3.sweet
「小原、吉岡とは連絡取れたりするか?」
「え?」
「昨日仲良さそうに話していたから、もし、連絡取れそうなら、今日の課題届けてもらおうかと思ったんだけど」
先生は申し訳なさそうな顔をしてこちらを伺うから、あたしも困ってしまった。
「あの、あたし沙良ちゃんとは全然まだ友達じゃなくて、届けるって言っても家も連絡先も分からないので…」
「そう…だよな。わかった。ごめんな、無理なこと頼んで。授業始まるから教室に入ろう」
刈谷先生はプリントをしまうと、教室のドアを開けた。
あたしは自分の席に着くと、窓から外を眺めた。
今日も晴れて空は青く澄んでいる。
沙良ちゃんは明日来るだろうし、一日くらい課題をサボってもきっと、絶対頭良さそうだから全然大丈夫だろうし、明日は必ずもっと話して仲良くなろう!
「…はぁ」
全ての授業が終わって、あたしは深いため息をついていた。ノートも教科書も出しっ放しでそのままそこへうつ伏せた。
もう無理。
やっぱりついていけない。
授業が分からなすぎてあたしの頭はパンクしていた。
しばらくそうしていると、周りのみんなは帰り始めて、人気なくなった。
楓のあたしを呼ぶ声はまだ聞こえてこない。
カタン
隣の机になにかを置く音が聞こえて、あたしは顔を上げた。
「…あ!沙良ちゃん!」
「おはよう。って言っても、もう午後だけどね」
相変わらず綺麗な笑顔で微笑むから、あたしは見とれてしまう。
「先生から電話が来て、課題を取りに来なさいって。学校休んでるのに課題取りに来させるってほんとヤバイよね、この学校」
「沙良ちゃん…。あたしなんて課題どころか授業もヤバイよ」
半泣きであたしは訴えていた。
「ねぇ、今から時間ある?」
「え?」
「話したいことがあるんだけど、秘密の場所教えてあげるから、一緒に来てくれない?」
「…秘密の…場所?」
にっこり微笑む沙良ちゃんに、あたしは首を傾げる。
と、同時に楓からのLINEが入った。
ー
ごめん、今日用事あるから先帰ってて
チョコプリン買って帰るからさ
ー
あたしはオッケースタンプをすぐ様送ると、沙良ちゃんに向き直った。
☆
「こっち」と、沙良ちゃんの言われるがままに、あたしは付いていく。学校の昇降口から靴を履き替えて外に出ると、正門には向かわずに裏側に歩き出す。
桜の木の並ぶ正門とは変わって、こちらは緑が青々と枝を渡り、石畳の上はトンネルのようになっていた。
葉の隙間からキラキラと差し込む日差しが心地よい。
「きれい」
あたしが呟くと、沙良ちゃんは側にあった大きな石の椅子に腰かけた。
「どうぞ」
あたしにも座るように示された手が細くきれいで、あたしは何故か「はい、失礼します」 と、敬語になってしまった。
「ふふ、千夜ちゃんって面白い」
沙良ちゃんが笑って言うから、あたしは恥ずかしくなる。
「ごめんね、こんなとこまで連れ出しちゃって」
「ううん、すっごくステキな場所!確かに秘密の場所って感じ」
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しい。学校の人ならみんな知ってるのかもしれないけどね」
そう言って緑に囲まれた青い空を見上げて、深呼吸をする沙良ちゃん。
あたしも空を見上げた。
訳の分からない授業を受けるより、ここにいて空を見上げていられたらどんなに良いだろう。
あたしはつい現実逃避をしたくなる。
「あたし、学校辞めようかなって思ったの」
沙良ちゃんの突然の発言に、あたしは一気に現実に引き戻されて、見上げていた顔を沙良ちゃんの方へ向けた。
「ちょっとまって、だってまだ入学したばっかりだよ?どーして?」
あたしが慌ててそう聞くと、沙良ちゃんは小さく笑った後、悲しい表情に変わって、黙り込んでしまった。
「あたし、沙良ちゃんと友達になりたいって決心したの。こんな絶世の美女とあたしが友達だなんて、かなりおこがましいかも知れないけど、昨日決心したんだよ。それなのに…学校辞めるとか言わないでよ」
「千夜ちゃん…」
こんなステキな秘密の場所を教えてくれたのに、まさかそんな話が出てくるなんて、微塵も思わなかった。
昨日泣いていた事と何か関係があるの?
