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14話 牛舎

 リヒャルトの領地へ着くまえに、寄り道をしてしまった。

 成り行きでソフィアは牛舎を見せてもらう。元は国有地、現在は農民に管理を任せている牧場の牛舎である。突然、王族の馬車が停まったかと思ったら、見学させてほしいと言われ、オーナーも困惑しただろう。


 外観はボロボロの掘っ建て小屋だ。窓も足りない。やはり、思っていた以上に牛は劣悪な環境で暮らしていた。清掃は行き届いていないし、狭く不衛生な環境だから病気も蔓延しやすい。

 悪臭漂いハエが飛び回る牛舎内へ平然と入っていくソフィアに、リヒャルトは吃驚していた。腕をつかまれ引き返すよう促されるも、ソフィアは断る。仕事モード強し。


 換気×。衛生×。飼料×。水△。広さ×。牛の健康状態△。(毛並み×。便△。食欲△)

 五段階でランク付けした場合、最低Eランクになる。まず、飼育小屋を建て直さないとダメなレベルだ。ソフィアは手帳に細かく書き付けた。


 口を半開きにし、呆けるリヒャルトに気づいたのは牛舎を出てからだった。ハイパーイケメンでもこういうマヌケ顔は愛嬌がある。


「申し訳ございません! リヒャルト様……わたくし、つい夢中になってしまいまして……」

「……で、なにかわかったのか?」

「飼育状況は最悪です。他の牛舎も調べさせる必要があるでしょう」

「だいたいどこも同じだと思うのだが……」

「細かいチェックシートを作成して、それを元に評価してもらいましょう。畜産業を営むすべての農家が調査対象です。まず、現状を把握しないと、話は進められませんから」

「わかった。急遽、調査団を設立しよう。チェックシートは君が?」

「ええ。わたくしが作ります。人材集めはなるべくスピーディーにお願いしますね。それと、いくつか確認したい点がございます。牛糞は肥料として利用してないのですか?」

「牛糞は運搬などのコストがかさむため、各農家、肥溜めに入れていると思う」

「ここらへんもチェック項目に入れておきましょう」


 ソフィアは手帳を取り出し、気になる点を書き出した。あと、一番引っかかっていたことを尋ねなければ……


「リヒャルト様、昨日見せていただいた貨幣税台帳の項目に肉牛はあっても、乳製品はありませんでした。乳製品の生産販売はしてないのでしょうか?」


 麦など主食となる穀類は現物税として徴税するが、それ以外は収益の五割を貨幣で納税させている。その収入源の項目に乳製品がなかったのである。


「乳製品?」

「乳牛から取った牛乳を加工したもののことです。チーズとかバターとか……」

「乳牛? 牛の乳のことか? 肉用の牛はいるが、牛の乳はその子供のためのものだ。乳を取ったりはしない」


 ソフィアはハッとした。この世界には酪農業がない!!


 古代から飲用されていたとはいえ、前世の世界でも乳業が産業として確立したのは、十八世紀以降だったと記憶している。酪農業自体の歴史は古いのに、事業としては成り立たなかった。


 なぜ、近年まで酪農業が産業になり得なかったのか。肉牛とはちがう乳牛のための新しいサイクルを構築するのが面倒だったのもあるだろう。また、品質を低下させず輸送するにはコストがかかる。輸送に適した加工品も作るのは大変だ。


(でも、ここは寒冷地だし飼育にも輸送にも適してるわ)


 思い返せば、乳製品がないために苦労したではないか。実家の菓子職人を助ける時は四苦八苦した。クッキーやビスケットもバターを使わず、ラードや植物油を代用したのだ。普段の食事がなんとなく味気ない、物足りない原因もこれだ!

 

(乳業を始めれば、カルシウム不足も改善される)


 高齢貴族に多い骨軟化症も改善されるかもしれない。病などで長時間屋外に出ず、日光を浴びないと骨が弱る。貴族には骨の病が多かった。


「リヒャルト様、念のためお聞きしますが、牛乳を飲まないのは宗教上の理由ではないですよね?」

「ああ、母乳が出ない母親なんかは動物の乳を使ったりもするし、貴族や王族の料理には使用されることもある」


 これで、ソフィアは腹を決めた。

 この国で酪農業を興す!

 財政を立て直すにあたり、新しい産業を興すべきだと思っていた。酪農業が最もしっくりくる。


「仔牛は肥育用の牧場へ送ります。頭数を管理して、放牧地をローテーションで使います。牛舎を解放し、放牧して牛糞を自然へ返しましょう。穀類、牧草、休閑と輪作させます。そうすれば、土地が痩せることはありません」


 感極まったソフィアは、これからの展望を夢中で話していた。

 マヌケ顔のリヒャルトの反応が微妙なのは、知識量の差か。ソフィアは戻った馬車のなかで酪農の未来を語り続けた。


 このお菓子は絶対商品化させたい!……そう思ったら、なにがなんでも上層部を説得したかった。苦手なプレゼンでもなんでもやる。その商品(企画)の良いところを、伝わりやすい言葉でこれでもかってぐらいアピールする。相手が白髪ゴリラだろうが、ハイパーイケメンだろうが、関係ないのだ。

 仕事上なら、イケメン相手でも堂々としていられる。ソフィアは前世の仕事人間ぶりを発揮した。畜産系の大学にいたから、農業、畜産の知識は多少ある。専門的な内容も噛み砕き、(つまび)らかに説明した。質問には全部答える。


 当初、リヒャルトは呆気に取られていたが、次第に険しい表情になり、それが好奇心に満ちた楽しげな顔へと変わっていった。銀色の瞳は生き生きとして、少年のような輝きを放つ。ソフィアの提案におもしろい、やってみたいと興味を持ってくれている。


 まず、綿密なチェックシートのもと、全国の農地の実態を把握する。不作が続いている農地には指導が必要だ。次、地域ごとに農家を集め、勉強会をする。地域を分けるのは、土壌の成分や気候で適した農法は変わるからである。

 荒れ地は国が買い取り、土壌改良する。そのまえに、試験的に牧場経営したいとソフィアは申し出た。


「君が牧場を!?」


 これには乗り気だったリヒャルトも驚いた。ソフィアはひるまない。


「ええ。それと、買い取った荒れ地の回復ですが、いろいろやってみましょう。雑草の処分はたぶん、埋めるか燃やすか、鋤込むですよね? 処分に困っている農家は多いと思うんです。それと、国有地は王都からも近いです。町中や街道に落ちる枯れ葉もいただきましょう」

「もらってどうするのだ?」

「集めて畑に撒いて燃やします。草木灰という肥料になるのです。それをすき込み、荒れ地でも育ちやすい雑穀類、粟、(ひえ)……ライ麦、大麦などを栽培します。それから、牧草を植え……」

「粟、稗??」

「……ああ、そうか……この国にはないかもしれませんね。ライ麦は?」

「わからない……」

「では、調査項目にイネ科の雑草も付け足しましょう。作物として優秀な雑草もあります」

「雑草も役に立つのだな?」

(わざわい)も三年経てば用に立つ。役に立たないものなどありません」


 その後、リヒャルトの農地を見せてもらい、チェック項目が増えた。

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