【2】1.sour
☆
あっという間に一週間が過ぎて、今日は休み。
学校が休みだからといって、勉強をしなくて良いわけではない。課題は案の定たっぷりと出された。
でも、あたしは楓からの参考書やら難しい本やらを与えられて散々見て来ていたからか、目の前の課題をやる事にそこまで億劫にはなっていなかった。
楓様々だ。
一通り課題を終えると、あたしは携帯を開いた。
いつも休みの日は楓からどこかへ行く誘いがくるのだが、今日はまだ何も来ていない。
と、言うか、静かだ。
いつもなら、課題はやったのか、早くやれとうるさいくらいにあたしの部屋をうろうろとしているのに、今日はそれがまだない。
むしろそのおかげで、いつもより 課題ははかどった。
楓の計算だろうか?
窓から隣の家の様子を伺うが、 カーテンは開いているものの、天気が良いのに窓を開ける様子もない。
楓が居ない?
あたしは下に降りて行って、遅い朝食を食べ始めた。
「千夜、ちょっとは楓くんを見習って早起きしなさいよ」
「休みなんだからいーじゃん。しかも朝のうちに課題ももう終わったし」
「楓くんが段取りしてくれてるんでしょ?ほんと、感謝してね」
あたしのママは出来のいい楓が大好きだ。
あたし以上に自分の息子のように楓を可愛がっている。まぁ、あたしから見ても楓は小さい頃から言う事ないほどのお利口さんで、悪いことをしたあたしをかばってくれたり、ドジなあたしの失態を何度も助けて来てくれた。
今のあたしがあるのはほんとに楓様々のおかげである。
「楓くん、今日からだって言って朝早くから出かけて行ったけど、大丈夫かしら?楓くんならどこで何してても心配はないんだけど、うちにいる事負担に思ってなきゃ良いんだけど」
ママがそう言ってあたしの前に座ってコーヒーを一口飲むから、あたしは今の言葉に疑問を持った。
「今日からって、何が?」
あたしが目玉焼きの黄身をトロトロに崩しながら聞くと、ママは驚いたように目を丸くした。
「千夜、聞いてないの?」
「え?だから、何を?」
あたしがハムと一緒にトロトロたまごを口に運ぶと、ママは信じられないと呟きながら、コーヒーのカップを静かにテーブルに置いた。
「楓くん、今日からバイト始めるって、だいぶ前から報告されてたのよ。
いつまでもうちに迷惑かけれないから、高校入学を機にお金貯め始めようかなって。
あたしは気にしなくて良いって言ったんだけど、自立するいいキッカケになりそうだからって、もちろん奈々香も知ってるし。
千夜には一番最初に言ってたんだと思ってた」
あたしは食べるのをストップして、ママを見つめた。
「…知らなかった、楓から何も聞いてない」
あたし、いつもあたしの事で精一杯で、楓の話を聞いたりちゃんと出来てなかった。
昨日も、あたしばっかりしゃべってて、楓の話は何も聞いてないし、よく考えたら、あのLINEだって楓が一人で用事あるってどこかに行く事も今までなかったし、何で疑問にも思わなかったんだろう。
「楓、どこでバイトしてるの?」
あたしは急いで牛乳を飲み干すと、ママに聞いた。
「場所までは詳しく聞いてないの。千夜に聞けばいいかと思って。やだ、なんか急に心配になってきちゃった。千夜、楓くんとちゃんと話してね」
「うん、心当たりあたってみる」
あたしは立ち上がると急いで着替えて、本当は頼りたくないんだけど、そこをなんとか堪えて、圭次にLINEを送った。
ーーーーーーー
大通りから少し外れた 大きな三角の屋根のログハウス風のカフェ。大きなガラス窓から、緑あふれる店内が見える。
まだ新しい匂いと木の香り、そしてコーヒーの香りに癒される。
オープンしたてのこのカフェは、この前千夜と楓が奈々香と会った場所だった。
