【短編】ED後なら迫ってもいいですか? Another
元の本編、【短編】ED後なら迫ってもいいですか?は後書きにあるURLか短編シリーズからどうぞ。
「――今晩、どうですか?」
「あ?」
緊張したような控えめな女の声が後ろから聞こえ、酒片手に振り返った。まず目についたのは、女のどこか遠慮がちな動作で揺れ動く大きな二つの膨らみだ。
次に見えたのは、その二つの大きな膨らみに挟まれるように垂れ下がった若葉色の髪の束。
屈むようにぎこちない動作で胸元の服を煽ってこちらを上目遣いで伺う顔を見れば、……まあここらで好まれるようなハッキリした顔の綺麗な美人というほどではないが、愛嬌のある可愛らしい顔だった。
これからすることに美人かどうかは大して重要じゃあねェがな。
「――いいぜ」
こんな風に声を掛けられるのはいつものことだ。
オレは了承の返事をした。
……ただ酔いが回っていたせいなのか、女のどこか不安そうに揺れる薄い榛色の瞳に囚われて、潤みで瞳が輝き始めたように錯覚するまで長い間黙って見つめてしまったが。
いつもは酔っても酔わない体質なんだが……。
祭りの空気に充てられたのかもしれねェ。
返答が遅れるなんざ、らしくねェな……。
気を取り直し、女の腰に手を回して奥へ誘導する。その際、最初に目についたものの印象が強かったのか、かなり細身に感じた――。
女が男女のことに手慣れていないことは、最初の誘惑の仕方が稚拙だったことからも充分理解していた。閨に入るまでに、必死で商売女のように取り繕おうとしていたが、あまりに演技が下手で致す前に笑いそうになっちまったほどだ。
――だが、笑ってられたのもそこまでだ。
何が、かは分からなかったが、何かが確実にいつもとは違ったからだ。
――女か? 祭りの雰囲気か?
それともいつもよりかなり強く回った酔いのせいなのか――。
「――んあ?」
答えは最後までようとして知れなかったが、朝になれば何か分かるだろうと早々に無粋な思考を追いやったオレは、結果的に彼女と忘れられない夜を過ごすことになる。
……しかし朝になって起き出してみれば、横にその彼女はいなかった。
「――は?」
寝起きのせいか、遭遇したことのなかった事態のせいなのか、オレは何が起こったのかを理解するのに数瞬遅れた。
――嘘だろ、オイ。誘っといてすぐに捨てんのかよ。
未通だった女に一晩で捨てられたという動揺のせいなのか、服を裏表反対で着てしまったり、靴下を逆さで履いてしまったり、靴を履き違えたりと一人でかなりの無様を晒してしまった。
そうして急いで下の酒場へ降りると、昨日から片付けしてたのか、オッサンが皿を拭きながら食事台の向こうでのんきに立っていた。
八つ当たりだと理解しつつも苛立ちからか、気付けば殴り掛かるような勢いでオッサンを問い詰めていた。
「おい、オッサン! ここを若い女が通らなかったか?!」
「若い女な……どの若い女だ?」
オレの焦った様子に驚きつつも、冷静にジトりとした視線で呟いたオッサンの嫌味を無視して口早に特徴を伝えた。オッサンはオレの怒涛の勢いに引いていたが、話はしっかり聞いてくれた。
……いつも女を連れ込んでる常連はオレくらいのもんだが、いちいち気にするのも馬鹿馬鹿しい。今は何よりも彼女の、彼女だけの情報が欲しかった。
オッサンは酒場を経営するだけでなく、情報屋を兼任しているだけあって、人を覚えるのは大の得意だ。
何でもいい、何か情報を――と焦るオレを後目に、わざとオレの苛々を加速させてるのかと見当違いな怒りが芽生えるほどに、オッサンは冷静に記憶を洗い出し、そして言った。
「ここじゃ見ない顔だったが……あの子、お前の連れだったのか。一人で降りてきたからな、てっきり他の奴が何かポカしちまったのかと思ってたんだが……驚いたな。お前に限って何やらかしたんだ。金まできっちり払ってったぞ」
「……ッ」
この大都市で行われる男女の夜の駆け引きには、昔から親から子へ脈々と受け継がれる伝統とも言える暗黙の了解がいくつかあった。
その一つに女から誘い、男がそれに応じた場合は何度か共寝する約束を交わしたも同然であるというものがある。
もしもその暗黙の約束を反故にしたいのならば、誘った女側が金銭を支払って縁を切るのが当たり前だ。よほどでなければ反故になどされないが。
……オレはその、よほどの最悪最低な男だったってことかよ――。
そもそも女から男を誘うのは公に憚られる行為だ。自然と応じてやった男側の権利はかなり強くなり、誘った女の立場はかなり弱くなる。
そうして自分が不利になろうが、それでも誘う女は一定数存在している。
そこから始まる交際を期待している女もいるが、大体はイイ男に断られない私はイイ女、という自己顕示欲によるものが多い。馬鹿らしい理由だ。
実際には大してそんなことないはずが、複数の女に誘われれば誘われるほどイイ男であると周囲に思われるのもあるためか、誘ってきた女が不美人だったり、好みの女でなくとも断る男は少ない。
女はイイ男と一晩でも共に過ごせれば己の価値があがると思ってるのか、それとも何かの自慢話にでもなってるのか、その存在が減ることは無い。
……くだらない男女の駆け引きだとは思うが、オレの性質にとっては便利に利用出来る伝統であったため、今までオレはそれを有効活用してきた。
だからこそ、その駆け引きの一環として冴えない女に捨てられることがあったとして、普段のオレなら捨てた気でいる女を鼻で笑ってお終いにするだけだろう。
これがオレでなく普通の男であったとしても、今回のことは気にせずすぐに忘れ、次に来た女を何人か抱いているうちにいずれ時々思い出したように笑い話のネタにして済ますものだ。
だが、……。
「ハッハッハ! まあ、なんだ。さすがのお前でも、たまにはこんなこともあるだろ。気にするな。お前ならすぐにイイ女の十人や二十人、向こうから来るだろうしな! まったく。うらやましいことだ!」
「――――」
……だが、納得いかない。
今までに関係を絶った女の側からもっとと縋られることはあっても、こんな風に何の言葉も無くきっちり捨てられた経験をしたことが無かったせいなのか、とも考えたがどうにもしっくりこない。
だったらと、今までに抱いてきた女たちを脳裏に並べ、彼女と同じようにオレを捨てたところを想像したところでオレは何とも思わなかった。
――だからだろう、こんなに訳の分からない感情の乱れが起きたのは彼女だけだと確信出来た。
なら、未通の女だとは思えないほどにオレは楽しめたのに、向こうはそうではなかった、オレを最低最悪な男だと思われたという事実への落胆からなのか。
……それにしては向こうがオレを求めてくれていた様子と、こうやって今現実に捨てていった状況に彼女とのズレがあって違和感があった。
演技が出来ない女なのは寝る前から分かっていたことだ。あれの最初から最後までの全部が演技なら、オレの目には大きな節穴が空いてるに違いない。
……考えれば考えるほど、どんな理由もしっくりこなかった。
「――オイ、おっさん」
