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第二話 魔獣山脈

 枯れ木が生い茂る山の中。十分に整備されていない山道を馬車が駆け上っていく。険しい表情をした御者がこれでもかと言わんばかりに鞭を入れ、馬を急かす。


「ひゃっ!死ぬ、死にます、死んでしまいます!揺れに殺されます!」


 ミカが必死に手すりにしがみつきながら叫び声をあげる。全力疾走する馬車の中は「揺れ」などという言葉では全く足りないような状態だった。もっとも近い表現は『攪拌』であろうか。道のちょっとした凸凹を拾い馬車が跳ね回り、容赦なく天井や壁がぶつかってくる。


「せいぜいアザだらけになるだけよ。生きていたいのなら我慢しなさい」

「そんな!ルシエラ様のシルクのようなお肌がアザだらけになるなんて許せません!」

「大丈夫よ。これぐらい大した事ないわ。それよりも今は外よ」

「むぅ、分かりました。後でちゃんと見せてくださいね!」


 舌を噛みそうになりながらミカをなだめる。私だってアザなど作りたくないし、揺られたくなどない。もし馬車が全力疾走するのを止めれば揺れはだいぶマシになるだろう。だが、どれだけ全身をぶつけ痣だらけになる事になろうとも速度を落として欲しいとは思わなかった。


「射撃準備!!馬車に蜂共を近付けるなよ!!」


 馬車の外から隊長の怒号が響く。同時に耳障りな幾つもの羽音が段々と大きくなってきている事に気付く。指が白くなる程に手すりを握り締める。鋭く息を吸い、意を決して外を確認する。山の中にいる筈なのに景色は『黄色』と『黒』で塗り潰されていた。そしてそれは津波のように馬車を呑み込もうと追ってきていた。その波は1m近い大きさの蜂の魔物によって構成されていた。蜂の魔物・スティンガーホーネットだ。


「蜂があんなにいますよ!?」

「きっと大丈夫よ。兵士達が守ってくれるわ」


 兵士達は足を止め、剣や槍といったそれぞれの武器を蜂の大群へと構える。そして隊長の号令と共に武器の柄にはめ込まれた青い魔石が煌めき、氷の魔法が放たれる。氷の弾丸達はスティンガーホーネットに当たり爆発し、周囲の蜂も巻き込んでいく。蜂たちは仲間の被害など気にした様子もなく前進を続ける。


「第一小隊はそのまま撃ち続けろ。その間に第二小隊は20m後退!交互に後退して弾幕を切らすな!」


 『波』を押し返そうと兵士達は必死に戦う。蜂の群れを抑えながら上手く後退していく。だが多勢に無勢、だんだんと魔法だけでは抑えきれなく行き、武器だけではなく盾や手足まで駆使して蜂共を叩き落としていく。どれだけ倒しても次から次へと群がってくる。いつの間にか馬車に近付けないようにするのが精一杯になっていた。それでも兵士達は馬車を守ろうと追走しながら奮闘している。そんな状態では水も漏らさぬ、とはいかず一匹のスティンガーホーネットが抜けて来る。すかさず隊長が動き、長剣を鞘から抜刀し、一閃する。


「ひっ!?目が、蜂と目が遭っちゃいました……それでべちょって!」


 こわごわと外を覗いていたミカが引き攣った悲鳴をもらす。隊長に斬り飛ばされ胴体を失ったスティンガーホーネットの頭が馬車の窓にぶつかり、いろいろ混ざった透明な液体の跡だけを残して落ちていったのだ。


「ただの死体よ。それにしても魔王軍と戦ってきただけあって隊長は強いし、判断が早いわね」


 私はミカにそう答えるが、飛んできたスティンガーホーネットと目が合ってしまった事がよほど衝撃的だったのかミカは呆然としている。


「アジール修道院が見えた!走れ!走れ!!走れ!!!こんなところで死ぬような奴は俺が殺してやる!殺されたくなければ走るんだ!」


 羽音、爆発音、怒号、悲鳴、衝撃音、そんな混ざりに混ざった混沌とした音と激烈な揺れの中を身を小さくして耐えていると隊長が声を枯らさんばかりに大声で叱咤しているのが聞こえる。目的地であるアジール修道院が見えたのだ。前方を見やると街道を見下ろす崖の上に威圧感のある石造りの大きな城塞がある。あと一息、そう思う。


