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夢追いB4ケント  作者: 檜尾眞司
1/7

夢への一歩

宜しくお願いします。

夢追いB4ケント


1

「夢は見るもので、追うものではないと人は言う、だが追う人ほど輝いて見えるのは私だけだろうか!」



 日野賢人(ひのけんと)は雑誌のあるページに釘付けになっていた。


 2月、どんよりとした薄鉛色の空にねじり込むように気温が低下した昼下がり、大阪西梅田にある6階建ての周辺に当然のように溶け込ま無い赤レンガの建物、その食堂兼休憩スペースの窓際に座っているのが日野賢人である。

 日野の髪は寝癖が付いたままで、白のパーカーにジィーンズ姿、取り立てて特徴のある青年でもない。

 そんな日野が釘付けとなっている雑誌に「漫画家のアシスタント募集!」そして、住所と電話番号が連載まんが最終ページの余白に載っていたからである。


 赤レンガ創りの建物の入り口には、大阪写真専門学校、大阪デザイナー専門学校とロゴが掲げられて、日野賢人はアニメーショングラフィックデザイン科2年の学生であった。


 漫画雑誌ビットコミックそこに連載中のまんが「スコーピオン」作者、篠塚とおる

と、ある。

 現在であれば、個人情報を雑誌の余白に載せることなどあり得ない、まして住所や電話番号などを乗せるなど絶対に無い。

 緩い時代であった。


「この人知ってる?」日野賢人が向かいに座っている山崎勇也に尋ねた。

 山崎はブランド物の革ジャンを着て、いかにも金持ちええとこの子って感じだ。

「ああ、知ってる、結構大御所やな、大分前やけど映画とかも2、3本ヒットしてるけど、大人向けやなーわいらの世代やったらあまり知らんのちゃうか……」

 山崎勇也は雑誌を取り上げ、内容を丹念に確認しながら言った。

「ヘェ〜、大阪にいてんや珍しいなー」

「そうなんか!」

「そうやで、漫画家ってほとんどが東京に行ってしまってるんやんか!」山崎勇也はそう言いながら、漫画雑誌を日野賢人の前に置いた。

「この八尾って住所、近いのか?」日野賢人は地方出身者であり、土地勘があまりなかった。

「賢人は守口やろ、そっからやったら京阪で京橋まで出て、環状線外回りで鶴橋で近鉄に乗り換えやな、30分ぐらいちゃうか。近鉄は本線やで奈良線に乗ったらあかん!」

山崎勇也は地元大阪だからかなり詳しい。


 日野賢人は小さい頃から漫画家に成りたく、大阪のデザイン学校に通うために地方からやってきた。卒業間近で就職も決まっていない。そんな時に雑誌が目に止まったのだ。

「悩んでてもしゃあないで、電話せな何も始まらんで!」山崎は日野の決心がなかなか付いてないのを悟り、後を押した。

「うん」頷いた日野は山崎に感謝の気持ちをVサインで答えた。



 翌日電話を掛けるため、家の近くの電話ボックスに行き、受話器を上げテレホンカードを差し込んでダイヤルを押した。

 まだ、携帯電話があまり普及していない時代。

 呼び出し音が聞こえる、日野賢人はドキドキであった。

 (はい、篠塚プロダクションです)

 若い、同世代ぐらいの男の人が出た。

「あの〜、ビットコミックを見て、見て電話しました……アシスタントの……」声がうわづっている。

 (アシスタント募集のですね、少しお待ちください)そういうと保留音の音楽が流れだした。

 (お待たせしました、学生さんですか?働いてますか?)

「が、学生です、専門学校の……!」

 (明日って、11時ごろ事務所まで来れますか?)

