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マイ・スイート・チョコレート  作者: 佐々森りろ
1/6

【1】1.sweet


★★★★★



隣の家に住む


ちっこくて、クリクリの瞳で

くせっ毛がふわふわな幼なじみは、


俺のお姫様だ。



大人しそうに見えて、実は負けず嫌いだったり


出来なそうに見えて、一生懸命やりとげたり


素直なんだけど、たまに強がったり


クルクル変わる


キミの表情が


スキ。




★★★★★



すっかり寒さも和らいだ晴れの日に、

目に染みるほどに透き通る青い空を見上げて

大きく伸びをした。


3月ももう終わりに近づいている。


いつもの河川敷を自転車に乗って颯爽と走り抜けていくその姿に、 いきなりストップをかけられた。



「ちょっと、まてぇ !!」



自転車ごとびっくりして少し跳ね上がると、すぐさまブレーキをかけて周りを見渡した。

見渡す限りサラサラと穏やかに流れる川の音と鳥のさえずりしか聞こえてこない。声の主を必死に探していると、今度は呆れたような深い深いため息が 聞こえてきた。



「どこへ行こうとしてる?」



呆れた声の方を振り返ると、 今一番会いたくない顔に、一気に顔から血の気が引いて、無理矢理に口角を上げて片手を上げると、一気にペダルを強く踏みしめた。



「ごめーん!もう無理!あたし、あんなに頑張ったんだよ?もう解放してよー」



自転車を一気に走らせて、なんとか逃げ切ることに成功した。




小原 千夜(おはらちよ)


学力とはだいぶ遠い高校の受験を必死に頑張って頑張って、きっとギリギリラインだったに違いないが、見事に合格を果たした。


春からは高校生。


小さい頃から隣の家に住む、

幼なじみの桐谷 楓(きりたにかえで)は頭が良く、余裕で受験を迎えられることもあり、あたしは毎日勉強漬けの日々を強いられた。

もちろん、楓のいない高校生活はありえない。

今まで本当にお世話になりっぱなしで、頭が上がらない。

でも、今回は本当に鬼のようだった。



それも晴れて合格!


もう解放される。


そう思ったのもつかの間、入学後に勉強に付いていけないあたしを見越して、楓はまたしても毎日勉強をしろと教科書やら参考書やらをどっさり用意してきた。


もう無理。


限界。


そう思って飛び出してきた、


麗かな春の日の午後。




こんなにいい天気なのに、あんな文字だらけの分厚い参考書読んでたらもったいなさ過ぎる!


