表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/66

26話 最強タッグが今ここに

 翌日、朝ご飯を食べ終わって早々に、ソフィアは全身のサイズを測られた。仕立屋や宝石商、織物屋、細工師、デザイナーが入れ替わり立ち替わりやってきて、ソフィアに合う色や装飾を確認する。穏やかな時が流れていた大広間は一変、騒然とした。ひととおりソフィアを調べ終えた職人たちは、打ち合わせを始めた。

 どうして、こういうことになったのか。すべてステラの計らいである。“社交術を教えてくれ”というソフィアの申し出に対し、二つ返事で承諾したステラは朝食の席にて、ある提案をした──



 朝食のテーブルに並ぶのはケーキスタンドに載せられたパンやお菓子。ゴマをまぶした丸パンやベーグル、プレッツェルもある。バターや牛乳を使わなくとも、この国のパンの種類は豊富だ。前世の世界でも存在していたパンが異なる道を歩んで、ここにあることを考えると胸熱である。他には温かいスープに彩り豊かなサラダ、フルーツ、朝からローストチキンや厚切りベーコン、オムレツまで並ぶ。食事にも、とことん贅を尽くすのは貴族らしい。小食のソフィアはそんなに食べられないのだが、にぎやかなテーブルには心躍った。

 だが、浮かれている場合ではない。レディステラが超高速で朝食を消化していきながら、本題に入った。

 

「社交シーズンは夏よ。今は初冬。貴族は皆、田舎へ引っ込んでいるわ。夜会を開いたところで、たいして人数は集まらないでしょう」


 夜会を開いて、乳製品を宣伝するというソフィアの案にすかさずダメ出しをした。なんでも受け入れてくれるわけではないようだ。ダメなことはダメと、ステラはきっぱり言う。昨日までぬるま湯につかっていたソフィアは「ウッ」となった。

 結婚直後、ソフィアとリヒャルトが夜会に呼ばれまくっていたのは、時期国王と王妃だからだ。ソフィアはなにも知らないでいた。


「まだ秋、というのもあったでしょうね。でも冬も本格化すれば、わざわざ王都へ出向く貴族はいないわ。そこで、」


 ステラは溜める。パッチリした目とまん丸の顔が瞬間、膨張したかと錯覚する“溜め”があった。溜めて溜めて、溜めてからの──


「こちらから出向いちゃいましょう!」

「こちらから!?」


 ソフィアはオウム返ししてしまった。それぐらい引き込まれるステラマジック。しかし、田舎で冬眠中……否、静養中の貴族宅に押しかけていっては、押し売りみたいではないか。


「それって、相手方にとってご迷惑ではないですか?」

「どっちみち、あなた、各地へ行って農業指導をするつもりなんでしょう? なら、領主の許可を取る必要があるわよね? ついでに商品の宣伝もしちゃいましょ」


 おっしゃるとおり。農民及び農地を所有する貴族と、いずれにしても話さなくてはいけない。宣伝と同時にやってしまったほうが、手間は省ける。


「挨拶に行った時の手みやげに、素晴らしいお菓子や食品をお渡しすればいいじゃない? それで売り込むのよ!」


 なるほど、良い提案だ。さすがは社交術の達人。だが、次の提案にソフィアは度肝を抜かれることとなる。


「あたくしも同行させていただくわ! 精一杯、手伝わせてちょうだい!」

「えぇぇぇっっ!! よろしいんですか!?」

「ええ、もちろん! こんなにもかわいい甥嫁の手伝いができるなら、幸せだわ!」


「くわえて、君には商才がある」


 伯爵が口を挟んだ。ハンプティダンプティの片割れはニコニコしている。本当に構わないのだろうか? ソフィアは全国を旅するつもりだ。悠長にしていられないし、かなりのハードスケジュールを組む予定だった。


