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21話 悪代官

 身支度も早々に農場へ向かおうとしていたところ、ソフィアとリヒャルトは呼び止められた。

 呼び止めてきたのは宰相セルペンス。尖った口髭と三角顎髭がトレードマークの見た目悪代官である。三銃士のリシュリューっぽい。

 ソフィアたちは、主殿のだだっ広い玄関ホールで立ち往生することになった。


「公爵閣下、並びに御夫人、どちらへお出かけですか?」

「農民から買い上げた農地の整備へ向かう。午後は城で公務をする。留守を頼む」

「お待ちください」


 蛇のような邪悪オーラを放つセルペンスに、進行方向をふさがれてしまった。


「戦後の復興ままならぬ状況下で税金の無駄遣いをなさるとはどういうことですか? 使い物にならぬ農地を買い取って、なにをなさるおつもりなのです?」

「荒れ地で農業ができない農民への救済も兼ねている」

「生産が下がった農家への救済は減税をすればいいだけでしょう? 農地は農民に任せればいいのです」


「あの……その場合の減税は意味ないと思いますわ」


 ソフィアはつい口を挟んでしまった。セルペンスのネチっこい目つきに耐え、意見する。黙っているわけにいかない。


「生産が低下しているのに減税すると、農民は働かなくなります。向上心を持たないほうが得するからです。農民への救済は別の形で取るべきかと」

「ほう……公爵夫人はよほど政治に詳しいと思われる。して、別の形の救済とは?」

「先ほど申した農地の買い上げがそれに当たります」

「役に立たぬ荒れ地を買い取って、どうするおつもりで?」

「不要と思われた物が役に立つこともあります。これから牧場経営を始めます」

「牧場経営ですと!?」


 セルペンスは声を上げて笑い出した。本当に嫌な感じのツンツン髭である。しかし、リシュリューも三銃士のなかでは悪役だったが、政治家としては非常に優秀な人物だった。この計画の有益性を説けば、わかってくれるかもしれない。


「荒れ地を回復させつつ、牛を育てていきたいと思っております。牛の乳を食品として、流通させたいのです。広大な牧草地を穀類、牧草、休閑と輪作して、農地を使い捨てるのではなく回復させながら使い回します。放牧であれば、乳牛は十年ぐらい生きますし、乾乳を挟んでずっと搾乳できます。平行して肉牛経営、牛乳の加工もできます。多角経営が可能になるのですよ……」


 リヒャルトに語った時のようにはいかなかった。ソフィアが話している間、セルペンスは終始薄笑いを浮かべており、馬鹿にされているのは明白だった。かなり具体的な話をしても、聞き流される。実績がなければ、机上の空論とされてしまう。

 話が途切れたところで、セルペンスの冷笑はリヒャルトにまで及んだ。


「敵国出身の奥方にずいぶんと入れ込んでおられるようですが、大丈夫です? おままごと遊びもほどほどにさせないと、痛い目を見ますよ?」


 リヒャルトが憤怒したのは言うまでもない。白い額にくっきりと青筋を立て、拳をブルブル震わせている。殴りかかってもおかしくない状況だった。

 ソフィアはリヒャルトの腕を強くつかんだ。安い挑発に乗ってはいけない。


 セルペンス言い分も、もっともなのである。結果が出ていない状態で信用しろと言っても、無理だろう。しかも、ソフィアはよそ者だ。


「かしこまりました。三ヶ月、お時間をいただけないでしょうか? それまでに、納得いただけるだけの材料をご用意いたします」


 ソフィアの提案にセルペンスの片眉がピクリと動いた。買い取った牧場には、乳牛になり得る出産したばかりの牛や妊娠中の牛もいた。大規模生産には程遠いが、乳製品の試作はできる。試作品を貴族たちに試飲、あるいは試食してもらって、受注を取り付けることができれば……


 ソフィアはまっすぐに悪代官を見据えた。取引には図々しさも必要だ。この場合、謙遜は悪手となる。オドオドした自信のない態度ではナメられるのだ。


 セルペンスはソフィアの態度に不敵な笑みを浮かべた。これは彼が手ごわい証明でもある。三下、モブは強気に出られると、ひるんだり、ごまかしに走るがセルペンスはちがった。「少しは気骨があるではないか?」と、おもしろがってみせる。


「むろん、条件なしではございますまいな?」

「ええ。もし、それなりの成果を上げられなければ、牧場経営はあきらめます。その代わり、有言実行できれば、宰相閣下もいっさいの口出しをやめてくださるようお願い申し上げます」


 今度はリヒャルトが目を剥いて、ソフィアを見た。挑発に乗るなと牽制した本人がこれではそうなる。


「短い期間でそれなりの展望が見いだせなければ、どのみち意味がありません。やってみせます」


 ソフィアは啖呵を切った。セルペンスの蛇の目が獲物を捉えるときのソレになる。完全に敵認定されたようだ。

 玄関ホールの天井に描かれた女神を取り囲む天使の絵。女神を祝福しているはずの天使の一人がこちらを向いて、ウィンクしたように思えた。




※※※※※※※※


「まったく、君は無茶しすぎる!」


 農地へ向かう馬上から、白髪ゴリラにソフィアは怒られた。リヒャルトがセルペンスにぶつけるはずだった怒りの一部は、ソフィアに向けられている。


「勝算がないのなら、あんな約束はしません。目処(めど)が立っているから、強気に出たのです」


 スカートを取り外した乗馬スタイルのソフィアは、平然と返した。


「リヒャルト様だって、あのツン髭悪代官の挑発に乗りそうだったではないですか?」

「くっ……君を侮辱されたんだ。当然だろう?」

「あのような嘲りには慣れております。わたくしは痛くもかゆくもありません」

「そうはいっても、私の気が……」

「それより、リヒャルト様。セルペンスは強敵ですわ。あらゆる角度から、戦いに臨めるよう準備をしておく必要があります」

「強敵なのはわかっている。気の優しい兄は、ほとんどあの男の言いなりだったからな」

「セルペンスが管理していた時の財務書類を精査するべきです。信頼できる学匠に調べさせることは可能ですか?」

「建築に会計、農地の調査……人材がいくらでもほしいな!」

「横領の証拠が得られれば、強い武器になります」

「清らかな君から出たとは思えない言葉だ」

「公爵夫人たるもの、多少小賢(こざか)しくないと」

「わかった。しかし、王城の学匠は皆、セルペンスの息のかかった者ばかりだ。信頼できる者を探すのには時間がかかる。農地の調査が終わってからでもいいか?」

「なるべく早くで、お願いします」


 ソフィアは念を押すと、馬の足を早めた。

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