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セピア色の想い出

作者: 郡司 誠

    セピア色の想い出

 こんな時代があったのです。

 大きな戦争によりすべてを失くした日本をもう一度復活させようとだれもが国をあげての努力をしているときでした。このころ日本は大きく成長していく途中でしたので、ほとんどの家がまずしかったのです。それでも、人々はみんながみんなやさしかったのが救いでした。だれもがこの小さな島国にむかしながらの美しい日本を取り戻そうと一生懸命だったのです。そんな時代のことでした。

 太郎と花子は同じ歳で、幼なじみと言っても家が近いというだけで仲良く遊んだことは一度もありません。小学校三年生の時でした。二年ごとにクラス替えがあり、新学年の初めに家庭訪問があったのです。太郎と花子は一、二年に続き、三年生のときも同じクラスになりました。花子の家を訪問したあと、次は太郎の家でした。家庭訪問を早くに終えたこども達は、そのままぞろぞろと先生のあとをついて歩きました。はやりの探偵ごっこでもしているつもりだったのでしょう。

「太郎くんのおうちを知っているひとはいませんか」

 花子は手をあげました。六軒長屋の中のひとつに太郎の家はありました。となりの家とのさかいの壁に大きな穴があいてあり、大人のひとが立って背伸びをすると、となりの家の中が丸見えになるくらいなのです。太郎は帰っていませんでした。赤ん坊をあやしていた太郎のおかあさんがあわてて座布団を持って先生にあいさつをしました。座布団とは名ばかりで、ぼろぼろでいくつかのほころびから中の綿がとび出ているものでした。

「先生、よくいらっしゃいました。太郎は今、家の用事に出かけておりまして、もう間もなく帰ってくると思います」

 太郎がそのとき長屋のかどに隠れていたのを花子だけは見ていました。花子は前から太郎の家を知っていましたが、家の中には入ったことはなく、これほどの貧しいおうちだとは今日初めてわかったのです。

 太郎は学校ではガキ大将で上級生でも投げ飛ばすほどの腕力を持っていました。若い女の先生などは怖がって近寄らない存在だったのです。太郎はお昼になるといつも校庭に飛び出て行きます。花子は知っていました。給食などなかったこのころ、太郎は家から弁当を持ってこれなかったのです。ほかにも何人かが同じような理由で校庭に出ていました。

おかあさんに言って少し多い目に作ってもらったお弁当を持ち、花子も校庭に行きました。太郎はブランコの横の大きな樹の下でひとり仰向けになり、流れる雲を見ていました。

「あのう、これいっしょに食べようよ」

 いつもなら意地でも手を付けない太郎がこの時はすぐに手を出しました。よほどお腹がすいていたのでしょう。しかしそれもその日限りで、その後は何度誘っても二度と花子の差し出す弁当には口をつけませんでした。

 学校では乱暴な太郎は家では親孝行な男の子でした。弟や妹の面倒をよく見、朝早くに新聞配達、夕方は路上でたまご売りまでして家計を助けていたのです。ある日、太郎が教室に入ると、花子がみんなに囲まれて泣いていました。太郎は訳も聞かずに花子を囲んでいた男の子達を次から次へと投げ飛ばしました。すぐにかけつけた屈強なふたりの男の先生に両脇をかかえられながら職員室に連れて行かれた太郎は当然思い切り叱られました。

 平然と戻ってきた太郎は不安で待っていた花子より泣いていた理由を聞きました。今日から花子の苗字が替わったのでクラスのみんなより訳を聞かれていたとのことだったのです。幼い花子も何が何だかわからず、はっきりと充分な説明ができなかったのでした。別にいじめられていたのではなかったのです。

「ごめんね太郎くん。別にみんなは悪くはないの。わたしを心配してくれていただけだったのよ。太郎くん、みんなに謝ってほしい」   

 太郎は教室の前に行き、花子の言う通りにクラスのみんなに深々と頭を下げました。なぜか花子の言うことだけには弱かったのです。この事件があってから、このクラスの友達はみんな仲良しになり、あれほど恐れられていた太郎の周りにも仲間の輪ができるようになったのでした。しばらくして給食制度も充実し、太郎を始め何人かの友達も昼休みに姿を隠さずに済むようになりました。

 その後急速に、世の中は高度成長期の真っ只中に入って行き、日本は東京オリンピック、大阪万国博覧会とにぎやかになり、飛躍的に経済が伸びて行ったのです。それとともに、ひとびとの暮らしも目に見えて良くなって行きました。

 苗字の変わった花子は、小学校を卒業と同時に親の仕事の関係で海外に引っ越して行きました。勉強のにがてだった太郎は高校を頑張って出たあと、だれにでも優しくたくましい警察官になったということです。 (了)


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