「おっ、新しい女なら自分で探せよ」
オレの気も知らず、軽口で応じたオッサンを睨んだ。オッサンはそこでやっとオレの様子に只ならないものを感じたのか、さすがに笑っていた口を閉じて真剣な顔になった。
オレは前置きなしにひと息に尋ねた。
「どっちへ向かった。ここじゃ見ない顔だと言ってたが、どこに住んでる。知ってること全部洗いざらい話せや」
「――お、おいおい、冗談だろ……? まさかこんなことで逆ギレしたんじゃないだろうな。お前らしくもない……」
わざとした軽い口調で言いながらオッサンはそのまま尻すぼみに声を落として口を噤んだ。その顔はどこからみても青褪めていた。
オレの気迫に充てられたんだろう。殺気を込めて更に睨んだ。
――ビビってるのは丸わかりなのに、それでもオッサンは口を割らない。
今にも殺しに掛かってきそうなオレの気迫にビビりつつも頑なであった。
しまいに、
「――知らん! 知ってても言わん! お前が何をしようとも何も言わんからな!? 俺が喋ったせいで嬢ちゃんが酷い目に遭うのだけは勘弁してくれ! 知りたきゃ自分で調べろ! 天下の騎士様だろ!」
と言ってあからさまにオレに対して背を向けた。
その様子にオレは沸々とした怒りのようなものを感じつつも、オッサンの言葉でハッと冷静に思考が回り出した。そして思い至った。
――そうだ。調べるのは仕事柄得意だ。見つけるのは簡単だろうがよ。
「――問い詰めて悪かったなァ、オッサン」
「お、おう。なんだ急に。……諦めたのか?」
急に態度を和らげたオレを不審に見つつも、オッサンはほっとひと安心といった顔をした。最後、オレに聞こえないように小さく呟いたつもりだったのだろうが……そんな丸聞こえのオッサンの呟きを無視してオレは晴れやかな顔で宣言した。
「オッサンの言う通りだ。俺は騎士だからなァ」
「おう。分かったならいいんだ。……ん?」
完全に安心しかけた様子のオッサンだったが、オレの言葉の意図が若干違うという違和感に気付いたのか、すぐに怪訝そうな顔になって首を傾げた。
そして、まさか……とでも言わんばかりの青褪めた顔でこちらを見た。
「オッサンの言う通りだ。騎士なら騎士らしいやり方ってェもんがあるからなァ。自力で調べて必ず見つけ出してやるぜ。――ぜってぇ、逃がさねェ」
オレはそれだけ言い残してオッサンと酒場に背を向けた。オッサンの叫びに近い制止の声が何度も背後から聞こえてきたが、全部無視してオレは足早に酒場を後にした――。
それからというもの、オレは時間があればアチコチで騎士の特権を乱用して聞き込みや住居人の確認を行った。
――時間は掛かるが、確実にいつか辿り着ける方法だ。
どうしてここまでして探し出そうとするのか、理由なんか自分でもよく分かっていなかったが、そんなことは見つけてから考えればいい。
とにかくどこに隠れてようが逃がすつもりは毛頭無かった。今はまず、どこにいるのかさえ分かればいい。
妙な焦りが日に日に増していることも含め、オレにとって大事な部分はそこだけだった――。
「――久しぶりだな! 元気だったか? この後暇なら久々に飲もう!」
探し始めてから半年ほど経ったある日、久々に戦友に会った。
大きな事件を解決して人気者になった後も、あちこちで騒動を起こしているのは知っていた。どこにいても相変わらず存在が煩い元気なやつだ、と呆れたが、不思議と憎めない男だ。
今でなければ酒の一杯や二杯に付き合っただろうが……。
……正直、今はただただ彼女を探すのにもっと時間を割きたい。寝る時間すら削って探しても探し足りないくらいだ。
すぐに見つかると思った彼女は、どれほど虱潰しに探したところでどこの住人からも不自然なほどに影も形もなんの情報もまるっきり出てこなかった。
焦りが否が応にも増す。
……だからだろう。いくら共に死線を何度も潜り抜けた戦友とはいえ、今はただただそいつの陽気さが煩わしかった。
「……わりぃ。今日はこの後予定あるから付き合えねェ」
だが、煩わしいとはいえ、付き合いが悪いという申し訳なさのようなものはあった。そうやってオレが断ると、戦友は何故か得心がいったような訳知り顔で言った。
「なんだ、女か」
「――ア゛ァ?」
いつもならばよくある軽口だ。オレの女癖の悪さを知ってるならコイツでなくとも予定があると聞けばそう言ってるだろう。普段なら鼻で笑って無視する言葉だ。
――だが、今のオレにその言葉は禁句に等しかった。
常ならば出さないような、自分でも滅多に聞いたことがない低く乱暴な声が腹の奥底から自然と湧いて出る。
「お、おい……大丈夫か?」
「んだよ、テメェ……ふざけんじゃねェ……クソが」
そいつの何が悪いというわけではなかったが、しいて言うなら苛立つオレという不運に遭遇したのが悪い。奥底で溜まりに溜まった沸々とした感情の淀みが、どんどん怒りに代わって目の前のコイツにぶつけようと動き出したのが分かった。
オレの只ならない様子に流石にそいつも顔色が変わった。
「おい! 本当に大丈夫か? 何があったか話してみろ。助けてやる」
――助けてやる。お調子者でお人好しの馬鹿の口癖だった。
何度も聞いて、何度もオレが巻き込まれてきたその言葉が、オレに向けられているのを聞いて沸騰したような怒りは不思議なことにスッと収まった。
……どんな絡繰りだかは知らねェが、オレは気付けば黙ってそいつの家までされるがまま連行されて付いて行っていた――。
「――で? 何があったんだ」
そんな風に始まった尋問ともいえないそいつの真摯で真っ直ぐな問いかけに、コイツの家についてからもずっと黙ったままだったオレは、気付けば疲れたようにぽつぽつと洗いざらいしゃべっちまってた。
笑うことも、馬鹿にすることもなくそいつが相槌を打つもんだから、必要ねェことまでべらべらと言っちまいそうになる。
話を最後まで聞いて、そいつは納得したように言った。
「なるほど。何か様子がおかしいとは思ってたが、……長い期間、女を抱けてなかったからなのか。よく我慢出来たな」
「どんな女だろうが抱けねェんだから、仕方ねェだろうが……」
――あの日、彼女を抱いたあの日だ。
彼女を見つけ出すと決めた日。その日以降、オレは他の女がまるっきり抱けなくなった。最初は意味が分からなかった。
欲求はある。女を前にすれば欲は湧く。だが、それだけだ。素っ裸の女を見ても結局は抱けなかった。気持ち悪い感覚だ。
しかも段々と欲求まで消えちまいやがる。オレは聖人にでもなったのか。
それならまだ納得できた。だがそれから更に、男としての欲求が消えるまでならまだしも、……段々と女という存在自体が受け付けられなくなっていった。
――今までなら。
どうでもいい好みでもない女に触られても特に何も思わず、誘われれば見境なく来るもの拒まずで抱いてすらいた。
なのに、今じゃ……今じゃ近づかれた途端に戦慄が全身を一気に駆け抜け、もし少しでも触られれば、それだけで触って来た女を斬り捨てたくなるほどの気持ち悪さを心底感じていた。