この前の席とは違い、店内の奥にはソファーとローテーブルの少し特別な空間があって、そこに圭次は座っていた。
携帯を手にLINEを確認すると、圭次はニヤリとした。
「すいませーん、バイトの人ー!」
店内は静かなクラシックのかかる、寛ぎの空間。
そんな店内の奥で圭次は居酒屋にいるような客の勢いで叫んだ。店内には数名の客がいて、みんな驚いた表情で奥の部屋を振り返るが、圭次の姿までは見えない。
すぐ様、カツカツと木の床を急ぎ足で駆けつける音が聞こえてくる。
「圭次!うっせーんだよ、ここカフェだからな。お前の家じゃねーんだよ」
ものすごい勢いできたかと思ったら、とっても小声でそう忠告されて、圭次はそれを「まぁまぁ」となだめる。
「なんだよ、俺は今バイト中なんだよ。邪魔すんな」
「俺の紹介で働いてんだから文句言うなよー。似合ってんぞ、カフェエプロン!やっぱ何やっても似合っちゃうってすげーよなぁ、楓は」
「なんだよ、褒めたってなんもでねーよ」
そう言いながらも、圭次にと持ってきたキャラメルカフェラテのカップをテーブルに置いた。
「で、なんだよ?」
「ん?…あぁ!」
楓を呼んでおいて、圭次はキャラメルカフェラテに大喜びで飛びつき、フーフーと冷ましながら飲み始めるから、楓は呆れながらも聞いた。
「楓さ、この事千夜に話してないの?」
カップを離すことなく、圭次は飲みながら楓を指差して言った。
「は?なんで?」
面倒に思った圭次は先ほどのLINEを開いて、楓に見せながら、自分はキャラメルカフェラテを堪能する。
―
楓がバイト始めたっぽいんだけど、
どこか圭次場所知ってる?
―
「これに対してどーしたらいーんだよ?」
「やっぱすぐバレるか。それにしても、圭次を頼るとは…千夜も酷だったろうに」
「最初で最後のLINEだろーな、楓が隠し事なんてしたことないだろうしな。千夜めっちゃビビってるぞ~。今回ばかりは俺の方が有利だからな、色々遊んでやろー」
「ふざけんなっ!」
急に今度は楓が叫ぶから、店内が一瞬静まり返る。
すぐにヤバいと察して、楓は小声に戻る。
「千夜が少しでも不安になるようなことしたらタダじゃすまねぇからな、圭次」
「…はぁ」
圭次は楓の迫力に、大きく深いため息をついた。
「毎回毎回、どんだけ好きなんだよ千夜の事。
もう付き合っちゃえばいーじゃん。普段からもう一緒にいんのに、なんでもしほーだいじゃん。なのになんなんだよ、わかんねー」
圭次はカップをテーブルに置くと、ソファーにうな垂れた。
「あいつはあいつで気づいてないんだか、誤魔化してんだか、こんだけ一緒にいんのに何も感情生まれないなんておかしーだろ。
この前の俺の沙良ちゃんをお前にって発言!
どうかしてるよな?ほんとに何も思ってないってことかよ?それはそれで楓には絶望的な感じだろ。びっくりしたわ」
圭次はすっかり飲み終えたカップを片手に、「おかわり!」と、楓の目の前に突き出した。
「酔ってんのか?ラテで」
楓は呆れながらもそれを受け取った。
「やけラテだぁ、やってらんねーだろ。だから俺は千夜が嫌いなんだよ。早く楓の気持ちに気づけっての!」
圭次はすっかりふくれっ面で携帯とにらめっこしている。
「はは、そーゆーとこが圭次の良いとこだよな。普段アホなのに」
「一言よけーだ」
「ありがとな、いつも励ましてくれてさ。帰ったら千夜にちゃんと話するから、とりあえず場所は言わないでおいて」
楓はそう言うと、「おかわり持ってくるな」と言ってカップを運んでいく。
「…あぁ、めんどくせぇやつらー」
圭次はまたソファーにうな垂れた後、起き上がって千夜にLINEを送った。