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夢追いB4ケント  作者: 檜尾眞司
4/7

夢への三歩目

篠崎プロダクションに入って3年目になる日野、夢への到達にはまだまだ遠い!

夢追いB4ケント 4


 日野賢人がプロダクションに入ってあっという間に3年目を迎えた。

 日野は篠崎プロダクションに通うのに、京阪守口市のアパートから学研都市線の鴫野駅近くのワンルームマンションに引っ越した。

 鴫野駅は環状線の京橋に一駅の場所にあり、今までいた守口市より少しだが短縮した感じだ。

 何より、マンションには風呂とトイレが付いていて鉄筋4階建であった。

 大阪市城東区という場所で、日野にとっては大阪城公園に近く家賃は今までの倍にはなったのだが、憧れのワンルームマンション生活であった。

 篠崎プロダクションで働きながら貯金も少しは貯まる様になっていた。

 アシスタントにも慣れてきて、環境も変わった事で自分自身の漫画も描きはじめていた。

 日野は人物は苦手だが、建物とかビル、車やヘリコプターなどは得意であった。

 仕事の休みや、仕事から帰って来てコツコツと描いていていた甲斐があり24ページの読み切り漫画を完成させた。

「ヘェ〜、なかなか面白い、ラストのオチがエエわ!」早速、篠崎先生に読んで貰い、手答えのある返事をもらえた。

 ただし、篠崎先生に褒められたのはこの作品だけで、のちのち投稿する作品は褒められることは無かった。

「あの時のあのオチは良かったけど……?」

 後は、いつもこんな感じの返答だった。

 しかし、あの時は有頂天になっていた記憶がある。

「ありがとうございます」

「ヒノさんはどこに投稿するんや」

「はい、ビットコミックに出そうと思います」

「そうか、まあ頑張りや」

 日野賢人は大阪に出て来て、初めて仕上げた作品であった。

 日野からすると篠崎の執筆のペースが驚異的で、今だに信じられない。描き始めて1年半は掛かっているからだ。

 連載を何十年も続けている事が凄い事である。

「ヒノさん、よう描いてるわ」

 えーちゃんや尾崎チーフも感心していた感じだ。

「ヒノさん、仕事の合間によう描けたもんやな〜」水田も感心しながら、目は笑っていなかった。

 数ヶ月後、ビットコミック大賞の通過者の発表が本誌に載った。

 ビットコミック大賞は漫画誌の中でもレベルはかなり高い賞である。

 応募総数350人、1次通過35人、その中の太字で記されたのが最終選考通過者で、日野賢人の作品が太字で残っていた。

 その人数5人であった。

「ヒノさん凄い、凄い!」

「やったね、おめでとう!」

 この時ばかりは、篠崎プロダクションが沸いた一日であった。

「ヒノさん発表はいつなん」

「次の発売日は2週間後です」

 後々日野にとってはある意味で忘れられない日となったのは確かだ。


 次の発売日に日野賢人の名前は無かった。

 編集者からの連絡すら無かったのである。

 日野賢人以外4人には大賞、佳作など賞が与えられ唯一彼だけが無杯となった。

 篠崎とおるも首を傾げる結果であった。

 ビットコミックは篠崎が連載をしている雑誌で、何かの配慮があったのかもしれない。

 しかし、連絡も無いのは篠崎も首を傾げるしかなかったようだ。

 

 掴みかけたモノが手からすり抜け、天から地に落とされたこの時の気持は、日野賢人本人にしか分からない感情であったに違いない。

 しかし、ビットコミック大賞の最終選考に残ったという名誉は消えることは無く、後々彼の成長へと繋がっていったのは確かだ。

 

 尾崎チーフが日野に見開きを任せる事にした。

「ヒノさん出だしの見開きページ任せるわ」

「はっ、はい」

 日野は慌てていたが、尾崎チーフはビットコミック大賞の最終候補に残った日野の絵がレベルアップしている実感を得ていた。

 篠崎プロダクションでの見開きページは、B4ケント紙2枚を裏からテープで貼り合わせ、かなりの大きさになる。

 そこに、街並みの風景を描いていく。

 下書きだけでも大変な作業となる。

 今回はその見開きが扉絵となり、篠崎先生が描いた人物も入っていてタイトルも入るシーンである。かなり緊張感が伴う。

 人物が入っている場面は失敗出来ない。

 日野もやっと認められつつあった。


 数日後、江山が28ページ新作の漫画を持ってきた。久しぶりに描いたようだ。

 茶色いB4サイズの封筒に入れられて、1ページ目にはトレーシングペーパーがかけられていた。

 トレスと呼ばれ、薄い透けた紙であり篠崎プロダクションの作品も一枚絵に掛けて、そこにタイトルや名前を書いて提出するのだ。

 やはり、日野賢人に触発されて描いていたようだ。職場の先輩にあたるが、漫画の世界では誰しもライバルである。

 江山の作品はやはり絵が天才的で、女性を描けばかなり魅力的な女性を描く。必ず編集者の目に留まるのがわかる。背景も上手い。

しかし……!

