことに夢中で、そのことが頭から抜けていた。


「やっぱり、忘れていたのだな? 君にとっての一番は乳業を成功させることで、私のことは二の次なんだ」

「すねるのはやめて」


 甘々から険悪モードへ突入。ソフィアはごまかし方もなだめ方も知らない。たった今、覚えた方法でなんとかするしかなかった。また背伸びをし、唇を重ねる。

 少し引いてから、リヒャルトは食いついてきた。貪られ、かき回され、今度はソフィアのほうがおかしくなる。倫理とか、謙遜とか、貞淑とか、自尊心とか、ありとあらゆる心を守っていたものは消えてしまった。唇を離し、抱き締められた時にはすっかり丸裸だ。同時に魔法も解けた。こんなにも能動的に求められ、それに応えたことは初めてだった。

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