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マイ・スイート・チョコレート  作者: 佐々森りろ
5/6

2.sour


その頃、千夜は楓の行きそうな場所を探しに外に出たものの、まったく見当が付かなくていつもの河川敷にいた。

川沿いの階段に座って、キラキラ光る水面と水の流れる音に完全に思考回路が停止してしまっていた。


朝から勉強して頭使いすぎたんだ。


楓といったら、ここくらいしか思い浮かばなかった。後はいつもうちにいるか学校にいるかだし、楓を探すなんて、今までなかったから、どうしたら良いのか全然分からない。


最終手段の圭次からは、

知ってるけど、知らん!

って、意味不明な返事が返ってくるし、もうやっぱり頼りにならなすぎる!


「…はぁ」


深い深いため息をついた。


膝を抱えて 目を閉じると、少し離れた辺りから、パシャンっと何かが水に落ちたような音がした。

ハッとして目を開けると、誰かがゆっくり川の中に入っていく。


「え!なに?あの人…なんで川に入ってんの」


あたしは立ち上がって辺りを見渡すが、生憎あたししか周りにはいないようで、恐る恐る近づいた。

その人が何かを掴んで階段に戻ってくる。


「あ、あのっ!大丈夫ですか?!」


とっさに声をかけると、その人は少しびっくりした後に、ぎこちなく笑って、


「大丈夫、助けた」


そう言って両手で抱えた子猫をあたしに見せてきた。


「え…猫…」


それよりもほぼ全身濡れてしまっているその人が、あたしは大丈夫か心配になる。まだ水も冷たい春の川。


しかし、心配もよそにその人は先ほどとは全然違う優しい顔で子猫に微笑むから、あたしはその笑顔につい見入ってしまった。


「…なに?」

「え!…あ、大丈夫なんですか?寒くない?」

「あぁ、ちょっと寒いな。でも大丈夫。じゃあ」


そう言ってその人は濡れたまま子猫を抱いて行ってしまった。

家近いのかな?

あたしはポケットに入っていたタオルハンカチを思い出して、その人の後を追った。


「あの!これ、役に立つか分からないけど、使ってください。返さなくていいので」

「…」


あたしが差し出したタオルハンカチに、その人は無言で振り向いたかと思うと、そっと受け取ってやっぱりぎこちなく笑った。


「ありがとう」


そう言うと、すぐにスタスタと行ってしまう。


あたしはしばらくその人の姿を見つめていた。

ちょうど姿が見えなくなった頃に、後ろから呼ばれる声が聞こえて、振り向くと斜面の階段を下りてくる楓の姿を見つけた。


「やっぱここにいた!」


楓はそう言いながら、あたしに駆け寄ってきた。


「なんで楓はいつもあたしをみつけられるのー?

あたし今までずっと楓のこと探してたんだよ」


半分諦めかけてたけど…。

と、思ったけど、それを言う前に楓があたしの頭を優しく撫でて安心したように微笑むから、少し心配になる。


「どーしたの?」

「…はぁ。やっぱ俺は千夜と少しでも離れるとダメだわ。ごめんな、バイトのこと黙ってて」


楓はそう言って、階段を指差して「座ろっか」と階段に座った。


「入学前からずっと考えてたんだ。

自分で何でもできるようにならないとって。

いつまでも千夜の両親を頼ってられないし、俺が頼られるくらいにならないとって思ってさ。

だから、とりあえず毎週日曜はバイト入れたから、千夜も見守っててよ」


そう言って微笑む楓がすごく大人びて見えて、あたしは楓が遠い存在になりそうな気がして少し胸が痛んだ。


「楓はカッコいいなぁ。あたしなんて、自分で精一杯だよ。楓が居ないと全然ダメ。ほんと、ダメだ」


あたしは膝を抱えてそこに顔を埋めた。


「千夜…」


楓がゆっくりあたしに手を伸ばしたのと同時に、あたしは勢いよく立ち上がった。


「よし!決めた!あたし楓離れする!

頑張って、あたしも大人になるよ。だから安心して、楓!バイト頑張ってね!応援するからっ」


やり場のなくなった腕を静かに下ろすと、楓は千夜の発言を思い返す。


「…ん?今、俺離れ?って言ったか」

「うん!よーし。ほらっ、帰ろう!ママにも報告しなくちゃ」

「ちょっと待て、俺今千夜と少しでも離れるとダメだって言ったんだけど……聞いてなかった?」

「だーいじょうぶだってば!今まで通りでいーけど、あたしがもう少し楓を頼らないようにするって事だから」


能天気にあたしがケラケラと笑いながら歩き出すのを見て、楓は呆然と立ち尽くしていた。


「あ!ところでさ、楓のバイトしてるとこってどこなの?」


あたしが振り向いて聞くと、楓はなぜか怒った顔をしてドカドカと歩き、「教えねぇ!」と言ってあたしの前を行ってしまった。


「え!ちょっと、なに怒ってるの?教えてよー」

「そんなに言うなら、あんまり一緒に居ない方がいーって事だろ?分かったから、明日からはちょっと距離置く。それで文句ないだろ」


そう言って楓はまた早足で行ってしまうから、あたしは追いかけようにも追いつけなくなった。


「なによぉ」


先に自立しようって離れたのは楓の方じゃん。

1人で大人になろうとしてるのは楓の方だよ。

あたしだって楓離れはいつかしなきゃって思ってた。

ずっとずっと思ってたけど。

あたし、まだまだ子供なんだよ。

楓がいないとたぶんダメだもん。


楓が先に大人になっても良いから、

変わらずに今まで通りにして欲しかったから、

なのに…

なんでそんな言い方されなきゃならないのよ。


楓が怒るなんて、初めて見たかもしれない。


いつも、どーしてそんなにって思うくらいあたしに優しいし、どんなにドジしても、勉強出来なくても、それを投げ出したとしても、笑ってくれてた。


また今度だって、帰ったら笑ってくれるよね?

きっと。


家に帰ると、ママがご機嫌な様子でキッチンで鼻歌を歌っている。


「ただいまー」

「あら、おかえり。ちょうど良かった、今おやつにしようと思ってたの。楓くんが千夜の好きなチョコレートケーキ買ってきてくれたのよ」


ママはそう言って、テーブルの上に置かれた白い箱を指差した。


「あ、これ」


箱を開けてみると、中にはこの前奈々香さんと会ったカフェで食べて、あたしがまた食べたいと騒いでいたチョコレートケーキが入っていた。


やっぱり、楓は優しい。


「楓は?呼んでくるねっ」


あたしが玄関に向かおうとすると、ママに止められた。


「今日はバイトで疲れたから、夕飯まで休むって言ってたわよ。学校生活も変わったばかりなのに、慣れないことしてきたんだもの、疲れてるはずよ。休ませてあげなさい」


ママにそう言われて、あたしは素直に戻って椅子に座った。

目の前には、お皿に乗ったチョコレートケーキと淹れたての紅茶が並べられている。


嬉しいはずなのに、何故か気持ちは沈んでいて、ママは目の前でチョコレートケーキを大絶賛してニコニコ笑っているのに、

あたしはあの時ほどの美味しさをチョコレートケーキには感じなかった。


あたしは部屋に戻ると、窓から楓の部屋の窓を眺めた。今朝は閉まっていた窓が開いているのを確認する。

こんなに近いのに、楓を遠く感じてしまう。


チョコレートケーキ、ありがとう


すぐそこにいて、声も届く距離だけど、あたしは楓にLINEを送った。すぐに既読がついたけど、返信はなかった。


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