「や、八尾の……あっはい、行けます」

 (分かりました、写真付きの履歴書を必ず持って来て下さい)

「はい、履歴書を持って……ですね」

 (それでは、11時にお待ちしております)

「ありがとうございました」日野賢人は電話ボックスの中で何度もお辞儀をしていた。

 呼吸をするのを忘れるぐらいの緊張感を味わっていた。

「焦った〜」

 テレホンカードを取り、電話ボックスを出るとガッツポーズが自然にでていた。

 その時、日野賢人は漫画の世界に一歩近づいた気がしていたが、世の中そんなに甘くは無かった。

 

 日野賢人は京阪守口市から歩いて10分のところにアパートをかりている。当然、風呂無しである。長屋のような二階建てで家賃は安かった。

 地方から出て来て、右も左もわからず母親と一緒に探したアパートである。

 親の負担であるから贅沢は言え無かった。

 一階の入り口には管理人さんがいて、電話がかかってくるとブザーで知らせてくれる。

 まあ、不便といえば不便だが、当時は当たり前だった。

 お風呂は近くに銭湯があり、駅前には百貨店や商店街、アパートの前には中華料理屋さんがあり、意外と便利な所ではある。

 翌日、日野賢人は10時前には守口市駅に着いて電車を待っていた。

 京橋駅で環状線に乗り換え鶴橋駅で近鉄に乗り換えた。

 昨日の電話では準急というのに乗って、八尾駅のつぎの河内山本駅で降り、右側に本屋さんがあるからその裏手に〇〇マンションがあるので、その4階だといっていた。

 ドアに(篠塚プロダクション)書いているから、インターホンを押してとの事だった。

 少しウロウロとはしたが、なんとか時間通りにたどり着いた。

 後はインターホンを押すだけである。

 心臓が破裂しそうに勢いを増していた。

ピンポーン

「はい」「昨日電話をした……日野です……」

 昨日電話で対応したと思われる、すらっとした青年が出て来た。やはり、同世代の感じだ。

「どうぞ」青年はスリッパを出すと応接室へと招いた。

 プロダクションの事務所はマンションの一室で入るとキッチンがあり、左右に扉があり右側の扉側に通された。

「チーフの尾崎です、宜しく」

 尾崎あきらは30代前半で口髭を生やして、髪は長髪の芸術家の雰囲気を持っていた。

「履歴書を拝見します」

 日野賢人は慌てて、履歴書を取り出して尾崎に渡した。

「岡山出身で、現在は大阪デザイナー専門学校に通っているんだね」

「はい、アニメーショングラフィック科を専攻しています」

「漫画の経験は?」

「小学校の5年ぐらいから、好きで描いています」「投稿の経験はありますか?」

「はい、高校2年の時に一作だけ出したことがあります」日野は少し自信無さげだ。

「どうでした?」

「1次は通りましたが、2次で駄目でした」

「凄いじゃないですか」

 日野賢人は少しほっとした感じになっていた。

 専門学校ももうすぐ卒業だと思いますが、就職先は決まっていますか?」

「いえ、なかなか求人が無くて決まってはいません」

 チーフの尾崎は確信に触れてきた。

「漫画家のアシスタントの募集には、かなりの人数が来ています、プロの世界なので誰でもって言う訳にはいきません」

「はい」

「やはり実力を見たいと思いますので……」

 尾崎はなにかを取り出し、日野賢人のまえに置いた。

 「篠崎先生の作品のコピーと原稿用紙を渡しますので、一週間後までに描いて来て下さい」

「……」

「場面はどの場面でも構いません、何枚描いても良いので出来るだけ多く描いて来て下さい」

 尾崎はコピーと原稿用紙を篠崎プロダクションと印刷された封筒にしまいながら「一週間後の同じ時間に来て下さい」

 尾崎はニコッとしてはいるものの、目は笑ってはいなかった。

 日野賢人は身震いがした。

 直ぐに採用されると思い込んでいた為、頭が真っ白になっていた。

 多分隣りが作業部屋なのか、異様な雰囲気が漂っていた。

 日野賢人は作業部屋を見る事もなく、篠崎プロダクションを後にした。封筒を持つ手が汗でぐっしょりと濡れている。

 篠崎先生の絵柄は日野賢人の好きなタイプの絵柄で、リアリティーのある絵であった。

 日野賢人の憧れていた絵柄である。

 しかし、彼は篠崎先生を知らないと思っていたが、作品を調べると高校時代にプレイボーイという雑誌に連載漫画を読んだことがあるのを思いだした。

 雑誌は漫画雑誌ではなく水着やヌード写真などがあり、買うにはハードルが高かった雑誌である。

 篠崎先生の漫画も女性の裸シーンが多かったと記憶していた。

 日野賢人は卒業制作の課題も抱えていた。最終段階に入っては居たものの、完成させないと卒業は難しくなる。正念場であった。

 