「あ、あれがアジール修道院ですか」

「元は国境を守る要塞なだけあって威圧感があるわね」

「今はあの城壁、頼もしいですっ」


 まだ衝撃を引きずっている様子のミカとそんな会話をしていると城壁の上の方が一瞬光る。僅か遅れて後方から特大の衝撃音が鳴り響く。ひときわ大きな歓声があがり、心なしか馬車の揺れもマイルドになった気がする。音がした方向を振り返ると黄色と黒に塗り潰されていた風景の一角が欠け、地面には大量の魔物の死骸と思わしき黒焦げの物体が白煙を上げていた。


「っ驚きました!凄い音でしたね!ルシエラ様」

「今のは魔導砲ね。お祖父様が自慢していたわ。何でも帝国軍を撃滅するために当時、最強の魔導砲を開発させた、とか聞いた事があるわね。それかしら?」

「そう言えば聞いた事あります!ルシエラ様のお祖父様が要塞建設の際にドラゴンを倒したとか!あれって本当なんですか?」

「どうやら本当みたいね」


 祖父の膝の上で聞いた昔話を思い出しながら言う。砲撃により仲間達が消し飛んだ事を警戒しているのか蜂の動きが鈍くなり戦況が好転し始めた事でようやく少しは安心したのかミカが微かに笑顔を見せる。


「あっ、今度は騎兵がいっぱい来ました!」

「きっと修道騎士よ」


 街道の脇にある細い道から重装甲の騎兵が二十騎ほど飛び出してくる。戦う修道士である修道騎士達だ。騎士達はそのまま蜂の群れへと突撃していく。心強い救援の登場に兵士達が口々に歓声をあげている。


「知ってます!アジール修道騎士団ですよね!ヴェネヌ平原の戦いで魔王軍を単独で突破して囲まれた味方部隊を救出したとか!」

「その修道騎士団よ。……あの先頭にいる黒い騎士、強いわね」

「本当です!蜂の群れが溶けているみたいです!」


 ミカが騎士達を指差し興奮した声で言う。修道騎士の中でも先頭に立つ黒い鎧を身に着けた騎士は別格だった。長大な大剣を振るい、当たるを幸いとばかりに蜂の群れを叩き落していく。その様子に目を奪われる。


「落伍者は!?」


 修道騎士と入れ替わるように細い道を駆け上がり、修道院の城門をくぐると隊長が怒鳴るように兵士へと尋ねる。


「負傷者はいますが、落伍者はおりません!」

「よし!門の外は騎士達に任せる。負傷者には治療を。修道院にも手伝ってもらえ」


 隊長は戦後処理の指示を手早く出すと馬車へと近付いてくる。


「御無事ですかな?」

「ええ、お陰様で」


 乱暴に馬車のドアを開けると隊長はルシエラに安否を問う。抜き身のまま持っている長剣や鎧には蜂の体液と思わしき僅かに濁った透明の液体がべっとりと付着していた。鞘に戻していなかった事に気付いたのだろう。失礼、と一言断り、軽く血振りをして長剣を鞘に納め、大きく息を吐く。その時、一人の兵士が小走りに駆け寄ってくる。


「お前がいなければ!ジャックは!!」


 隊長に何か報告でもあるのだろう、そう思っていると駆け寄ってきた兵士が突然殴りかかってくる。次の瞬間、殴りかかってきた兵士が吹き飛ぶ。隊長が殴り飛ばしたのだ。


「馬鹿者!何のために俺達が命を掛けてここまで来たと思っている!?」

「ですが隊長!この女は魔王の手先なんでしょ!?さっきのスティンガーホーネットだってそうです!あんな大群見たことがありません!コイツが呼び寄せたんじゃないですか?!」


 殴り飛ばされた兵士の胸ぐらを掴み、隊長が怒鳴る。だがそれに怯む事なく兵士はそうまくし立てる。


「ルシエラ様がどれだけ国に尽くして来たのか知らない癖に、事もあろうに魔王の手先だなんて!訂正しなさい!!」


 兵士の言葉に今度はミカが激怒する。


「……部下が騒がしてすみませんな。こいつの同期がさっきの魔物に重症を負わされておりまして、混乱しているのです」

「隊長さん、あなたには言っていません。私はそこの男にルシエラ様への暴言を訂正しなさいと言っているのです!」

「ミカ、ありがとう。でも良いのよ。……護衛してくださった兵士達に感謝を。不要かも知れないけど傷付いた兵士達の回復を祈っているわ」

「隊長!オレは!」

「いい加減にしろ」


 それでもなお言い募ろうとする兵士を隊長が一喝する。その時だった。パンパンと手を鳴らす音が響く。


「そこまでです。ここはアジール修道院。俗世の因縁を持ち込む事は私が許しません」


 気が付くとそこにはキッチリと修道服を着こなした人の良さそうなおばあさんがいた。その老修道女は優しさと厳格さを両立した声で厳かにそう宣言したのだった。

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