もはや情欲を抱いた視線を寄越されただけでも、言い尽くし難い吐き気を催すほどの嫌悪感しか抱けなくなっていた。
どんなに周囲が持て囃すイイ女であっても毛虫以下にしか見えない。今までに抱いたことのあった女を思い出すたびに這いずるような嫌悪感が全身を覆った。
――その度、彼女のことを考えると治まる症状にオレは悟った。
「あいつ以外考えらんねェ……」
「重症だな」
ぼんやりとした返事をしたオレを見て、処置なし、とでも言わんばかりにそいつはお手上げの仕草をとった。
「何か術にでも罹ったんじゃないんだよな?」
「それはねェ」
即座に否定出来る理由は明確だった。オレもそれを疑って騎士団お抱えの術士に定期的に何度も診てもらったが、まるで何も無かったからだ。
術なら何かしらの痕跡は必ず残るし、オレほどの実力者なら気付く確率のほうが高い。診断結果で呆れたように言われたほどだ。
「それは……」
「たっだいまー!」
そいつが何かを言いかけたところで、煩いのがもう一人やって来た。
「あれー!? あんたうちで何してんのー!」
「いちゃわりぃかよ」
この煩い馬鹿女は、同じ戦友の一人で目の前の男と今は恋人関係だ。いつもオレのことを見ては「女の敵ー!」と一方的にいちゃもんつけてオレが鼻で笑って無視するのが常だったが……。
ふんすー! と鼻息荒く撃退態勢に入った馬鹿女は相変わらず視界が狭く、状況が見えていない。面倒くせェ……。
オレたちの不穏なやり取りに、そいつはすぐさま間に入った。
「ごめん。僕が連れてきた」
きょとん、と馬鹿女が初めて己の恋人に気付いて目をぱちくりと瞬いた。そして言葉の意味を遅まきながら理解出来たのか、先程までとは打って変わって暢気で間延びした言葉を発した。
「なーんだ。そうなの? じゃあいいよー」
「チッ」
あっさり掌を返した馬鹿女は、買い物の帰りだったのか、さっさと奥へと戦利品をしまいに引っ込んでしまった。
嵐のように煩いのが一時的に消えたことで、ぶったぎられた空気を元に戻そうと戦友が困った顔で咳払いして謝罪した。
「うるさくてごめん……それで、話は戻るけど身体は大丈夫なのか?」
「――ハッ、大丈夫に見えるか?」
オレの渇いた言葉に、戦友は苦虫を噛み潰した顔をした。
「……早くその子を見つけてお願いしたほうがいいだろうな。君が暴走状態になったら止められる人間は少ないだろうし」
「――――」
――暴走。ここ最近では全く聞かなくなった話だ。
オレの出生は貴族の三男坊。跡取りでもなく、予備でもない。どこぞのご令嬢か資産家に婿入りして後を継いで家を乗っ取ることが出来れば御の字。
それが出来なくとも領地のために生涯を尽くし、その地の為に果てる。そんないてもいなくても腐っても変わらない存在だった。
オレも当初はそうやって生きるように育てられた。――だが、幸か不幸かオレには才能があった。血が濃いという、天性の才能が。
それが発覚した時、両親は天井知らずに喜んだ。血が薄まっていくことで弱まる貴族の力、という危機感のなかで産まれた麒麟児だったからだ。
跡取りの順位を変えてまでも歓喜したその才能は、しかし平和となった今の時代じゃただの宝の持ち腐れでしかなかった。――それが『血闘』という、戦闘時に異常に強力な才覚を発揮するという才能だったからだ。
……馬鹿馬鹿しい。
かつてその特殊な血によって多大な繁栄を築けたと信じ、その偉大なご先祖様から続く偉大な貴族であるということを妄信する、……その遺伝を何よりも誇りに思ってる馬鹿で時代錯誤な連中だ。
跡取りの座を奪われて、己の人生計画が頓挫するかもしれないというのに、単純に喜ぶような兄や家人たちをオレはどうにも理解出来なかった。同じ生物なのかと疑ったほど、その思考が受け付けられなかった。
だからそんな貴族という生物として生きることが嫌だったオレは、家を出ることに猛烈に反対する親が渋々でも納得し、かつ自由も多い騎士という職業を選んで生きることにした。
騎士を選んだのに理由はいくつかあった。親の納得や自由、貴族の価値観や存在に嫌気が差したというのも理由としてはそうだったが、根本的な理由は全くもって別にあった。
「――愛か血か、か。君がいつまで耐えられるのか……」
戦友の言葉にオレは何も言わなかった。
オレがなんで騎士を選んだのか。それは単純に戦える機会が多いからだ。
――『血闘』にはいくつかの普遍的な副作用がある。
主な症状は力を使えば使うほど高まる極度の興奮による理性の喪失、次第に見境の無くなる無差別な攻撃性の発現だ。
それは力を行使しなくとも一定期間経てば発現する病気のようなもので、しかもその間隔は力を使えばもっと短期間になるというクソみたいな副作用だった。
それを鎮めるには、ある程度発散するための血生臭い戦闘が必須だった。オレの才能が分かったのも、それが出来ずにガキの頃に一度理性を飛ばして暴走したことがあったからだ。
……その時の記憶は当時からも残っていない。理性がぶっ飛んだ獣同然にまで意識が落ちたからな。
「騎士団には……」
「どいつもこいつも弱くて物足んねェ」
オレの言葉に戦友は顔を顰めた。今のところなんとか発散出来てるが、それも段々と誤差に感じてきていた。
もしこのまま暴走状態になれば、動けなくなるまで叩きのめす必要があるが、ガキの頃ならともかく今のオレを止めようと思えば相当な被害が出るだろう。
当時の詳細な被害は聞いたことないが、成人した大人の兵士の何人もが武器も持たない、戦闘経験も碌に無いちっこいガキ相手に手も足も出ず、何日も経ってやっと少し体力の限界が見えた隙に止められたんだと聞いた。
当時ですらそれだ、今のオレなら下手したらひと月くらいは余裕で暴れ回るんじゃねェかと騎士団の上層部は慄いてやがる。
「……だからこの後、抱けもしねェ女に会わされるハメになっててよォ。何度も何度も無理だっつってんのに無駄な時間使わせやがって――」
「深刻だな……」
ここまで悪い状況だったとは……と戦友は苦い顔をした。
「……この状況は向こうも焦るだろうな」
戦いで発散出来ないなら愛――つまり女を抱くことで鎮めるしかない。理由は分からないが、過去の文献によると戦士は戦に出られない時、暴走状態に陥らない為、己を鎮める方法として女を定期的に抱く方法で愛を求めていたそうだ。
今まではオレが何か言われずとも自ら適当に女を抱いて歩き回っていたため、騎士団はオレの世話を焼く必要は無かった。女のほうからわらわら寄ってきていたオレにする余計なお世話が無かったからだ。
――だが、今はどんな女も拒絶しちしまうオレに相当焦ってることだろう。単純に暴走状態に入る前に殺せば良いとオレは思うが、あいつらの考えは貴族寄りだ。たとえ暴走状態になってもオレを殺そうとはしない。
……誇りや血に固執してなんになる。揃いも揃って馬鹿な奴らだ。
「あっれー? まだいたのー?」
深刻な沈黙が落ちたオレたちの雰囲気を察せず、馬鹿女が戻って来た。どうすればそこまで空気が読めなくなれるのか、一度頭を斬って中身を確認したくなる。もはやオレと同等以上に天性の才能だろ、あの馬鹿さ。
