前世家事手伝いだったので転生スキルに「どんな包丁でも南瓜をサクサク切れる」を望んだらどんななまくらでも聖剣になってしまうようになったんだが
つまらない身の上話をしようと思う。現状の説明に必要なことなので、耐えて聞いて欲しい。
前世の私は21世紀の日本で生きていた家事手伝いだった。なお家は自営業と言うわけではなく父は地方公務員だったので察して欲しい。就職難だったのだ。
母は体が弱く通院していた。私は半ば母の介護をして過ごし、母が還暦を前に亡くなったあとは私が家事を切り盛りするようになった。家事手伝いと言ったが、事実上の専業主婦だった。割とこういう家は多かったんじゃないだろうかと思う。昔だったら見合いをして嫁に行かせられその家で姑のいびりに耐えながら家事をしていたのではないか。
そんな暮らしを三十路に至るまで過ごしてきた私は、バスに撥ねられて死んだ。車に撥ねられるのは最初で最後の体験となったわけだが、そのときの私の走馬灯ときたら、高校のときのちょっと好い感じだった関係の上級生の異性とのことではなく、親友のことでもなく、家族のことでもなかった。
南瓜のことだ。
父の実家は農家で、祖母が度々野菜をくれた。多すぎるぐらいくれた。傷ませないうちに調理をするのが私の役目だった。バスに撥ねられたのだって、醤油が切れていたため慌ててスーパーに買いに行ったときのことだった。
その中で私を最も困らせていたのが、南瓜だった。
21世紀の日本。便利なもので、スマートフォンでレシピを検索すれば色々出てくる。家にある食材や調味料との兼ね合いのパズルになるのだが、南瓜はレシピはあっても調理に困らされるものだった。硬いのだ。
学校を卒業して体育の授業もなくなり、ちょっと体重が気になってきたのでフィットネスゲームをしていたぐらいで、だいたい非力だった。くわえ、包丁はあまり切れがいいものではなかった。研げばいい話なのだが、私はあまり器用な方ではなかったので砥石でうまく研ぐことができなかった。ついでに言えば、あまり切れ味の良い包丁だと扱うのが怖かった。
だから毎回電子レンジで加熱してから調理していた。醤油を買いに行ったときも、電子レンジでチンしていたときだった。加熱にそこそこ時間がかかるので。
なので、死に際の私は、血を流し折れた骨の痛みを感じながら、こう思った。
『南瓜がサクサク切れたらこんなことにはならなかったのに』
そういうわけで、私の未練はうっかり南瓜の調理についてになった。
雲海が見える空間。そこで何らかの台座に座っていた私は、目の前の神と名乗る老人は、私の死は手違いだったと話していたのを耳にしていた。ふぅん、そっか。あまり人生に執着していなかったのでこのまま来世に期待したいところだな、と思っていた。
そこで老人は言った。
「なんでも好きなスキルをひとつ与えよう」
私はこのとき、やはりまだパニックを起こしていたのではないかと思う。
「あ、じゃあどんな包丁でも南瓜をサクサク切れるスキルください」
こんなことを言ってしまったので。
「よかろう」
「いいんかい」
思わず突っ込んだが、老人は聞いちゃいなかった。そのまま彼の人差し指が光ったかと思うと、私の意識は真っ黒に塗り潰された。
と言うことを、私は今、光り輝く果物包丁を片手に思い出していた。
「お嬢様!!」
お嬢様、と言うのは前世では縁のない言葉だったが、今この場では私を示している。イェナ・カタリナ・アヤ=ソフィア。それが今生での私の名である。前世の私の名も時勢に即してなかなかキラキラネームだったが今の私には負ける。なんせ普通に外国だし。正確には外国みたいな世界だし。もっと正確に言うと、今の私の名はヨーロッパ風だが今暮らしているところはなんとなくベトナム風だと思う。ベトナムのことはよく知らないまま前世は死んでしまったけど。服とかがそう。前世で1度は着てみたいなと思っていたのだ、アオザイ。
さて、今の状況が問題だ。
私は学校の授業の一環でキャンプをしに来ていた。全体的に湿地帯の国だけど山がある。前世のことを思い出したショックで少々忘れかけていたが、今の私は所謂魔法学園に通っており、同い年の従者が同級生だった。名前なんて言ったっけ、あとで思い出そう。あんなに蒼褪めてくれているし。
魔法学園なんてあるのだから、モンスターだっているのだ。そういうわけで、キャンプの設営中、呑気に食材を洗っていたらモンスターが襲って来た。見るからに岩のように硬そうな装甲の猪のようだった。
どうやらあの表皮は普通の攻撃や魔法では歯が立たなかったらしい。この場で1番身分の高い私を守ろうとした教師や同級生たちが弾き飛ばされるのを目にしながら、私が咄嗟に手にしたのは――果物包丁。
途端、何やら熱のようなものが手に集まってくるのを感じた。
そして、咄嗟に両手で持ったそれを振り上げた。
一閃。
私の目の前にまで迫っていた岩猪は、真っ二つになっていた。
……断っておくが、今生でも私は特に剣術を授けられたわけではない。令嬢なのだから優先されるのは礼儀作法だ。キャンプにしたって、今の私は文句を吐けつつ、なんとなく覚えていた包丁さばきで食材を切っていたのだ。今にして思えば前世の記憶そのものだ。
そして、今握っていたのはただの果物包丁のはずだ。
しかしそれは今は光り輝いていた。目を剥く周囲。真っ先に駆け寄ってくる、名前忘れたけど従者と思しき少女に泣きつかれながら、ひょっとして、と私は思ったのだ。
(南瓜「も」サクサク切れる、つまり南瓜以外もサクサク切れるようなスキルということか……?)
駆け寄ってくる応援。真っ二つになって中々にグロテスクな中身を晒している岩猪を眺めながら、私は自身が手に入れていたスキルに恐怖を覚えていたのだった。
それが宗主国「トウ」からの独立を画策する王子との出会いのきっかけになるとはまさか思わなかったのだ。
「持つ剣すべてが聖剣となる最強の娘……! どうかこの国の英雄と!」
「待って待って私は料理だけしていたい」
「お嬢様!?」
End.