「でも、国中を回る予定なのですよ? キツキツのスケジュールでも、ふた月はかかります」

「構わないわ。ね、あなた? この子のしようとしていることって、それぐらい……いや、それ以上の価値があるわよね?」


 伯爵もうなずく。丸い顔は無理をしているように見えない。


「で、ですが、奥様をふた月もお借りして、よろしいのでしょうか?」

「気にせんでいい。わしも妻も、おもしろいと思ったから協力しようと思ったのだ。協力するなら、徹底的にバックアップする」


 どうしてこんなにも良くしてくれるのか? 不安になってリヒャルトを見ると、天界人スマイルをしている。昨晩の出来事が頭をよぎり、ソフィアはさらに動揺した。

 この動揺をたやすく鎮めてしまうのが、この夫妻のすごいところだ。伯爵は優しさオーラ全開の笑顔のなかに、野心をのぞかせた。


「その代わりといってはなんだが、わしのほうの商品の宣伝もしてもらえたら嬉しい」


 そう言って、伯爵は胸元からワックスペーパーに包まれた種を取り出した。茶色く不揃いな形、アーモンドにも似ているが、もっと無骨な感じだ。普通の人はあまり見たことがないだろう。だが、食品会社に勤めていたソフィアには見覚えがある。匂いを嗅いで確信した。


「これはデウスという。神を意味する言葉だ。南国の僻地から取り寄せた。熟成後、ローストすることにより、魅惑的な味わいになる。食し方は飲み物にするか……」

「練り固めるか」

「お? よくわかったね! 練り固めるのは、いまいちうまくいかないんだ。脂肪分を抽出して、粉砕したあとに加えてみたりもしたんだが」

「牛乳を使ってみてください。それで劇的に変わるはずです。あとで、作っているところを見学させていただいても?」

「本当は機密事項だが、ソフィアちゃんならいいよ」


 デウスというのはカカオの種。伯爵が作ろうとしているのはチョコレートである。コーヒーを広めただけあって、目の付けどころがちがう。


(すごい……乳製品にチョコが合体したら最強じゃない!!)


 これが武者震いというやつか。ソフィアは身体の震えを止められなかった。動揺が高揚へと変わる。婚約破棄された時とは違う理由で、ソフィアの赤毛は逆立っていたかもしれない。


(チョコとミルク、最強タッグが今ここに!!)


「伯爵!! やりましょう!! チョコと乳製品を全国に売り込みましょう!!」


 ソフィアは立ち上がり、伯爵のおにぎりみたいな手をギュッと握りしめていた。伯爵は目を丸にしたあと、満月の顔でうなずいた。


「チョコ……デウスのことかな? よし! ソフィアちゃん、一緒にがんばろう!!」


 驚いたのはリヒャルトだ。こちらは少々、怒を発している。


「伯父さん、ソフィアは私の嫁なんですからね? いつまでも手を握っているのはやめてください!」


 それを見て、ステラが大口開けて豪快に笑う。この派手な笑い声でソフィアは我に返った。慌てて伯爵から離れ、うつむく。


「ソフィアちゃん、いい? その意気よ? ため込んだ熱意を一気に放出しなさい。熱い思いというのは必ず伝わるはず。恥じることなどないわ」


 今のステラは優しいおば様ではなく、目をランランと輝かせた戦士の顔になっていた。好戦的でエネルギッシュなパワーが全身に満ちている。分厚い脂肪は鎧だ。指に隙間なくはめられた指輪が、神々しい凶器に見える。母ウズラのような包容力で人の心を奪っておいて、実際は肉食系か。ソフィアはたじろいだ。


「共に戦いましょう! まず、営業に必要なのは武器と防具よ?」


 ステラの言葉の意味がソフィアにはわからなかった。武器と防具!? リアルに戦う話へと変わっている?


「最初に見た目を整えることから始めましょう。今のあなたでも充分かわいらしいけど、貴族相手の営業向きではないわ。じつはね、もう準備に必要な職人たちを呼んであるの。食べ終わったら、すぐにでも始めましょう。もっと自信を持って。あなたはもっともっと輝ける」


 そして、食後──ソフィアは上から下まで吟味され、職人たちの人形となったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