どこまでも空気を読まない馬鹿女は、己の恋人に「なになにー? 面白い話? 教えてー」と馬鹿面全開で近づいていった。
……この雰囲気で面白い話してるように見えるのかよ、馬鹿女が。
戦友は困った顔でオレを見たが、馬鹿女のせいで空気がシラけたオレは顎を突き出すように顔を上げ、馬鹿女に「言って良い」と態度で示した。
それを確認し、煩く尋ねる恋人に向き直った戦友は、馬鹿女に分かりやすく伝わるように噛み砕いて説明を始めた。
……なんでこんな馬鹿女と恋人になれるんだか。
女なら見境なく誰でも抱いてたさすがのオレでもこの馬鹿女だけは無理だ。向こうも最初からオレのことは無理だったようだがな。
「ふーん……!」
話を聞き終えた馬鹿女の第一声はそれだった。
……癪に障る。言葉ではなく、その顔が。
にやにやとしたニヤケ面は普段の馬鹿面以上の馬鹿面で、見てるととてつもなくぶん殴りたい衝動に駆られた。
……こいつのふざけたニヤケ面を殴ったら副作用も一気に治まりそうな気がするぜ。
「……ふざけた面しやがって。言いたいことがあるなら言えや」
「じゃあ言うけど、」
苛ついたオレの言葉に、待ってました! とばかりに即座に反応した馬鹿女は、イラつく顔でつらつらと恋人から聞いた話をそのままさも自分が最初に解説するかのように宣い始め、さらに途中からはまるでオレの心情を代弁するように表現豊かな演者になって捏造話を熱く語り出した。
「――ここ半年ずっと探してる女の子がいて、見つからなくて寝ても覚めてもその子のことしか考えられない。こんなに探しても見つからないのに、一体どこで何してるんだろう。どこに住んでるんだろう。もしかしてもう近くにいないんじゃないか。誰に聞いても噂さえ聞こえない、ちゃんと生きてるんだろうか。危ない目に遭ってないだろうか……ああ! 愛しの君。あなたは今どこでボクを待ってるんだろう。待っていておくれ、今すぐ迎えに――」
「――オイ、テメェ。どこをどう聞いてそんな捏造をしやがった……」
馬鹿女は、気持ち良く語ってる途中で割り込んだドスの効いたオレの低い声に臆することなくビシッ! と片手で俺を指し、もう片手を腰に当て、堂々と見当違いな妄言を言い放った。
「これは、――恋だよ!」
「あァ?」
言ってやった! と鼻息荒くオレを指さした馬鹿女の馬鹿発言に、オレは鼻白んだ。馬鹿女は馬鹿女だった。……まともに聞いたオレが馬鹿だった。
会心のキメ台詞に対してのオレの反応が悪いことがお気に召さなかったのか、馬鹿女は指差した指を上下にブンブンと振りながら鼻息荒く興奮しながら強く主張した。
「もっと言うなら、――愛だよ! これは! 間違いない……!」
「――くっだらねェ」
「なんで!?」
オレの言葉に衝撃! と顔に出して驚く馬鹿女を鼻で笑った。
……このオレの状態が恋だの愛だの、――馬鹿馬鹿しい。
まだ未知の術に掛けられてると言われたほうが不確かな感情よりも信憑性が高いだろうが。ふざけやがって。
オレの冷めた態度に納得行かないのか、馬鹿女はむっきー! と大げさに獣の言葉で叫びながら地団太を踏み、すぐさま横にいた恋人に泣きついた。
「――ねえアイツ、ひどくない!? 絶対恋、いや愛だって! ねえ! なんで認めないの?! 絶対無いって皆思ってたせっかくの春の訪れなのに……! いつも人を見下してばっかで馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで重症だったなんて……本物の馬鹿じゃん、アイツ!」
「……オイ、ふざけんな馬鹿女がよォ。いつもいつも結論を先走って失敗ばっかして尻ぬぐいされてきたテメェに馬鹿だなんだと言われる筋合いはねェ!」
元々苛々していたのもあるが、馬鹿女の馬鹿発言に更に苛ついたオレは、気付けば声を荒げた拍子にドンッ! と目の前の机の脚を衝動に任せて蹴っていた。
それに怯えることなく、むしろ馬鹿女は「何よ、乱暴者!」と抗議したが、オレはとうとう付き合いきれない、と無視を決め込むことにした。
「なんで認めないのよ……」
諦めきれず、何やら馬鹿女が唸っていたが、無視だ、無視。
「……恋とか愛とかは、まあこの際置いておこう」
オレたちのやり取りを苦笑しつつも黙って聞いていた戦友が言葉を発した。馬鹿女がまだ「なんでよ!」と戦友の胸倉を掴んでぐいぐい前後に揺らして抗議していたが、戦友は恋人の抗議をいったん顔色を悪くしつつも黙殺した。
「とりあえず、その子が見つからないことにはどうにもならないだろうから、聞いてなかったその子の容姿とか特徴があれば教えてもらえるか? もしかしたら僕たちが何か知ってるかもしれないしな」
「ああ、それなら――」
半年ずっと聞き回ってたせいか、オレは最初の頃に比べてスラスラと彼女の詳細な特徴を語ることが出来た。語るうちに、二人の顔がどんどん奇妙な表情になったいってたが、それを気にせず彼女についてオレは語り続けた。
ある程度語り終えたところで二人を見ると、疑問に思うでもなく、何かを知ってるような表情でもなく、なんともしょっぱい顔をしていてオレはその反応に首を傾げた。
「……なんか分かったのか?」
「いや、分かったというより……」
戦友がなんとも言えない表情でオレを見て口を閉じては開いて、開いては閉じてと言葉を選ぶように考えて言葉を発しようとしていた。
が、――
「――ほぅ~らね! やーっぱり私の言った通りだったでしょ? しかもかなりの重症だよ!」
自分の恋人が言葉を選んで発言しようとしてるにも関わらず、それに気付かない馬鹿女は訳知り顔で大きく頷いて恋人に謎の同意を求めていた。
……意味が分からなかったが、何やら馬鹿女たちが思い当たることがあるのはすぐに察した。
馬鹿女に聞いても会話が成立しないだろうから、自然とオレは説明できるだろう戦友に期待するように視線を向けた。
「……その、僕も話を聞いててまさかとは思ったんだ。でも、聞いてるうちに確信したというかなんというか……」
「ハッキリしねェな。知ってることがあんならちゃっちゃかと話せや」
どうにも歯切れ悪い戦友の言葉に、オレは苛立ちつつも初めて得られるかもしれない彼女の情報に安堵し、比較的冷静に話の続きを促した。
オレが冷静に話を聞く態度を示すと、戦友は深く息を吸ってから言葉を発し、オレはその話を聞いてすぐにその日はそのまま帰宅した。
……馬鹿女は最後まで何やらうるさかったが。
数日後、オレは騎士団本部まで赴き、暫く休暇を取る旨を報告した。理由をしつこく聞かれたため、女に会いに行くと、誰が聞いてもまるでこれから女を抱きに行くような言葉を伝えてとっとと去った。
彼女に会いに行くのは事実だが、この時のオレに彼女を抱くつもりは毛頭なかった。ただ、探していた彼女であるかどうかを遠目に直接確認するだけだ。……本当にそれだけだ。
そうして彼女に会いに行く道中、オレは自然と昨日の最後に聞いた戦友の言葉と、関連する過去の記憶を鮮明に思い出していた――。