2

 1週間後、日野賢人は近鉄鶴橋駅のホームにいた。なんとか、数枚の絵を完成させたのだ。

 鶴橋駅から準急に乗り河内山本駅にたどり着いた。駅前の南側を降り、真っ直ぐに商店街がある。昔ながらの駅前商店街、降りて直ぐ右側に折れると線路沿いに4階建の本屋さんがあり、そこを抜けた裏側に4階建のマンションの4階が篠崎プロダクションになる。


 日野賢人は2度目のインターホンを押した。

「はい」前回と同様、同世代の青年の声だ。

「あのー、日野といいます、1週間まえに面接をうけました……」

「はい、お待ちください」

 直ぐにドアが開いた。

 前回と同様に同世代の彼が、応接室に案内してくれた。

「お待ちしてました、出来ましたか?」チーフの尾崎が入るなり声を掛けた。

「はい、何とか……」自信などなく、原稿の入った封筒を渡すのが精一杯だった。


「少し待ってて下さい」尾崎はそれを受け取ると、隣りの部屋に入っていった。

 しばらくすると、尾崎と一緒に50代の男性が入ってきた。「君が日野くん」「篠崎先生です」尾崎が紹介したのは漫画家の篠崎先生だった。

「はい、日野賢人です!」日野は直立し頭を下げた。

「まあ、良いんじゃ無い。線も素直に引けているし、しっかり描かれているから」

「頑張りなさい」

と、言うと篠崎は隣りの部屋に入っていった。

「日野くん、そしたらこちらに来て下さい」

 尾崎が案内をしてくれたのが、アシスタントの作業部屋であった。机が交互に並んでいて日野賢人にとっては初めて見る漫画スタジオであった。このスタジオはアシスタント4人でいつも構成され、篠崎先生を入れると5人でやっているのだ。

「今度の4月から、来てもらう事となった日野賢人くんです、彼は大阪の専門学校を3月で卒業後スタジオに入ってもらいます」尾崎が3人の前で日野賢人を紹介をした。

 その後ろで篠崎先生がドア越しにその光景をにこやかな表情で見ていたか、日野賢人は緊張のあまりその時の事を覚えていなかった。

「私がチーフの尾崎あきらです。まあ、何度かお会いしてますが、そして前にいるのが江山英一くん、その隣りが水田孝彦くんです」

「私は10年ぐらい、江山くんが6年かな、水田くんは半年前から来てるが、彼も専門学校を1年前に卒業して来ています」

 水田孝彦は大阪の総合デザイン専門学校で、日野が通う大阪デザイナー専門学校とは大阪駅を挟んで反対側にある学校であった。

 日野賢人は初めてプロの原稿を見た。

 かなりの衝撃がはしり、手が震えるぐらいであった。「なんて綺麗なんだ、印刷されたみたいに綺麗なそして完成された人物、背景、ベタ塗り(黒く塗り潰すこと)など線の一本一本完璧に描かれている。

 日野賢人は自分にこんな絵が描けるのだろうかと、改めてプロの凄さを感じていた。

 

 日野は翌日からは、卒業制作に没頭せざる負えなかった。卒業がかかっていたからだ。

 無事にプロダクションへの就職というか、漫画家への第一歩を踏み込めたからだ。

 3月に入り、卒業制作が完成した。単位も取れ後は卒業を待つばかりであった。

 卒業式の当日、日野賢人の努力が報われた。

 なんと、卒業制作が努力賞を受賞したのだ。その日、担当教師と同級生とで派手に懇親会をやり、専門学校生活にピリオドを打った。

 数日後には、アシスタント生活がスタートする。

 


                   つづく

 

 

ありがとうございます。

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