自転車を走らせて着いたのは、最近オープンしたカフェ。ガラス窓越しに手を振る人影を見つけると、嬉しさのあまり駆け出し、ガラス越しに話しかけていた。



奈々香(ななか)さーんっ!会いたかったよーっ!」



キャーキャーと興奮気味のあたしは、次の瞬間頭を軽くポンっと叩かれた。


「中に入ってから騒げ」


呆れた声は先ほどのトーンよりもずっと優しい。


「げっ!楓!?」


明らかなあたしの表情に、今度は吹き出して笑われる。


「おまえはやっぱ可愛いなぁ。顔に出すぎだろ。俺も呼ばれたの。さっき一緒に行こうと思ったのに逃げやがって」


「そーだったの?!な~んだぁ、あたしまた鬼が来たのかと…いや、」


「とにかく入ろうぜ、あっちも呆れて待ってる」


ガラス越しに苦笑いをする奈々香さん含め、近くの席に座っている人も呆れた顔をしているから、あたしは恥ずかしくなって楓に隠れるように店内へ進んだ。



緑が多い木のぬくもりを感じる店内はコーヒーの香りがしていて、とても心地よい。

窓側で待つその人は、桐谷 奈々香(きりたに ななか)。楓のお母さんだった。



あたしと楓は奈々香さんに向き合うように並んで椅子に座った。まだ先ほどの行いに恥ずかしさが残るあたしは少し俯きながら、照れ笑いをする。

そんなあたしに、奈々香さんはクスクスと静かに笑ってる。



「やっぱり可愛いわねぇ、千夜ちゃんは」



そう言われて、思わず俯いていた顔を上げて奈々香さんを見ると、優しい笑顔であたしに微笑みかけてくる。


なんだか、さっきも聞いたようなセリフ。


綺麗に切りそろえられたボブの黒髪がサラリと揺れる。長めの前髪を耳にかけ、コーヒーのカップを手に取ると一口飲み静かにテーブルへと戻した。


「で、どうだったの?」

「そりゃもちろん合格でしょ!」

「えーーー!すごーい!やっぱすごいわ千夜ちゃん!」

「いや、俺だろ、すごいの」

「何言ってんのよ!千夜ちゃんが頑張ったからに決まってんでしょ!」



急に始まった親子の会話にあたしは着いていけずに、奈々香さんが頼んでくれていたレモネードを一口飲む。小さい頃から奈々香さんは楓同様にあたしのことを気にかけてくれて、相談も色々してきた。

やっぱりこの親子には頭が上がらない。


「良かったねー楓。またしばらく楓の事よろしくね!千夜ちゃん」

「…え!」


申し訳なさそうにそう言ってくる奈々香さんに、あたしは楓の様子をちらりと伺った。


「なんだよ、知ってたから。大丈夫、俺にはいつだって千夜がいんじゃん」


心配をよそに、楓はケロリと笑っているから、あたしはホッとして奈々香さんに聞いた。


「まだ帰ってこれないんですか?」

「うん、仕事がなかなか落ち着かなくて。ほんとごめんね。楓にはずっと寂しい思いさせてる。千夜ちゃんの存在にはほんと感謝しかないのあたし。ありがとう。


また同じ学校に通えるって知ったら、なんか安心しすぎてお腹空いちゃった。なんか食べよっか!頼んで頼んでっ」



奈々香さんはメニューをあたし達に差し出して、鳴り出した携帯を手に取り席を外した。



隣の楓は表情を変えることなく、レモネードをゴクゴクと飲みきっていた。


楓の両親は楓が小学校卒業間近に離婚してしまって、仕事命の奈々香さんは、楓を置いてここにはいない。

だからって、あたしも楓も奈々香さんを酷い親だとは思っていない。


うちの両親と奈々香さんは学生の時からの友達で、楓はほぼうちで暮らしているようなもので、たぶんだけど、寂しい思いはしていない…はず。


たまにだけど、こうやって帰ってきてあたしと楓の話も聞いてくれる。



「ごめんねー、頼んだ?」


通話を終えて戻ってきた奈々香さんは


「ちょっと、全然頼んでないじゃん。遠慮なんてしちゃダメよー!」


そう言ったかと思うと、奈々香さんはメニュー表を手にして注文し始めた。しばらくして、お洒落なカフェテーブルの上に所狭しと置かれた食べ物を堪能し始めたあたし達を見ながら、奈々香さんは満足そうに微笑んでいた。



ほんのつかの間だったけど、他愛ない会話をして奈々香さんはまた足早に車に乗り込み帰って行ってしまった。


車が角を曲がって見えなくなった頃に、楓の方を見ると、ニヤリと笑っている。


「寂しくないの?」

「おまえなぁ。俺たちもう春から高校生なんですけど? いつまでもママ~って言ってられっかよ」

「…まぁ、そりゃそーだけど」

「俺には千夜がいるって言ってんじゃーん」


あっけらかんとして言う楓に、あたしはため息をついた。


楓は、ほんとに小さい頃からの仲良しだから、あたしも楓がそばにいると正直安心するし、

頼りにしちゃうし、

頭もいいから何とか無事に高校も合格出来た。


だけど、あたしの存在って邪魔だったりしないのかな?