『――つい、この前まで大きな事件が色んなところで多発してて一緒に駆けずり回ってただろ?』
あァ、それがどうした。
『その度に結構な野次馬が集まって大変だったのは覚えてるか?』
面倒くせェ人払いをしてたのはオレだ、覚えてるに決まってるだろ。
だから、それがどうした。
『その時々で、ふと君がどこかを、――何かを見て止まることがあったんだ』
なんだァ、そりゃ。そんな記憶はねェが……。
『短い……とても短い一瞬、とでもいったほうが正しい時間だったからな。僕も偶然に何度か目撃したくらいで、そこまであまり深く考えずに今までずっと忘れて気にも留めなかった。だから、当時の君が無自覚でやってて気付いてなかったんだとしても仕方ないことだと僕は思う』
……オイ。まさかとは思うがオレが見てたのは――。
『――そう。たぶん、君が今もって必死になって探してる彼女だと思う。君の話す彼女の特徴を聞くまではまさかとは思ってたけど、僕が過去に見た君の視線の先の彼女と、だいたいの大きな特徴は重なってる。……本当に彼女で間違いないかどうかは、君にしか分からないだろうけどな』
そんな風に締めくくった戦友の言葉に、オレはなんで今まで忘れてたのかと呆れるほどに当時の現場で見た彼女の姿といくつもの情景を鮮明に思い出していた。
――名前は知らない。
出身も階級も、年齢すら知らない。……だが、野次馬に紛れてぴょんぴょこ飛び跳ねる、変わった行動で奇妙なほど目についた女は覚えている。
見たら青褪めるくせに、やたらと一生懸命に血生臭い現場を一目見ようと踏ん張ってた女を何度か目撃していた記憶は確かに存在していた。
――どこにでもいそうな、冴えない女だった。
ただ、オレは時々見かけたその女を、その度に何してんだと呆れて見て、すぐさま忘れていただけで――。確かに、何度も彼女をオレは見ていた。覚えてる。
彼女を抱いた日よりもとっくの昔にオレは確かに彼女を知っていた。
ここ数日は過去の記憶を辿って、彼女を目撃したことがあった当時の現場周辺で聞き込みを開始した。ここでも思った以上に情報は無かったが、それでも全くないことはなかった。今までが嘘のように調査が捗る。
……彼女が確実にいただろう場所の周辺で聞き込みしてここまで情報が少ないということは、普通に捜索してたら何年かかっても彼女を見つけ出すのは不可能に近かっただろう。
オレは確実に調査を進め、ついに彼女の住まいを特定するに至った。逸る気持ちのままに一旦そのまま入店しようとして……ふと、考え直した。そして何故だかすぐには店に乗り込まずにオレは足を止めていた。
何故か、……何故だか彼女に逃げられる気がしたからだ。
騎士団の本部まで赴いてわざわざ休暇を申請したのは、万が一会えたとして、彼女に逃げられたらすぐに追えるため、どこにも逃がさない為だった。
……何故そんなことを考えたのかは分からないが、それは今まで幾度となく命を救ってきたオレの勘だった。
――戦闘でもないことで働いた勘は初めてだ。
しかも女に関する勘なんて意味が分からない。相手は紛うこと無き非戦闘員だ。戦うわけでもないのに働いた勘に半信半疑になりつつも、オレは結局、今までのオレの勘を信じることにした。
……とはいえ、他にも理由はあった。それは昼夜休みなく動いていた捜索が一段落して休めるいい機会だと思ったことだ。オレはそうして自分自身への言い訳のように理由を作って休暇を申請することにした。
カランカラン
小気味良い音を鳴らした鈴の音を聞きながら、部屋の奥の扉の向こう側から「はーい! お待ちをー!」とぱたぱた駆けてくる軽い足音が聞こえた。
――いよいよだ。
邪魔されたくなかった為、彼女が現れる前に扉に掛けてあった開店を示す看板は閉店のほうへと素早く裏返しておいた。
この店がそこまで繁盛しているわけじゃないのは調査で分かっていたが、確実に誰も来ないとは限らない。用心しておいて損はなかった。
そんなことをしてる間に足音は奥から大分近付き、ぴょこり、と彼女が笑顔で扉の向こうから顔を出した。
そのなんとも能天気で平和そうな笑顔にオレは、――
「いらっしゃいま……」
「――よォ」
存外店内によく響いたオレの低い声に反応したのか、まるで小動物のようにぴくぴくと彼女が小刻みに飛び跳ねた。
その顔は驚いているのか呆けているのか、口を半開きにしてオレを見ていた。
――今、彼女が何を考えているのかは分からなかったが、先程までの能天気な笑顔は確実に引っ込められてしまったのは見て分かった。
「半年ぶりだなァ、オイ」
会ってみて確実に探していた彼女だ、と確認したらまず何を話そうか……色々と考えてはずのオレは、こんなに苦労してまで探し出した彼女が邂逅一番見せたとぼけ顔を見て、完全に掛ける言葉を間違えた。
……違う。オレがまず言いたかったのは――クソッ。
すぐに言い直そうと口を開こうとし、半開きになった扉の屋外、ちょうど人が通りがかったのに気付いて一旦諦め、己への苛立ち任せにオレは乱暴に足で扉を閉めた。
これで落ち着いて話が出来る。そう思って見た彼女は、相変わらず呆けた顔を晒してオレをぼーっと見つめていた。一連のオレの乱暴な言動を見ても動かない、そのあまりの危機感の無さに無性に焦って足音荒く彼女に近付いた。
そうして近づくオレを見てただけの彼女は、途中でハッとしたような顔でやっと正気に戻れたのか、それともなけなしの危機感でも思い出したのか、何故か小動物のようにその場で素早くしゃがんでオレから隠れようと動いた。
……そんなところに相手に見られながら隠れてなんになる。せめて逃げろや。
上手くいかない己への苛立ちや妙な焦りをごまかすように、オレは彼女の頭上の板を軽く叩いた。バンッ! と思ったよりいい音がして、中で彼女の悲鳴にならない悲鳴が聞こえた。
「ご、ごごごめんなさい!」
「あ゛?」
「ひぃぇ……」
悲鳴だけでなく、何故か唐突な謝罪もされてオレは更に己に苛立った。苛ついた声が出て、彼女は更にオレに怯えた声を出した。
……クソッ。オレはここまで来て何してやがる――。
オレが苛立ったのは、彼女の何に対しての謝罪なのか分からない謝罪が意味不明だったこともあるが、何故だか分からないが無駄に彼女から謝罪されるとオレが更なる自己嫌悪に陥る感覚がしたからでもあった。
気付けば、苛立ち紛れに無意識に足が手前の板を軽く蹴ってしまっていた。中から再び悲鳴が聞こえ、オレはさすがに彼女から物理的に距離をとることにした。
まるで自分が自分でないように、彼女を見た途端にオレは己の感情が上手く制御できなくなっていた。……副作用の影響と考えるには違和感がある。
――こんなに思い通りにいかないのは生まれて初めてだ。
「あ……あの……おいくら、ですか……?」
「あぁん?」
オレが一人考え込んでいると、またしてもとんちんかんなくぐもった言葉が、台の向こうの足元から聞こえてきた。
……ふざけんじゃねェ。
また金払って縁切ろうってことかよ。んなもんの為にここまで苦労してお前を見つけ出したわけじゃねェ。黙って受け入れられっかよ!
