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12話 財政状況

 食後、ソフィアは執務室にいた。

 執務室は王の仕事場である。本棚に挟まれたデスクには書類が山と積まれている。たぶん「これは可!」「却下!」とか言いながら、判を押していくのだろう。デスクの脇には立派な印璽と朱肉も置かれてあった。


 リヒャルトは紙の束から、財務関係の書類を取り出した。まず、国庫の会計帳簿にソフィアは目を通す。前世でも経理は経験ないから、おおまかなことしかわからない。全体をまとめた総勘定元帳に各領地ごとの納税台帳、現金出納帳、貢納管理帳などは見ておかなくては。他にも歳入簿や徴収簿、報告書がいくつもあり、ソフィアは頭が痛くなってきた。


「見てもわからないだろう? 私も神経質だから一応、総勘定表に矛盾がないかぐらいは確認してあるよ」

「貸借対照表はどこです?」

「たいしゃく……?」

「資産、負債、純資産を一覧にしてある書類です」

「……これかな?」

「あと……損益計算書も必要です。それと電卓を……」

「電卓??」

「ソロバンでいいです」

「なにを始める気なんだ……?」

「決まってるでしょ。計算が合ってるか、報告書に間違いがないか、全部確認するんです!」

「それは王とか財務大臣の仕事……」


 リヒャルトは言いかけて口をつぐんだ。ソフィアが仕事モードに入ったのが伝わったのか。それ以上、止めようとしなかったので、ソフィアは計算を始めた。王妃になるのなら、ちゃんと把握しておく必要がある。



 書類の確認は深夜になっても、終わらなかった。最初、オロオロしていたリヒャルトも途中から手伝い始める。ランタンの弱い灯りのなか、ソフィアたちは数字と戦った。王弟とその夫人が真夜中の執務室で延々とソロバンをバチバチ弾いているのは、使用人からしたらさぞ不気味だったろう。


 ソフィアは集中した。仕事なら、イケメン相手でも堂々としていられるのは転生前からだ。普段、リヒャルトにおびえているのが、まったく平気になっていた。普通にこの計算合ってるか見て……と、指示を出せる。リヒャルトも文句を言わずに付き合ってくれた。


 やはり戦時中の出費が大きかった。何人か諸侯からも借金をしている。くわえて、請取状といわれる領収書の代わりとなるものがいくつか紛失しており、昨年度は不明瞭会計が一部あった。横領の可能性も否定できない。リヒャルトの話では、

 

「私が財務に介入するようになってからは大丈夫だと思うのだが、それまでは全部宰相のセルペンスが管理していた」

「悪代官か……」

「今、なんと??」


 ソフィアは腕組みした。財政状況はすこぶる悪い。率直に言って大赤字だ。国庫の主な収入源である貢納も、飢饉のため期待できない。むしろ、農民には減税や補助金政策が必要なぐらいである。これを立て直すには、新たな事業を興すぐらいしか……


(こんな経営状況じゃ、いつクーデターや民衆の反乱が起こってもおかしくないわ……もしかして、わたくしって、マリー・アントワネット!?)


 扇を片手に、パンがないならケーキを食べればいいじゃない!……なんて台詞を言ってみたい気もするが……そんな悠長にふざけていられる現状でもない。このままだと、本当に処刑台送りになってしまう。


 結局、ソフィアは明け方近くまで書類とにらめっこしてソロバンを弾いた。夢中になると周りが見えなくなるのは、仕事人間の前世と変わらない。リヒャルトの存在はほとんど意識していなかった。ハイパーイケメンでも、アシスタント役なら顔面は気にならないのである。


 いくらなんでも、全部を一晩で見るのは不可能だった。精査には数日かかるだろう。これからのことも考えなくてはいけない。どん底からどうやって立て直すか。夜会など行っている場合ではないのだ。




 いつの間にか、うたた寝してしまったのか。気づいた時、ソフィアはベッドに寝ていた。人のぬくもりが近くにあり、ルツだと思った。実家に置いてきてしまった、一番の理解者。大好きなお婆ちゃん──

 しかし、ルツ特有の老人臭がない。それと、大きくてなんだかゴツゴツしている。ゴリラ……?


「ひっっ……!!」


 銀髪が目に入り、ソフィアは飛び退いた。そうだ、ルツはここにはいないのだった。横に寝ていたのは白髪ゴリラ、否……


「リ、リヒャルトさまっっ!?」


 ソフィアは毛布の外に出た自分の姿に驚愕した。いつの間にか服を脱がされネグリジェ姿だし、寝ている間になにかされてしまった!?


「驚かせてすまない。寝てしまったから私の部屋に運んだんだ。着替えは侍女にさせた……断じて私はなにもしていない!」


 起き上がったリヒャルトは真っ赤な顔で言い訳する。そういうリヒャルトもストンとした簡易な民族衣装っぽい寝間着姿である。寝起きのハイパーイケメン。


「昨晩のことは覚えてないのか?」


 ソフィアは記憶をたどってみた。言われてみれば、侍女に服を脱がせられている記憶はなんとなくある。自分の部屋のベッドだと思っていたのに、これは反則だ。


「寝た君を私が抱いて自分のベッドに寝かせたのだ」

「ひどいです、リヒャルト様……」

「で、でも、私たちは夫婦だろう?」


 そういえば、そうだった。夫婦だから、同じベッドで寝ても、なんら不思議はない。喫驚したのと恥ずかしい気持ちはあるが、元婚約者レイパーエドのような気持ち悪さはなかった。

 

(抱いて……ってことは、リヒャルト様がわたくしのことをじかに運んだってこと? キャーーッッ!!)


 想像するだけで顔がほてってくる。いや、夫婦なのだから、それぐらいのことで恥ずかしがってもしょうがないのだが。


「すまない……触れてはいないよ、本当に……」

「抱いて運んだってことは、触れてるじゃないですか」

「それは不可抗力だ。ヤらしいことは、いっさいしていない!」

「見てもないです?」

「そ、それは……」


 リヒャルトは言いよどんだ。え、まさか?──ソフィアは不安になってくる。寝ている間にオッパイとか勝手に見られていたら、サイアクである。いくらハイパーイケメンといえども、痴漢行為は犯罪だ。百年の恋も冷める。


「寝顔がかわいかったので見た」

「有罪です」


 寝顔とか一番見られたくなやつだ。ソフィアは顔を覆ってベッドに伏した。恥ずかしいっっ!!


「夫婦なのにか?」

「夫婦でもダメです」


 相手がハイパーイケメン夫だから余計に恥ずかしいのだ。ルツに見られるのとはちがう。赤毛陰キャとして生を受けても、ソフィアだって乙女なのである。

 少し間があって、


「そこまで嫌われるのも、つらいものだな……」


 リヒャルトのつぶやきが聞こえた。その声がいつもよりかすれていて、苦しそうだったのでソフィアはハッと顔を上げた。

 ちょうど、同じタイミングでリヒャルトは背を向ける。


「ゆっくりし過ぎてしまった。農地へ視察に行く。大急ぎで身支度して、朝食は馬車でとろう」


 そうだ、農地の状態を確認しなければ……ソフィアはすぐさま切り替えた。

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