あたしがいるせいで、

彼女だって出来た事ないし。


何回も告白現場見てるんだから。



高校入ったら、楓には可愛い彼女を作ってもらわないと。あたしが出来る高校合格の恩返しだと思って、頑張るつもり。


「何気合い入れてんの?」

「うん、頑張ろ!」

「???」


腑に落ちない顔をする楓をよそに、あたしは自転車に乗ると颯爽と走り出した。






桜満開、青空全開、

入学式にもってこいの日に、あたしはグズついていた。外では楓が急かしながらも待ってくれている。


「千夜ー、初日から遅刻なんて考えらんねーからな!まだかよー」


「ごめんごめん!制服着るのに手こずっちゃったよ」



新しい制服に四苦八苦して、あたしは玄関を飛び出した。

目の前には見慣れないネクタイ姿の楓がいるから、一瞬言葉を失った。


「…わぁ、大人っぽー!」

「お互いな。千夜、似合うじゃん


って、マジで時間やばいから。走るぞ!」


慣れないローファーをまだ履き終えていないのに、楓は走り出すから、あたしはそれを必死に追った。


なんとか電車の時間には間に合ったから良かったけど、楓が居なかったら確実に遅刻だったな。

あたしは息を整えて到着駅で降りると、周りの同じ制服を着る人達に胸が高鳴った。


みんな何だか大人っぽい。

勉強も出来そうだし、ほんと頭良さそう。


あたしが期待と不安に包まれていると、後ろから楓を呼ぶ声がした。


「楓ー!おっはよー。

やっっば、初日から遅刻するとこだった」


息を切らしてやって来たのは、楓の親友の中里 圭次(なかさと けいじ)だった。

すでに制服を着崩して、短髪の額に汗が光る。


「遅刻は常習だもんな、圭次。よく間に合ったな」

「おまえこそ、ギリギリじゃん。なんで…」


と、そこまで言うと、圭次はやっとあたしの存在に気がついて呆れた顔をした。


「あぁ、これか。小さくて見えなかったわ」


そう言ってあたしを指差すから、すかさずその手を払いのけてやった。


「うっさい!もう、行くよ!」


あたしのせいでギリギリなのは確かだから否定はしないけど、あたしが楓といつもいるのが気に入らないらしく中学の時から何かとつっかかってくる。

根は良いやつなんだけど、何故かあたしを嫌っているっぽい。


楓もこんなやりとりは慣れたもので、特に何かを言うわけでもなく笑って歩き出す。



「しっかし、よく合格したよなー。周りの奴ら見ろよー、ヤバイ頭良さそうだし、真面目そうだし。俺ら大丈夫かなぁ」

「…あたしの方見て言わないで」


さっきあたしが思っていた事と同じ事を、しかも素直に口に出すあたりがもうきっと周りと違うんだろう。

歩き方からして、明らかにガラが悪い。

なんで楓はこんなのと友達になったんだろう。

あたしがため息をつくと、圭次がすかさず気がついた。


「そりゃため息も出るよなー、楓と並んで歩いてるのがだいぶ違和感だしなー」



ーーーーおまえがな!


そう思いながらも、あたしはその言葉にもう何も返せない。

と、言うかあたしは圭次レベルってこと?

ヤバイ。勉強もしたくないけどついていけなかったらほんとに圭次と仲良くしなきゃいけなくなりそうかも。あぁ、あたしの高校生活、どうなるんだろ。

先行き不安でしかない。


俯くあたしに、楓が頭をくしゃっと撫でてくる。


「何暗い顔してんの!圭次も居るなら最高おもしれーし、楽しみだなー、高校生活」

「…お世話になります」

「ははっ」


ほんと、あたし高校で楓離れできるのかなぁ。

とりあえず勉強はしばらく楓先生についててもらわないとほんと不安。


ああならないようにだけは気をつけなくちゃ。


あたしはネクタイゆるゆるの、カーディガン肩落ちの、ガニ股圭次から目を逸らした。


桜に囲まれた校舎は深緑の門が広く開いていて、たくさんの生徒がそこへ流れ込んで行く。



ここから、あたしの高校生活が始まるんだ。





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