……金なんざ、いらねェんだよ――。
そんな荒れて刺々しい感情の影響からか、オレは条件反射で威圧的な声を出してしまった。
「~~!!」
オレの声に反応したのか、連動して台の中で彼女がどこかに自身を打ったような鈍い音と、直ぐ後にわずかにすすり泣くような音も聞こえてきた。
――何やってんだか……。
「……チッ」
わずかに聞こえてくる押し殺したような泣き声に、オレはぐしゃぐしゃと自身の髪を掻きむしってから、腰より高い位置にあった目の前の台の上に片手を置き、ひらりと軽く飛び越えた。
この程度の高さなら助走する必要も、回り込む必要もなく飛び越えたほうが早いだろうという判断のもとで。
「っと」
……綺麗に掃除された店内を見ても思ったが、マメなのか、内側に置いてある物も整理整頓され過ぎてて生活感をあまり感じなかった。
そんなことを考えながら、押し殺した声が聞こえるほうへと身体を向け、一気にしゃがんで覗き込んだ。
……そこに隠れていた彼女は、小さく縮こまって微動だにせず、オレのほうを真っ直ぐに見返すだけだった。その姿はまるっきり野生の小動物が相手を警戒している様子とそっくりで、一瞬だけオレは笑いそうになった。
だが、その全身で必死に警戒を示す姿とは裏腹に、隠しきれない怯えと不安で静かに潤む瞳はあまりに――綺麗で。
その印象的な輝きに囚われて、気付けばオレはまるで彼女から目が離せなくなっていた。……前に近くで見た時は酔いのせいにしたが、今はそんな適当な理由は全くでっちあげられそうになかった。
――綺麗だ。
素直にそう感じた。一夜を共にした当時のように、綺麗に映るような女の化粧をしてるわけでもない。なのにオレは、その瞳が何よりも一番綺麗だと思った。
気付けば、彼女の今にも壊れそうなその儚い姿に、自然と小さく問いかけるように声を掛けていた。
「……泣いてんのか」
夜になれば瞳だけが目立つ獣の目と同じような現象なのか、彼女の瞳はぼやけた暗闇にもハッキリと二つ浮いて見えていた。
涙で潤む瞳にオレの目は自然と吸い寄せられるが、瞳だけがそこに存在してるわけでもない。
膝を抱えるようにして自身を抱きしめ、オレの言葉に素直に頷く無防備さと、無垢な子どものようにか弱く震える彼女は確かにそこに存在していた。
……泣かすつもりは無かったんだがなァ。
「ハッ、泣いてんのにいい返事だなァ」
――思わず、またしても言うつもりが無かった皮肉みたいな強い言葉が出てしまった。……オレは彼女に、失敗してばかりだ。
咄嗟に上手い言葉が見つからず、発してしまった言葉に己の顔が情けなく歪んでいるのが分かった。
「……別にお前に何かするつもりはねェよ」
怯える彼女に何を言えばいいのか。何も思いつかず、とりあえず小動物のように怯えて警戒する彼女に敵意が無いことを伝えた。
そうしたら先程まであったはずのなけなしの警戒心はどこへやら、あっさり警戒を解いて、変な顔で能天気にオレを見つめる彼女がいた。
――その姿に、自然と手が伸びた。
「悪かったな。脅かしちまってよォ」
前に、余すことなく彼女の色んなところをもっと乱暴に触ったはずなのに、何故か今、オレは壊れ物に触れるように彼女の頭に手を置いていた。
先程まで潤んで見つめていた瞳のせいか、それとも彼女が見せる儚い姿がそうさせたのか。オレには分からなかったが。
……ただ、オレの伸ばした手に反応して首を竦め、そのままされるがままに撫でられるのを受け入れる彼女の懐いた小動物のような姿や、オレの言葉に反応して首を横に大きく振って即座に否定を示した彼女の大げさな動作が、何故かとても心地良い、と感じた。
自然と口元は緩み、オレの喉の奥からは抑えきれない妙にむずがゆい笑いがとめどなくこみ上げてきた。
「あの……」
「なんだ」
――だからだろうか。
久々に彼女の言葉が聞こえた時、オレはやっと当初考えていた穏やかな声で彼女に言葉を返すことが出来ていた。
――ここまで長かった。
彼女と会ったあの日からずっと、――いや、それよりも前から感じていた、燻っていた苛立ちは、いつの間にか影も形も感じられなくなって、今感じているのは初めての変な気分だけだった。
――だが、不快じゃねェ。
「その……ご飯、とか食べます、か?」
「あ?」
唐突にされた彼女のその提案は、あまりの脈略の無さで良い気分だったはずのオレを冷静にさせた。一旦彼女への答えを考えるためにと笑いも自然と止まる。
そして何を言われたのかと今一度考え、結論が出ずに思考が一瞬止まり、結局なんで今それを言われたのかが分からずに気の抜けた、適当な返事をしてしまった。
「……あー。そういや腹減ったな」
「あ、いま! いま用意します!」
オレの言葉を聞いて素早く見え見えの隠れ場所から這い出たかと思うと、小動物のような俊敏さで立ち上がりながら早口にそう言った彼女は、そのまま脇目もふらずオレから逃げるように一目散に奥の部屋へと駆け抜けていった。
あまりに突然の行動に虚を衝かれたオレだったが、本能的なものなのか、無意識に逃げるように駆けていった彼女の後を静かに追っていた。
「これと、これと……あ、これも」
追いついた先で見たのは、先程の店内とは趣が変わって生活感のある可愛らしい台所であった。特に何か特別な装飾がされているわけではなかったが、――可愛らしい、という表現は自然と湧いて出た。
それはちょこまかと忙しそうに動き回る彼女の存在と、食器以外に存在した、見たことの無いアホ面を晒す、野生の獣としての気が抜けたやる気のないような顔で棚や机上に居座る謎の生物の人形などがあちこちこぢんまりと置いてあったり、派手ではないがしおらしく控えめに存在する生け花が風景を彩っていたのがそう思わせた要因だったのかもしれなかった。
「よし。……きゃっ!」
「うおっと。あぶねぇな」
一通り台所を観察して手持無沙汰になったオレは、手前に居て気付かなかった謎の生物の人形と目線が合った。暫し無言でオレがなんともいえない表情を浮かべていると、ちょこまかと動き回ってた彼女が両手に料理の皿を持って勢いよく振り返ってオレとぶつかりそうになる。
――あっぶねェ!
反射的に皿と彼女を同時に抱きとめる。……扉のところで突っ立ってたオレも悪いが、彼女の終始慌ただしそうな動きは、オレがいなくともいずれ盛大にすっ転んでただろうと思われた。
……オレでなきゃ受け止めきれず、大惨事だったな。
「ご、ごごごめんなさい!」
すぐに謝るのは彼女の癖なのか、気質なのか。――その両方だろう。青褪めた顔でオレから皿を奪われていることに気付かず、彼女は大きく頭を下げるように謝った。
……皿を奪ってなけりゃ二次被害が出てたな、こりゃ。
「落ち着け。これを運べばいいのか?」
「は、はい」
彼女に任せるのを危なっかしく感じたオレは、先程ちゃっかり皿を分捕ってたのをいいことに、そのまま未だに手ぶらであると気付かない彼女の了承を貰った。
……周りが見えてねェのは馬鹿女と同じだが、馬鹿女と違ってこいつは全く苛つかねェな。むしろ目が離せなくて心配しちまう。……なんでだ?
「……いえ! 私が!」
――オレが深く疑問に思って考える前に、やっと手ぶらに気付いた彼女がオレに両手を差し出すようにして皿の返却を求め、ばたばたと自分でやるのだと主張した。
その子どものような幼い動作に自然と笑みが浮かぶ。困った顔の彼女に笑ってるところを見られないようにオレは背を向けて意思表示した。
「わーった。わーったって」
もちろん、言葉でも伝えた。オレがこの、どこか危なっかしい動きをする彼女に簡単に皿を引き渡すことなんて考えるわけもなく、何か文句でも言われる前にさっさと食事が出来る部屋へと料理を運んでいった。
オレが動いてすぐ諦めたのか、残りの重くない料理皿を両手でしっかり持った彼女が後を追いかけてきた。そして突っ立ってるオレと机を見て、顔を青褪めた。
「あ……」
その部屋には大きめの机と、彼女が普段使ってるだろう小さな椅子がこぢんまりとあっただけだった。
……店のことに関しては調べがついていたが、彼女自身についてはまだ調べきれてない。他に家族の気配が感じられないのは店だからかと思ったが、奥には繋がってる住居がある。こちらにも人の気配はなかった。
――まさか、女一人で暮らしてんのか?
「お、お座りになって下さい!」
「座れねーだろ」
オレが考え込むのを何と思ったのか、彼女がそんなことを宣った。オレは反射的に答えたが、仮に客人のオレ一人座らせて彼女はどうするつもりなのか。
まさかオレが飯食ってるのを突っ立って見てるつもりか?
