2.sweet
☆
入学式も無事に終わり、教室に入るとあたしは自分の席を探した。なんなくそれを見つけるとすぐ様、隣の席の子に目がいく。
サラサラの髪を高い位置でポニーテールにして、横顔からでもはっきりとわかるほどに目鼻立ちが整っていて、あたしの中では絶世の美女だった。
そんな彼女に見とれていると、その視線を感じたのかこちらを向いて微笑んでくれる。
その綺麗な笑顔に完全にキュンと心臓をつかまれてしまう。あたし、男だったら惚れてる。いや、男じゃなくても惚れちゃう。
「あたし、吉岡 沙良。よろしくね」
柔らかい口調でそう言われて、キュンキュンが止まらないままに、あたしも一人で焦って照れながらも笑顔を返した。
「小原…千夜です。よろしくね」
話すと柔らかだけど、見た目の綺麗さからかクールな印象もあって、あたしはそれ以上話す言葉が見つからなかった。
担任の先生が教室に入ってくると、騒ついていた教室は静かになった。
残念ながら楓とはクラスが別になってしまって、周りの知らない顔に人見知りをしながら時が過ぎていった。あたしの大親友は彼氏を追って別の高校へ入学してしまったし、それ以前にこの高校には入れませんとお断りされてしまったから、ほんと、楓がいないとダメなんだなぁってつくづく思ってしまう。
明日からさっそく勉強本番が始まるし、あたしに楽しい高校生活なんてあるのかしら?
そんな物思いにふけっていると、隣から絶世の美女が声をかけてくれる。
「千夜ちゃん、なんでここの高校を選んだの?」
「え?」
最初の質問にしては答え辛い事を聞いてくる。
だけど、あたしは正直に話すことにした。
「へぇ、幼なじみがいるんだぁ、仲よくていいね。
高校まで一緒に、しかも受験勉強まで付き合ってくれるなんて、よっぽど離れたくないんだね。楓ちゃんって子」
一通り今までの経緯を話し終えると、沙良はクールな表情を緩めて驚いた後にそう言った。
「ん?」
「ん?楓ちゃん、クラスは一緒じゃなかったの?」
キョロキョロと周りを見回す沙良。
「楓は男だよ。
そして、残念ながらクラスは一緒じゃなかったの」
「え!彼氏だったの?ごめん。てっきり女の子かと勘違いしちゃって」
「違う違う!
楓は幼なじみで彼氏とかじゃないから!」
あたしが笑って否定すると、廊下側の窓から名前を呼ばれる。
「千夜ー、帰るぞー」
周りはみんな帰り支度を始めていて、あたしは楓の呼びかけにハッとして立ち上がった。
「あ、ほら、あれが楓!…と、その友達の圭次」
楓の後ろからぴょこぴょこと顔を出して教室の様子を伺う圭次の姿に、一応紹介しておく。
「残念だったなー、千夜。楓は俺と一緒のクラスのしかも隣同士だったんだぞ!」
あたしをあざ笑うかのように仰け反ってそう言う圭次を横目に、あたしは帰り支度をする。
圭次はズカズカと教室に入ってきて、千夜の席まで来るといきなりピンッと姿勢を整えた。
「な、なに、この絶世の美女!」
圭次は沙良を見るなり、唐突に叫んだ。
教室にいたみんなから注目を浴びているが、そんなこと御構い無しに、圭次は沙良の隣の空いている席に座り、にこにこし始めた。
あたしは良からぬことしか思い浮かばずに、呆れて楓の元へと進んだ。
そーだよね、あたし、圭次と同じレベルだった。
あたしが沙良ちゃんに惚れて、圭次が惚れないわけないよね。ごめん、沙良ちゃん。
あたしには圭次は止められない。
「一目惚れってあるんだなぁ。マジで。
俺と付き合って!」
絶世の美女発言から数秒だよ。
分かってたけど、早すぎでしょ。
「ごめんなさい」
って、えええぇ!!!
瞬殺!!