「えーちゃん、物語終わってないやん!」

 篠崎とおるが第一声を放った。

「まあ、終わらなくて……」江山は苦笑い。

「これってキャラクター紹介で終わってしまってないか?」

 確かに、女の子が探偵をする物語だが、28ページの最終ページでやっと事件に突入して終わっていた。

「江山さん、何ページの作品になるん?」

日野と水田も面白くなりそうで、うーんという感じになった。

「いや、わからないなー!」

「賞に出すんでしょ」

「いや、まだわからん」

 江山は、性格上煮え切らない所が多い。

 前に、篠崎先生がえーちゃんは絵は天才的やが、話しが書けないという言葉を思い出していた。

 「えーちゃん、漫画は話しをコンパクトにして絵でわかる所は、セリフを切っていかんと」

 篠崎の何やら難しい言葉が出てきた。

 日野や水田は、少し理解不能である。

「は、はい〜」江山は理解しているようだ。

 当然、尾崎も頷いている。

「小説は逆に絵が無い分足していく作業になるんや、長編になると場面場面を書いてそれを繋ぐ作業になる、そういうとこもう少し勉強せんと」


 いやいやなんか奥が深い!

 日野と水田は感心して聞いていたが、当の本人はかなり凹んでいた。

 しかし、あれだけ天才的な絵の才能があるのに勿体無い気もするが、そこから一流の漫画家になるには総合力のいる世界であるのが実態である。

 厳しい世界である。


 帰りはいつも途中まで水田孝彦と同じ電車に乗る。京橋駅まで一緒なので途中下車し、ディープな京橋駅近くの居酒屋に良く行っていた。

 ビールが運ばれて来てから、日野がいつも疑問に思っている事を水田に聞いた。

「水さんは漫画は描いてないん?」

「あんまり、うーん描いて無いことは無いけど」

 日野賢人は水田自身の漫画を見たことがなかった。どちらかと言うと、漫画より他に興味が向いている気がしていたからだ。

「ヒノさん、俺なホンマは音楽やりたいんよ」

「えっ、ミュージシャン志望だったの?」

 日野は驚いた。

「ヘェ〜、知らんかった」

「そやけど絵上手いし、専門学校もマンガコースやろ」水田はビールを一口飲んだ。

「音楽を教えてくれるとこって、分からんかったんよ進路選びの時、まあー絵を描くの嫌いじゃなかったしええか思って」

「チーフや江山さんやヒノさんが作品持って来たやろ、それ見た時に思ったんやけど俺には総合力は無いし、仕事として絵を描くことは出来ても何も無い白い用紙を前にすると何も浮かばんのよ」

 日野もビールをもう一口飲んだ。

「音楽やったらいろんなこと浮かぶのにって、気づいたんよ、ホ ンマにやりたいのは漫画ちゃうなーって」

 水田は鞄から、カセットテープを取り出した。

「まさか、これって!」

「デモテープって大袈裟なもんちゃうけど、作詞作曲したの入ってるんよ、一回聞いてみて!」

 日野にとって、まさかの衝撃であった。

「まさか、ここまでやってたなんて」

「うん、聞くわ」

 2人は店を出て、水田は環状線、日野は片町線へと向かった。

 日野は電車を待つ間に持っていたウォークマンに、水田のカセットテープを差し込みスイッチを押した。

 カセットケースには手書きで曲名が5曲書かれていた。

 電車が入ってくると同時に曲が流れ出した。

 シンセサイザーとギターを使った本格的な音楽が流れ出し、彼の想いが曲に乗り歌っている姿が想像できる。

 水田は誰に影響を受けたのだろうか、そういえばよくカラオケで山崎まさよしを歌っていた。

 日野は山崎まさよしの曲が詳しい訳では無いが、「One More Time,One More Chance」

は聞いたことがあった。 かなり影響されている

 

「ホンマに凄い」「凄いよ水さん!」

 日野は家に着くまで繰り返し曲を聴き続け、久しぶりに熱いものが込み上げてきたのだった。

 

ありがとうございます。

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