それならなんで二人分用意したんだ。
――そりゃあ自分も食いたいからに決まってるからだろうが。
オレは反射的に答えた後で、彼女の顔を見てから自然とそう結論付けた。
「い、いえ。お構いなく……」
往生際が悪いのか、遠慮してるのか、変なところで素直にならず、物欲しそうな顔で料理とオレを交互に見つめながら言われても説得力がまるで無かった。
――どんだけ腹減ってんだ。
いつものような苛立ちではないが、苛立ちに似た感情のまま、オレは言葉を発した。
「あァ? 他に座れる椅子はねェのかよ」
「はぃぃ……! いますぐ! お待ちをっ」
あんのかよ、椅子。
……だったら最初から出せばいいのに、何故そうしない。
オレのせいか……?
先程から彼女を見てても、馬鹿女と同じようなことをやらかしてんのに、何故か馬鹿女の時みたいな苛立ちはまるで無かった。
むしろオレが悪かったんじゃないかという気にさせられる。
なんだァコレは……。――違いが分かんねェ。
馬鹿女とで何が違う……? やってることはほぼ同じだが。
自問自答している間に彼女が椅子を持ち出して来て、オレはそれを見てやっと納得して座った。
そのまま特に会話もなくすぐに料理を口にし出したのは、嗅いだことの無い美味しそうな匂いが先程からずっとしていたせいもあるだろう。オレは気付けば夢中で料理を貪り食っていた。
一応は貴族の端くれのオレだ。食事事情は言うまでも無く豪奢。庶民の料理は食べれないことはないが腹に溜めるだけで、好みではなかった。食事を楽しめるほどの料理は食べたことが無かったからだ。
――それがなんだ、コレは。
一見、見た目はそこら辺の庶民の家庭料理のようだが、実際に食べてみれば貴族の食事でも食べたことが無い味だ。独特な味付けなのは貴族でなくても感じ取れるだろう。
彼女との話の流れにらしくなく流されるままここまで付き合ったが、こんなに美味い料理が食えたなら流されて正解だった。
そんなことをオレが考えてると、彼女が伺うような声をオレに向けた。
「あの……」
「ん……なんだ?」
料理の美味さに気分が良くなってたオレは、威圧的になることなく、普段のオレでは考えられないくらいに穏やかに彼女の話を促すことが出来た。
恐る恐るではあるものの、オレの雰囲気にほっとしたおかげなのか、彼女が上目遣いでオレをちらちら見ながら問いかけた。
「あの……お、お怒りでした……よね?」
「…………」
――怒り? オレが?
改めてそう言われると違和感があった。思えばオレは、彼女に対して怒っていたのだろうか。それなら理由はなんだ。
彼女に怒る理由――。
……一晩で捨てられたことか?
それともなかなか見つからなかった苛立ちか?
……いや、オレがオレ自身に苛立つことはあっても、彼女に対してその怒りをぶつけたいと思ったことは無かった気がする。
そして彼女に捨てられたことに最初から怒りは無い。オレが一人で勝手に納得出来なかっただけだ。それでオレが勝手に探してなかなか見つからなかったところで彼女のせいじゃあねェ。
そこまで考え、オレはただ――。
オレの返事を待ってる間も百面相をしている彼女を真っ直ぐ見つめながら、オレはオレ自身の思考を整理していった。
――怒りではない。
見つけ出す、ただそれだけしか考えてなかったオレに、彼女に対する怒りの感情は全く無かった。
……そもそもなんでここまでして見つけ出したかったのか、オレは今まで深く考えてこなかった。
見つけた今となって、オレは彼女に何をしたかったのか。何を言いたかったのか。――何故か、向かい合っている今となっても特に何も思い浮かばなかった。変な感覚だ。
なら、一体どんな理由であれほど彼女を探し求めたのか。……オレが彼女に再会したことで荒れ果ててた心情が次第に安らいでいったのを思えば、至極単純な動機に辿り着く。
――ただ、もう一度会いたかった。
それだけだったと、オレはやっと気付いた。
ちょうど口にしていた料理を嚥下すると、オレを見ていた彼女がササッと相変わらず変なところで無駄に素早い動きをみせ、オレに水の入った杯を差し出した。
……女の一人暮らしにしては大きな杯に眉根を寄せつつ、オレは一気に飲み下して彼女を見た。
「ぷはぁ。……別に怒ってたわけじゃねェ」
オレの言葉に表情だけでなく「えっ」と驚いた声も出した彼女を反射的に一瞥したが、オレの今までの乱暴な言動や、再会の最初がアレじゃあ仕方ねェかと気を取り直した。
「で、では、こちらへはどういった理由で……?」
なんでそんなことが気になるんだ、と思いかけてそりゃ気になるかとすぐに思い至った。今の今まで観察して、今のところどうみても女の一人暮らし。
いきなり威圧的な騎士が、しかも関係を迫って縁を切ったはずの男が押しかけて来たら何事だと思うだろうからな。
「特に理由はねェ……しいて言うなら、最初に言った通りだ」
「えっと……偶然立ち寄って挨拶をした、ということでしょうか?」
「……まあ、そんなところだ」
正直に、半年もずっと必死に探し回ってた、ただお前に会いたくて。と告白するのは何故か言い憚られた。
……ただもう一度一目でも会いたかった、という何とも面倒な女みたいなぽやけた理由だったからか、理由があって無いような理由だったからなのか。
……惨めな男のプライドだったが、駆けずり回って探してた理由がカッコ悪いと思ってしまったら、喉に言葉が詰まったようにもう何も口に出せなかった。
それなのに何故か申し訳なさそうな顔を彼女にされ、オレの心のほうが酷く痛んだ心地がした。
歯切れ悪いオレの言った理由で本気で納得出来たのか、とっくに食べ終わってた彼女はオレが食べ終わるのを待ってから席を立ち、そのままオレの皿も一緒に下げて台所に行ってしまった。
暫く台所の方角から水仕事の音がしていた。オレはそれを聞きつつもぼんやりと彼女について色々と考えていた。
――こんなにぼんやりと気が抜けた状態になったのは初めてだ。
どこにいても苛々とした言動で、酷い時は周囲に当たり散らし、一人であっても気を抜くことが無かったあのオレが、だ。
この家が、彼女が存在する空間に漂う不思議な感覚が、オレに安堵という今まで知らなかった感情を芽生えさせる。オレは自然とその心地よい感覚に身を任せていた。
――ここにはそんな、確かな安らぎがあったからだ。
「あ、あの……」
いつの間に戻って来たのか、遠慮がちにかかった彼女の声に、オレのぼんやりとして気の抜けた意識が若干だが戻ってくる。
その状態でおろおろと全身で困ったと表現する彼女をじっと見つめていると、オレは自然ともう帰ったほうがいいか、という気持ちになった。
彼女にもう一度会う、という当初の目的は達成した。これ以上、ここに理由も目的も無く居座る理由が無かったというのもある。
オレはそう考え、そのまま比較的穏やかな気の抜けた声で彼女に「帰る」と告げていた。
――が。
オレが帰ると言った途端、あからさまにホッと安堵の息を吐いた彼女を見て、心の底からムクムクと違う感情が芽生え始めたのが分かった。
オレのほうを振り返らずにたたたっと足取り軽く出口へ向かう彼女の後姿は、何故か無性に気に食わなかった。
「……あれ?」
今更看板のことに気付いたのか、今の今まで客が来なかったことを疑問にも思っていなかったのか、不思議がって扉を開けようとした彼女の背後。