「あっははは!圭次まじやばい!瞬殺ー!すげーな、おまえ。新記録じゃない?」
一部始終を見ていた楓がとうとう吹き出した。
「さ、帰るぞ。チョコシュー買ってやっからな、泣くなよ」
「それ、おまえの好物だろー」
圭次の肩を掴み、楓はそのまま圭次を廊下へと引きずり出した。
「沙良ちゃんごめんね、あいつちょっと変なやつなの。また明日ねー」
あたふたとするあたしにクスクス笑ってくれる沙良ちゃんに手を振ると、楓の後ろを付いていく。
「おまえ、明日っから有名人になれるぞー。いいなー」
「うるせー、傷心の俺をなぐさめろ!」
「圭次が沙良ちゃんに惚れるの無理ないよー。あたしだってキュンキュンしたもんー」
「沙良ちゃんって言うのかぁ…、可愛いなぁ、明日また会いに行こう!」
傷心はどこへやら、その立ち直りの早さが圭次の長所でもあり、短所でもあるところ。
「沙良ちゃんは楓にいーと思ったんだけどなぁ。まさしく美男美女でしょ?」
「「はぁ!?」」
あたしがそれとなくつぶやくと、2人とも怖い顔して振り返ってきた。
「な、なに?!」
「そこのコンビニ寄ろーぜ!チョコシュー買うんだろ!」
「そーだな」
「な、なによー。ちょっと思っただけじゃん!」
2人ともあたしを置いて、コンビニに入って行ってしまう。仕方なくあたしは入り口横で2人が出てくるのを待つことにした。
見慣れない景色に、キョロキョロと辺りを見回して、学校の門がここからよく見えることに気がついた。
桜が風に舞って、こちらまでヒラヒラと飛んでくる。
日差しも今朝より高くなってポカポカと暖かい。
あ、あっちにも門があるんだ。
あたしは正面入り口の門とは別に、その半分くらいの小さな別の門があるのを見つけた。
緑が覆い茂っていて、あんまり人が通ることはなさそうな門。しばらく見ていると、人影が見えた。
門は開くことはないけど、そこに見えたのは、今日初めて会った担任の先生と、…あの綺麗な横顔。
「沙良ちゃん…?」
2人はすぐに茂みに隠れてしまって、見えなくなってしまったけど、あの横顔は絶対に。
「何、けわしい顔してんの?はい」
戻ってきた楓があたしにチョコシューを一袋くれた。
自分の分はしっかり袋の中に入っている。
「ありがと。今ね、あそこに…」
言いかけて、あたしはやめた。
「なに?」
「いや、なんでもない。行こう、電車来るよ」
「じゃあまたなー、圭次」
「おう!」
楓に買ってもらった棒付きキャンディーをくわえて、圭次はご機嫌に片手をあげた。
電車に乗ると空いている席に座り、未だ神妙な面持ちのあたしに楓が棒付きキャンディーをチラつかせる。
「どーした?」
「…んー。沙良ちゃんがさ、さっき反対側の茂みの門のとこに担任と2人でいるのを見たんだけど、なんか不思議に思って…」
「何か連絡でもあったんじゃん?明日聞いてみたらいーじゃん。もう友達なんだろ?」
「え!!と、友達なの?いいの?あの絶世の美女と?やば」
「ははっ!圭次と同じこと言ってる!」
…遠くてハッキリとは見えなかったんだけど、泣いていた気がするんだよね。
「うん、明日聞いてみる」
あたしが決心すると同時に駅に着いた。
☆
次の日、なぜか沙良ちゃんの事が気になって眠れなかった割には、朝もスッキリ目が覚めて、あたしは昨日よりも余裕をもって学校へ行く事が出来た。
楓が教室に入ると、あたしは自分の教室へと急いだ。
教室にはまばらに生徒がいるが、沙良ちゃんの姿はない。自分の机にカバンを下ろすと、隣の席を見る。
まだ来た形跡はなさそうだ。
机は綺麗になにも置かれていないし、椅子もしっかり収まっていた。
チャイムが鳴って、担任が教室に入ってくる。
やっぱりあの時いたのはこの人だ。
あたしは担任の刈谷 悠先生をじっと見る。すっきり耳を出して整えられた髪に、メガネに少し触れるくらいの前髪。好青年という言葉がぴったり当てはまるその姿は、とても女子生徒を泣かせるような感じには見えない。
結局、沙良ちゃんは学校へは来なかった。
☆
昼休み
「千夜、学食行こーぜ」
「もちろん、沙良ちゃんも一緒に~…」
楓が圭次を連れて廊下から呼ぶが、圭次は沙良ちゃんがいない事にすぐに気がついた。
「あれー?沙良ちゃんは?」
「今日はお休みみたい」
「まじかぁ~、俺何の為に学校来たんだよー」
絶望に立ち尽くす圭次に、呆れる楓とあたし。
もちろんクラスのみんなも同じく呆れている。
お昼は学校内にある食堂で食べる事が出来る。
白い壁に木目の床、ガラス窓のテラスから外の桜が一望でき、高級レストラン並みの広く綺麗な食堂はこの学校を選ぶ第1基準にもなり得るほどだ。
あたしは受験に精一杯でこんなにステキな場所があるなんて微塵も知らなかった。
「すっごー、ここで毎日お昼食べれるなんて凄すぎる!わ~!どうする?どれにする?」
はしゃぐあたしが隣の男2人を見ると、
「選べないからとりあえず食えるだけ頼もーぜ!」
「賛成!!」
ピピピピっと券売機を押しまくる2人に、もはや何も言えずに空いている席を探して座った。
ちょうど窓側の真ん中の席が空いていて、外の景色にうっとりする。
地獄のような受験勉強の日々から一転して、こんなステキな高校生活が待っていたなんて。
なんだか夢のよう…。
ピンクの桜の花びらが開いていた窓の隙間から入り込んで来て、あたしのテーブルの上に舞い降りたのを見て、ふと、現実に戻った。
テーブルには食べきれるのかと思うほどの料理が並んでいる。
「…楓はほんと食べるよねー。それなのにそのスタイル羨ましいわ」
あたしがモリモリとカレーを頬張る楓に言うと、食べるのをやめずに
「まだまだ育ち盛りなんだよ。身長も伸びてるしな!千夜もいっぱい食えよ」
スプーンで目の前のカツ丼を指されて、あたしはため息をつく。
「千夜はもう成長止まってんだろ?食べたら太るだけだかんな、これは俺が食べよう」
そう言って圭次がカツ丼のどんぶりを持っていこうとするから、あたしはその手を払いのけた。
「いーの、食べるの!」
あたしはカツ丼に食らいついた。
「千夜はそーじゃなくちゃ!」
楓はそう言ってニコニコしてあたしの食べる姿を喜んで見ている。
お昼休みも終わる頃、あたしは教室に戻る途中、担任の刈谷先生に呼び止められた。