「…ありがとう。
やっぱり、千夜ちゃんになら話せるかも」
沙良ちゃんはあたしの方をしっかりと向いて、目に涙を溜めながら話し始めた。
「あたしが好きになった人がね、ここの学校の先生で、しかも担任だったの。
あたし、入学式の日に先生がいることに気がついて、すっごく嬉しくて、これから毎日会えるんだって思ったら幸せで、先生もそう思ってくれてるんじゃないかって勝手に思ってて…
だけど、それってあたしの勘違いだったの。
昨日ここに連れて来てもらって、あたしはこの場所を知ったんだけど、その時に俺のことは忘れてって言われて…」
あの時泣いていたのは、やっぱり見間違えじゃなかったんだ。
「…でもまって、それってどーいうことなの?2人は付き合っていたの?」
あたしが状況を理解するのに苦しんでいると、沙良ちゃんは首を横に振った。
「もともとは、あたしがここの高校に入るためにお願いしていた、家庭教師の先生だったの。勉強はもちろんだけど、一緒に居てすごく楽しくて、あたしが1人で舞い上がってただけだったのかもしれない。
だから、昨日そう言われて悲しくて、悔しくて、学校辞めてやるーってヤケになって、今日は休んだの」
「そう、だったんだ…」
なんだかスケールが大きくて、あたしには受け止めきれない話だな。
あたしは、涙を流すくらいに誰かを好きになった事がないからよく分からないけど、こんな風に悩んで苦しんでいる沙良ちゃんもやっぱり綺麗で、何か気の利いた言葉を言ってあげたいのに、見つからない。
「あー!なんかみんな話したらスッキリした!」
急に大きな声で沙良ちゃんがそう言って伸びをするから、あたしは拍子抜けした。
「やっぱり千夜ちゃんに話して良かった。ありがとう。一方的に連れ出したり話聞いてもらったり、色々勝手でごめんね、こんなあたしでも良かったら、友達になってくれませんか?」
そう言って満面の笑みであたしの方を向いて立ち上がる沙良ちゃんに、近寄りがたいクールな印象はどこにもなくて、あたしは全身で返事を返した。
「もちろん!!」
しばらくあたし達は時が過ぎるのも忘れてそこで他愛もない話をしていると、携帯が鳴った。
着信は楓。
「もしも…『千夜!どこに居たんだ?!まだ帰って来てないよな?』
あたしが言い終わる前に向こうから、楓の大きな声が聞こえて来た。
あたしはびっくりして耳から携帯を離した。
「楓、声がでかいよー。まだ学校にいたけど…って、もうこんな時間だったんだ!」
あたしは茂みの中でも一際目立つ、一本飛び出した背の高い時計を見て、今が5時半だという事に気がついた。日は確かに傾いているけど、まだまだ青空は夕焼けには染まっていない。
『心配すんだろーが、迎えに行くから待ってろ』
「え!大丈夫…って、切れちゃった」
あたしは携帯をしまうと、沙良ちゃんに向き直った。
「ごめん、楓が来るって。正門まで行かなきゃ」
「うん、じゃあ、あたしは先生のとこに行って課題もらってあと帰るね。楽しかった、また明日」
「うん、あたしも。また明日ね」
あたしは沙良ちゃんに手を振ると、正門に急いだ。
あれから数分しか経っていないのに、あたしよりも先に楓は正門前に居た。
「楓~、早すぎでしょ。あたしより先に居るって」
あはは、とあたしが笑いながら駆け寄ると、楓は眉を下げてホッとしたように笑った。
「千夜の事だから、俺が居ないと帰り方もわかんないんじゃないかと思ったよ。あんまり心配させんな」
「何それー、あたしそこまでバカじゃないからね。それよりね!沙良ちゃんと友達になれたのー」
楓の心配をよそに、あたしは沙良ちゃんとの出来事を家に着くまでずっとしゃべり続けた。
楓はそんなあたしに、そーかそーか、と頷いて聞いてくれた。
本当は、楓も何か話したいことがあったのかも知れないけど、その時のあたしは沙良ちゃんとの事がすごく嬉しくて、舞い上がっていて、楓の変化には気がついていなかった。