獲物を隠れて狙う猛獣のように気配をさっぱりと消し、オレは彼女の背後へ静かに忍びよって扉を開けないように、閉じ込めるように腕を伸ばして彼女を腕の中で閉ざすように囲った。
顔は見えないが、無防備に、警戒心もなくオレの腕を鈍い動作で見上げた彼女の髪から、何とも言えないイイ匂いがした。
――美味そうだ。
「――気が変わった。帰らねェ。今晩泊めてくれや」
「へっ?」
そういえば、すっかり忘れていたが随分とあっち方面がご無沙汰だったじゃねェか。……これに関しては彼女のせいだと言えるだろう。きっちり責任をとってもらわなきゃなんねェな。
彼女に見えないからと、かなり獰猛な笑みを浮かべている自覚はあったが、オレは舌なめずりするように彼女のつむじを見下ろした。
オレの言葉に動揺したのか、白かった首筋は真っ赤に染まっており、それがオレによるものだと分かるだけにオレはとても愉快な気分になった。
知らず知らず彼女の髪を弄んでしまったが、彼女はそれに反応するどころではないようで、首をくすぐったそうに竦めて固まっているだけだった。
「おっ、お勤めがあるのでは!?」
「明日まで休みだ」
苦し紛れにやっと言葉を発した彼女の言葉に被せるようにオレは答えた。……実際には明日だけでなく、もう数日は休みだが、今はそんなことどうでもいい。
ここまで来て数日も休みがあるなんて言ったら、彼女から警戒されて確実に逃げられそうな気がしたからだ。
オレの言葉にもごもごと尽く口ごもり、その度何やらぷるぷると震えて耐える様子はとてもそそるものがあった。
そうして彼女の反応を楽しんで暫くは我慢したが、あまりにいつまで経っても返事が無かったのが気にかかり、気付けばオレにしてはかなり情けない声で彼女に返事を促してしまった。
「――嫌、か……?」
途端、ぴーん! と獣の耳の幻が頭に見えたと錯覚するような劇的な反応で、彼女は背筋を伸ばして姿勢よく大声で答えた。
「い、嫌ではない、です! はい!」
「ふ……」
その姿にオレは思わず堪え切れずに吐息のような笑いを漏らしてしまっていた。――こいつは今までにオレが会ったことの無い種類の女だ。
最初は普通の冴えないどこにでもいる女だと思ってたが、……いつもいつも浮かべてる百面相、その小動物のような動き、警戒してるのに警戒出来てないちぐはぐな動き、時に大胆で無謀な言動含め――面白れェ女だ。
オレは知れば知るほど新しい一面を見せる眼下の彼女を見て、改めてそう思った。良く分からない、だが不快じゃない感情が彼女を見ているだけで湧き上がってくる。
ここ最近感じていた他の女に対する嫌悪感といった類の感情は、彼女に関しては不思議と一切感じなかった。――むしろもっと、もっと彼女に近付き、ずっと触れていたいとさえ考えるオレがいた。
「こっ、こちらへどうぞ!」
――今だってそうだ。
見たことの無い固い動きで手足を同時に出して移動していく彼女は見ていて危なっかしい。ひとときも目が離せない。
そんなオレのほうを是が非でも見ないようにと視線を明後日の方角へと必死に彷徨わせてる彼女は、同時にオレから距離を取ろうとするくせに、平気で寝室にオレを誘う。
彼女の危機管理の無さと無防備さに呆れや苛立ちを感じると同時に、オレが彼女に受け入れられているんだと感じて口元が自然と緩んだ。
――そうして再び共にした一夜は、久々だったこともあるかもしれないが、これまでにない幸福感をオレにもたらした。
翌朝、横で眠る彼女を見つけた時、オレがどれほどの喜びを感じたのか、誰に分かろうはずもない。オレだけのものだ。
眠ったままむにゃむにゃと何かを食べながら、無防備な顔でオレの胸にすり寄って来た彼女を抱き寄せ、オレはもう二度と――二度とこの女を手放したくないと思った。
――そう思った時、思い出した。
「……そういやあの時、逃がさねェって思ったんだったか」
若干、意味合いとしては違うが、思ったのは事実だ。見つけるという目的が果たせたのなら、そちらも当然果たすべき目的だろう。
――オレに見つかったのが運の尽きだ。
野次馬の一人としてたまに遠目に見かけるだけなら、こんなことにはならなかった。オレに誘いを掛けなければオレに認知されることもなく、野次馬の変な女の一人としてオレに忘れ去られ、更にはここまで執念深くオレに追われることは確実に無かった。
オレを一度、――たった一度だけ誘ったことでここまで繋がった。
そうでなければ今もオレは他の女をとっかえひっかえ抱いてただろう。そのことは考えずとも容易に予想がつく。……まあ、今じゃどうやって他の女を抱いてたのか思い出したくもねェが。
そんなことを考えながら、オレは彼女がオレから逃げようと思わないようにする今後の計画を立て、暢気に幸せそうに眠る彼女を腕の中に閉じ込めた――が、オレはまだ彼女の手強さを知らなかった。
逃げないように捕えたつもりが、スルスルと嘘のように逃げ出す彼女の手強さを。逃がさないと言いつつ、逆に彼女の無防備で無償な、どこまでも純粋で、それでいてオレの本能の急所へと直に訴えかける愛に否応なく気付かされることを。
オレをどこまでも溺れさせる彼女に気付いた時には完全に囚われ手遅れで、――いつの間にか、彼女の愛に逃げられなくなったのがオレのほうになるだなんて何一つ、何一つとしてこの時のオレが知る由もなかった――。
――完――
ふぅ……書いてやったぜ!(-ω-)(長期連載超大作執筆後感)
最後のチェックで読み返して作者は思った。
……こいつ、どこまでも無自覚だ。なんておそろしい奴……と。
書いてる途中は何回も「それは~!」と嬉々と一人裏ツッコミしつつ、いつまでもにやにやが止まらなかっただけで、まあこいつの真の恐ろしさには確認で読み返すまで気付かなかった。
げにおそろしきは、無自覚の破壊力――。(悟り)
それとまさか自分が書く日が来るとは思わなかったのですが、結構ガチめでネタっぽくない「面白れえ女」発言が自然と彼から出ました。
……作者のせいじゃありません。本当です! 信じて下さい!
男性視点はあまり書かないので、今回は度々大丈夫なのか不安になりつつの執筆となりました。
ちょっと変なところがあってもスルーしてくれると助かります……(ノД`)
しかしそれでも気付けば女性視点よりまさかの倍量書いてたことは驚きですよね。
もはやこちらが本編だった……? そんな馬鹿な……!
……いや、よく考えたら元々ゲームの主人公たちのうちの一人という位置付けの設定。
間違いなく彼らが元祖本編でした。はい。(´・ω・`)
まあ、何はともあれ作中一番目の被害者は酒場のオッサンですね。間違いなく。
これだけは最後に言いたかった。オッサン、強く生きて!
一応、そんなオッサンの他にも何人もの被害者が……。
いずれ被害者の会とか開かれるくらいいました(笑)※作中未登場
……こほん。長々とした後書き失礼しました。
女性視点と合わせ、より楽しんでもらえたら青あざだらけの瀕死状態になりながら発狂と共に書き上げた作者も本望です。とても救われます。
ついでによろしかったら「いいね」もしくは感想、評価を頂けると嬉しいです。
【短編】ED後なら迫ってもいいですか? は下記URLか短編シリーズよりどうぞ
https://ncode.syosetu.com/n1418hn/
併せて女性視点がまだの方に是非読んでいただけると嬉しいです。
ついでによろしければ他の作品も是非ご覧ください。
こちらからは以上です!