27話 ステラマジック
ソフィアのドレスが出来上がるのは一週間後。本当は二週間かかると言われたところをステラがゴリ押ししたのだ。交渉時の激しさは猛獣である。口舌とどまるところを知らず、ベテランの職人まで泣きそうになっていた。残念ながら、第一印象の優しいおば様のイメージは一転してしまった。クッキーおばさん恐るべし。
職人が去ったあと、小広間でソフィアとレディステラはティータイムとなった。伯爵とリヒャルトは男同士の付き合いで外している。彼らは葉巻や濃い蒸留酒を嗜む。
別の職人チームにそれぞれ依頼したので、一週間後には五着仕上がる予定だ。それプラス、ステラが昔着ていた服を針子に直させるから、合計八着。
「これだけあれば足りるでしょう。アクセサリーはさすがに全部は間に合わないでしょうから、あたくしのを使って」
「いいのですか? 指輪やブレスレットのサイズまで直してしまって……」
「差し上げるから、気にしないで」
どれだけ気前がいいのだ。作らせるだけでは飽きたらず、自分の物までくれるという。
(リヒャルト様に言って、服やアクセサリーの代金を渡してもらわなくては)
そんなソフィアの考えを見透かしてか、ステラは不敵な笑みを浮かべた。
「ソフィアちゃんへのプレゼントだから、仕立て代もろもろ、全部お金は支払わせてちょうだい。無理に渡そうとしても、絶対に受け取らないからね。そんな野暮なことはしないでね」
「なぜです?」
「あたくしが自分でしたいと思ってやっていることだもの。娯楽なのよ……あと、投資も兼ねている。ソフィアちゃん、あなたという有為な人への投資よ?」
ソフィアは恐縮した。私なんて……という思いが強い。
「あなたは頭も良いし、美貌も持っている。発想もすばらしい。でもね、致命的な欠点があるの。自信よ」
事実を突き付けられて愕然とする。たしかにソフィアは自信が持てない。幼いころから否定され続けてきたのだ。今さら自信を持てと言われても、どうすればいいかわからない。
「いちいち教えてくれなくてもわかるわ。あなた、家族から虐げられていたんでしょう? 自信が持てないのはそのせい」
ソフィアは絶句した。ステラはすべてお見通しだったのだ。
「地味な装いやファッションを楽しめないのは自信が持てないから。自信がないとどうなると思う? 動物の世界と同じ。弱そうに見える個体は淘汰されるのよ。本当は優れていたとしても、弱いというレッテルを張られるだけで社会から追い出されてしまう」
すべてを受け止め許容してくれた一方で、ステラはソフィアを観察し分析していた。それは有能である証明でもあり、信頼とも直結していた。
「社交は戦いよ? 攻めと守りがある。たとえば、最初にあたくしと対面した時、どんな印象を持ったか覚えてる?」
「優しくて温かい感じの人だな……と」
「他には?」
「緊張がすぐに解けました。楽な気持ちになり、自分のことを素直に話せたように思います」
「それよ? それが攻め。相手の警戒心を解き、懐へ入り込む。これにはテクニックがいるけど、生まれつき意識しなくても自然にできる人もいる」
初対面時の居心地の良さは演出されたものだったのか。隅に置けないというか、なんと言うか……ソフィアはおびえた顔をしていたのかもしれない。
ステラはほぅっと息を吐くと、真ん丸な笑顔を見せた。
「んもぅ……怖がらないで! あたくし、ソフィアちゃんに対しては心からリスペクトしているんですからね! あなたには素質がある。共感して一緒に夢を追いたいと思ったからこそ、協力しようと思ったのよ? そうでなければ、適当に社交術とやらを指導して放り出していたわ」
「買いかぶりすぎです。わたくし、そんなにたいしたモノじゃないです。ガッカリされるのが怖いのですよ」
「今まで日陰にいた分、ハングリーになりなさい。あなたのその純朴さは武器にもなるけれど、自らを傷つける諸刃の刃にもなり得る。ドレスはね、防具。貴族というのは見てくれを気にする生き物よ。必要以上に派手にしなくてもいいの。自分にあったものを気持ちよく着こなすだけでいいのよ?」
「自分に……あったもの……?」
そういえば、仕立て屋たちはソフィアに派手な色の生地を合わせてこなかった。なぜだろう?
「ソフィアちゃん、あなたのその赤毛、コンプレックスというけれど、とってもステキよ? 迫力がある。だからね、案外あなたは地味な色のほうが映えるのよ。それか、赤の反対色。青や緑の寒色系。明るい色がいいなら、パステルカラーね。薄い色がいいのよ。そのほうがあなたの美しさを生かせるの」
でもそれだと、今までと変わらないのではないか。ソフィアは不安になってきた。ステラは自信満々な態度を崩さない。
「色が地味な分、レースやフリル、ビーズなんかで派手に飾り立てればいいのよ。もしくはシンプルなデザインに大ぶりのアクセサリーを合わせるとかね。部分的に明るい色を差し色として使うのもよし。服はあなたを引き立てる道具よ? 忘れないで」
「このそばかすが余計に野暮ったく見えるんです。メイクでなんとか消せないかしら?」
「そばかすを消す必要はないわ。さっき言ったでしょう? 相手の警戒心を解くことは攻め。あんまり完璧な美人が現れたら緊張してしまうし、心を開けないでしょう? あなたのそのそばかすは武器よ? 隙というか、間の抜けたところがあったほうがいいの。あなたからそばかすを取ったら、冷たい美人になってしまう」
そうはいっても髪と同様、長年汚いと言われ続けたそばかすを受け入れることはできない。ソフィアの不安は払拭できなかった。
「まだ、納得していないようね? よし、わかったわ。じゃあ、ちょっと実演してみましょう」
ステラは立ち上がり、ソフィアについてくるよう促した。いったいなにが始まるのか。ある種の期待を持ってしまうのもステラマジックか。ソフィアはステラの自信を少しだけでいいから、分けてもらいたかった。
連れていかれたのは衣装部屋である。壁に掛けられたいくつものランタンに侍女が灯りを灯す。大きな姿見と鏡台があり、ところ狭しと化粧道具が並んでいた。鏡台の後ろは格子窓になっているから、昼間は自然光が差し込む。ランタンはいらないぐらい明るかった。舞台役者の控室というのがしっくりくるだろうか。
ステラは鏡台の前にソフィアを座らせた。
「軽くメイクするわね。そばかすは消さない。髪にはクッションを仕込んで、大きく結い上げさせる。ゴージャスにね」
ステラがメイクをしている間に侍女が二人がかりで、ソフィアの髪を結い始めた。鏡の前には膨張した赤毛とそばかすだらけの自分が見える。目を背けそうになるソフィアの顔をステラは両手で挟んで、強引に前を向かせた。
「目をそらさないで。魔法をかけてあげる」